434話「お巡りさん」
「さてと、じゃあ衛兵総監は『必要あれば』刺さる感じで頼みます。みなまで言わんでもアンタなら察してわかるでしょ、俺の教官だし」
「そりゃまぁ、……お前、『ソレ』持って来てたのか」
「色々と便利なんですよ。王城勤務者及び『特務総監』だと必要以上に警戒される。それこそ尋問でもしないことには欲しい情報が得られないが、無駄にそんな時間も労力も割きたくない」
翌朝、それぞれが昨夜決めた役割分担を元に『どこかの貴族の女』とその近侍護衛2人、侍従と側近の『観光客一行』と、『警察官』の姿でガーネは腕を組んだ。
「相変わらずコスプレだな」
「言っとくけど俺は警察官の身分は死んでないんで現役です。ていうか、こっちの肩書についてヘルソニア様と陛下に相談があるんで改めて」
鼻であしらいながらガーネは自分の髪と顔を隠すようにやや目深に警帽を被った。
「いやぁ、しかしなんか懐かしいなソレ」
迎賓館を出て街へ出る道すがら、エーリックが久しぶりに見たガーネの警察官姿をどこか感慨深いような顔で見つめて呟いた。
「羨ましい?」
「なんつーか、そもそもはやっぱその制服に憧れて警察官になったし。ガーネはそう言えば、なんで警察官なったんだ」
「なんかその話題、開庭招宴ン時にも出た気ィするけど……あー、アンタ、ヴィオリーさん連れて戻った直後か。理由は色々あるけど、まぁ周りに警官多かったしなぁ。とはいえ、『憧れ』って言ったらそうだな。やっぱり伯父さんとか、アンタとかヴィオリーさんの影響じゃねーのかな。普通に警察の仕事楽しかったし、適職だったと思うよ。今はなんつーか、小娘の子守りみたいになってるからな」
「へぇ、お前俺に憧れてたのか」
「そらそうでしょ。現役時代のアンタかっこよかったし」
「……ガーネ、君、わりと照れずに人を面と向かって褒めるよな」
「そりゃ言うことは言うよ俺だって。そんなこと隠して嘘言ったって仕方ないし」
「陛下のことも褒めるのか」
「褒める褒める。可愛いって思った時は可愛いって言うよ、人前でも。ついでに特務の女連中にも、可愛かったら可愛いとは言うけど。だからジェレイドもカルセのこと可愛いとか抱きたいとか思ったら言った方がいいぞ、あの女意外とビッチっぽい振る舞いしてる癖に変なとこウブでニブチンだから」
「だからなぜ私が聖女様を!」
「はいはい。……さて、ここからは『聞き込み』の時間だ。そっち頼むぞ」
ガーネはそこで話題を切ると、昨日立ち寄った干し肉を売っているメイジーエ人の露店の店主の元に向かって歩いて行った。
「アラクサカハ・アハミ。アンヴェースナーヤァム・サハーヤーム・クル」
「……キミダン?」
ガーネは覚えたてのメイジーエ語で店主に向かって『警察だ、捜査協力をしろ』と雑な物言いかつ確実に前日までよりも流暢になった発音で声を掛けたところ、観光客が多い所為と警帽で顔を隠し警察官の制服を着ているガーネが『昨日の言葉の練習がてら干し肉を値引きしてきた観光客』と結びついていない様子で、とんでもなく怪訝そうな顔で『なんだ』と返答された。警察の巡回自体は当然珍しいものでもないが、警戒心を隠せずにいる表情を見てガーネは続けた。
「アードウ・タヴァ・アビジュニャーナパトラム、ヴィパニ・アヌマティパトラム、ウパヴァサ・プラマーナパトラム・チャ・ダルサヤ」
「ガリヴィタ・ヴァチャナム!タター・サティ・タヴァ・エーヴァ・アビジュニャーナパトラム・キマールタム・ナ・ダルサヤスィ!?」
横柄にガーネが『身分証と営業許可証、在留資格証明を提示しろ』と告げたことに対し、店主もあからさまに喧嘩腰で『偉そうに、そういうお前こそ身分証くらい見せろ!』と怒鳴り返して来たのを、まるで想定内とばかりにガーネは胸ポケットから警察手帳を取り出して提示した。
「…キム・ジュニャーミ・イッチャスィ」
警察手帳に記載された所属と階級、『捜査局第一課 異常強行犯係 主任捜査官』の文字を見た店主が、噛みつくとかえって面倒そうだと判断して『何が聞きたい』と返答した。
ガーネは今後のことも考慮し、『喋らないと言葉は自分のものにならない』理論で単語や文法の誤り、発音の微妙な違いなどは全く気にした様子もなくメイジーエ語で会話を続けた。
「単刀直入に聞くが、お前は『奴隷』か。その左手の包帯の下の入れ墨を見せろ」
「ハ、断る。なぜ貴様に見せる必要がある」
「昨日見つかった死体と『同じ入れ墨』かどうかを確認したいからだ。俺だってお前の身分や立場なんかどうでもいい。見せないと国に強制送還させんぞ、ここいらだと観光客相手にいい商売出来んだろーが。どうする」
「チッ…これで満足か!」
店主が左手に巻いた包帯をずらして入れ墨を見せると、ガーネはその手を取って紋様を凝視した。
奴隷の登録年月日と番号を頭の片隅に記憶し、昨夜の死体のマークの違いを尋ねた。
「昨日見つかった死体は『蠍』の入れ墨があった。お前のはこれは…宝石と剣か。お前の飼い主はどいつだ」
「知らねーよ!俺は亡命者だ!」
「ほー、それで亡命した先でもまた別の飼い主がいるのか。微妙に墨の色や彫り方の癖が違うな、剣はメイジーエで入れたもので宝石はヴェルーティンに来てから入れたやつだな」
「……お前…本当に警察か」
「警察だっつの。警察手帳見せただろーが。あぁ、但しあんまりこっちのこと勘繰らない方が身のためだぞ。俺は必要ならお前のことは殺せるし、言い方は悪いが奴隷の1匹街から消えたところで俺の権限でどうとでも処理出来る。言ってる意味がわかるな」
おもむろに腰のホルスターから抜いた銃を店主の喉元に突き付けながら低い声で囁き、目深に帽子を被ったせいで口元しかまともに見えないのをいいことにわざとらしく笑みを浮かべた。
「お前のこの国での飼い主はどいつだ」
「し、知らない…本当だ、わからない」
「男か、女か」
「男だ、それしか知らない!」
「お前を『買った』やつは飼い主か」
「飼い主の手下だ!」
「そいつにはどこに行けば繋がれる」
「料理屋!白いレンガの店!俺はそれ以上は知らない!」
そこまで聞いてようやく銃をしまったガーネは、満足そうに踵を返して思い出したように振り返り、それまで流暢に喋っていたメイジーエ語ではなく『公用語』で店主に振り返って声を掛けた。
「昨日の『干し肉の値引き』に免じて、その営業許可証の偽造は目ェ瞑ってやる」
この言葉でようやく目の前の警察官が『昨日干し肉を値切ってきた観光客』だと気付いた店主は、思わず目を見開いてガーネを見つめた。
「店主。…ラハスヤム・ゴォーパヤ、ウバヨォーホ・ヒターヤー」
────『内緒にしろよ、お互いのために』
最後にガーネが発した言葉で、店主は『下手に噛みつかなくてよかった』とひどく安堵した顔で立ち去るガーネの後ろ姿を見た。




