437話「大型犬」
事前の通達により、帰城時間と『数匹捕縛した』と簡単なガーネからの連絡で特務の面々がスメイラの指示で受け入れのために準備をしている最中、侍女長が非常に申し訳なさそうな顔でスメイラに声を掛けに来た。
「補佐官様、よろしいでしょうか」
「侍女長様?どうされました?」
「その……『無い』のはわかっているんですが、印章緊達……特務総監様権限のもの、特務には届いておりますわよね?」
「?ええ、『19時前後に王城着予定、数匹捕持ち帰る。地下牢とラズリ』だけ書かれていました」
「……あの……『特務総監様から陛下宛』のものなんて、混ざってはいないですわよね…?」
スメイラは侍女長の言葉に『そういうことか』と納得した顔で苦笑いをしながら小さく頷いた。
「ご覧になっていただいてわかる通り、私たちに対しても非常に簡素な『コレ』のみです。陛下宛にはなにも?」
「ヘルソニア様からの緊達は届いておりますので、特務総監様が多少の負傷があったことも含めてご報告はいただいております」
「え?ふ、負傷!?逆に私たち、それ聞いてないんですけど!」
「か……かしこまりました…もう、困ったお方ですわ。陛下が拗ねられるの、おわかりにならないのかしら。でも陛下も陛下ですわ、子供じゃないのに」
「すみません、よく言い聞かせます…」
なぜか保護者同士の会話のように互いに頭を下げ合い、スメイラはそれだけでなぜかどっと疲れた顔で息を漏らして時計を確認した。
*****
「外遊下見の責任者一同、帰城しました」
門衛からの報告で、特務一同は玄関ホールに集合した。
同じように衛兵や近衛、侍従たちも荷物の引き受けや自分たちの上席である面々を出迎えるために集まり始めたところで、大階段の先の廊下の方から声が響いた。
「いけません!陛下!叱られます!」
「叱られぬ!妾が一番偉いのじゃ!妾も出迎える!」
「いい加減になさい陛下!他の臣下が困るでしょう、『女王』がこんなところまで出て!!」
侍女長の制止の声と女官長の叱責の声をものともせず、珍しく淡い桜色のドレスを纏ったディアマントが大階段の踊り場に姿を見せ、集合していた面々は慌てて敬礼をした。
ディアマントはそれを受けて侍女長の手を取りながら階段を一段ずつゆっくりと降り、中腹まで来たところで「構わぬ、楽にせよ」と声を掛けた。
そこから時間を置かず、侍従長と近衛総監を引き連れたヘルソニアが姿を現し、なぜかそこにいるディアマントの姿を見て侍従長とジェレイドは目を丸くして敬礼した。
「陛下、貴女。また『こんなところ』まで出て来て、大人しく部屋で待てなかったんですか」
「待てぬ!他の者はどうした」
「『土産』を降ろしております」
「──── 手間掛けさせんな!歩けって言ってんだろーが、片足潰れたくらいでガタガタ吐かすんじゃねぇ!」
少し遠くの方からガーネのよく響く怒号が飛び、慣れていない面々はビクリと肩を揺らした。
「特務、出ます。総監の出迎えと『土産』の引き受けに──── 」
スメイラの指示とほぼ同時にガーネが踵を撃ち抜かれた男と膝を撃ち抜かれた男を引き摺りながら王城内に入って来たところで、スメイラと目が合い雑に床に男たちを転がした。
「ラズリ、コイツらだけ膝と踵を『ちょっとだけ』怪我してる。アメジ、外にもまだ土産突っ込んでる。魔法で寝かせてるから衛兵と手分けして地下牢運べ」
「ガーネ、コイツらどの程度手当すんの?」
「フン、喋れれば問題ない。絆創膏でも貼っておいて差し上げたらどうだ」
「はいはい、いつも通りね。で、なんでアンタまた警察官のコスプレしてんのよ」
「どいつもこいつも、警官の身分死んでねーって言ってんだろ。こっちのが動きやすかったからだ、さっさと命令に従って動け何のために緊達出してると思ってんだ」
「はいすみませんでした総監サマー」
「…で、お前はなんで『こんなところ』まで出て来てんだ。立場考えろ『女王』だぞ」
「フン!」
「フン!て。めんどくせーな疲れてんのに勘弁しろよ」
ディアマントとしては『わざわざ出迎えに来ているのに自分に一番に声を掛けてくれなかった』といういかにも小娘のような理由で拗ねており、ガーネもそれはわかってはいた。
ただ、それ以上に自分でも思っていた以上に疲れていたのは否定出来ずにいた。
改めて、まだ少し遠くにいるディアマントの顔を見つめて『帰って来たな』という実感と、どっと押し寄せた疲労感とが絶妙に入り交じりディアマントの傍に歩み寄って膝をつき、「ただいま戻りました」と声を掛けて手を取って指先に口付けを落とした。
「……怪我をしたと聞いておるが」
「怪我?してねーけど」
「本当か。お前は出かける度にどこか怪我をして戻ってくる」
立ち上がり、自分よりも頭ひとつ分小さないかにも『女の子』であるディアマントの顔を見つめ、ガーネは半ば無意識にディアマントの身体を抱き締めた。
やはり線が細く、華奢で少しでも力を込めれば簡単に折れてしまいそうな身体にも関わらず、柔らかく嗅ぎ慣れた甘い肌の香りと香油の匂いにガーネは思わず首元に顔を埋めて匂いを吸い込んだ。
「な、なん、なんじゃお前は!大型犬か!」
「……いや、やっぱりお前が一番『可愛い』し、俺はやっぱ『コレ』だなぁと。あとでちゃんとした土産、部屋持って行きます。今晩泊めてくれるだろ。あー、疲れた」
「と、……とりあえず、諸々報告を聞きたい。評定の間を用意させておる」
「めんどくせ。……スメイラ、カルセ。お前らも同席しろ。サイフィルはラズリの指示に従え」
ようやくディアマントの身体を解放したガーネは珍しく少しだけ惜しそうにしながらもすぐに仕事の顔に戻り、改めて特務の面々へと指示をして切り替えた。




