432話「下手くそは誰のせい」
「ヘルソニア様、滅茶苦茶悪いんですけど、俺虫嫌いなんで燃やします」
「其方にも苦手なものがあるのか」
「足多いの無理なんですけど。キモくないですか。だから俺エビも嫌なんですよね、剥いてくれたら食いますけど」
「仕方がないから、精一杯加減しろ。そうだな、『基幹魔法』で『水を1滴垂らす程度』の出力でやれ」
「努力します、なので先に謝ってるでしょ。『滅茶苦茶悪いんですけど』って。ついでに基幹魔法なんか使い慣れてないんですけど────フェウール!」
『燃やす魔法』の詠唱では無く、『火を灯す魔法』の詠唱と共に数ヶ月振りに魔力を練るも、ガーネの思惑通り『火を灯す』ような火力ではない燃え方で一帯に火柱が上がった。
「あ、やべ。難しいな。ブライゼ、…は、滅茶苦茶燃え広がったわ。ヘルソニア様どうしましょうね」
『そよ風』の基幹魔法を発動したところ、それがむしろ空気を送り込んだらしく火は消えるどころか一層火力を増したのを見て、面倒そうな顔でガーネがヘルソニアに振り返った。
やらかした本人がどこか他人事なのを見てヘルソニアは呆れたような顔で腕を組み、肩を竦めて口を開いた。
「私は魔法は得意ではないが、一つ言えるのは『もう少し出力を絞れないのか』という其方への苦言だ。そこまで燃えてしまえば、水を掛けるしかないのではないか」
「いや、洪水みたいになったら困るなーって。まあでもこんな乾燥してるところで火事起こしてちゃ世話ねぇか。お巡りさんなのに業務上失火罪になっちまうわ。フェイレーン」
『雫を滴らせる魔法』の詠唱とともに雫とは形容のし難い、まるでバケツをひっくり返したような水が一気に墓地全体に降り注いだ。
それのおかげで火事と表現しても差し障りのない火柱は一気に鎮火はしたものの、頭から水をかぶったガーネは昼間の暑さの中でなら良かったのにと舌打ちを漏らしてびしょ濡れのローブを脱いで地面に放った。
「…つめてーな、クソ。ヘルソニア様、水が近いから余計に多く水来ますわ俺のせいじゃないです」
「いや、其方の出力が下手なせいだろう。陛下に報告しておく」
「げ、説教されそう。まぁ小娘の説教はさておき、火は消えて虫も殺しました」
「其方本当に本腰入れて特訓しないと、本気で下手くそ過ぎて私は少し不安になったが」
「基幹魔法使い慣れてないって言ったでしょーが、始祖魔法のがまだ扱いやすいんです」
「駄目だ、始祖魔法の方が威力が大きい」
雑談混じりにいかにも適当に詠唱しているようにしか見えないガーネの様子とそこからはおおよそ紐付かないような魔法の威力に、エーリックはやや引き気味の顔で隣の巫術官長を見た。
「…魔導師ってあんなモンなんですかね、巫術官長」
「さすが、筆頭の50倍以上の霊力魔力の保有者だわい。扱いを誤って山が消し飛ぶのも頷ける」
「フーン?なら、あのイケメン兄ちゃんの魔力も霊力も、縁も呪いも名前もぜーんぶ剥がしちゃえばオレみたいに神に対して『貞節』でいられるんだね。なるほどなるほど。でも、確かにミカが言ってた通り『あんなの』に手出ししたら暴発しかねないしオレらが危ういかも。ね?」
エーリックと巫術官長の背後で、肩を組んで親しげに会話に混じった女がくすくすと楽しそうにガーネの後ろ姿を見つめた。
「────…っ!?」
ひゅ、とエーリックの息を飲む音が静寂とした墓地に響き、ガーネが銃を構えた小さな金属音が妙に大きく反響した。
「やだな、そんな怖いの向けないでよ。ミカに言われたんでしょ?1年は休戦しーましょ、ってさ。オレだって別に、アンタらヤりに来たわけじゃないよ。余計なことしようとした下っ端に落とし前つけてただけ」
耳から鼻に掛けてオニキスのピアスをつなぐノーズチェーンがきらりと月明かりに反射した。
特徴的な褐色肌に黒髪黒目のメイジーエ人。喉元に瞳の紋様の入れ墨を入れた女だった。メイジーエ人と異なるのは、頭頂部に黒い猫耳が鎮座しており、腰付近には長く黒い尻尾がゆらゆらと揺らめいていた。
「…メイジーエと猫族のハーフか」
「そ。あれ、もしかして人種差別しちゃう系?ミカのことも『魔族か』って差別したんでしょ?ガーネ・ディーム・グリーチェウト」
「馬鹿か貴様は、俺は人種差別じゃなくてお前を『区別』してるだけだ。ミカ・イェヘルト・リオンにも同じこと言ったはずだが」
「フーン?あぁ、でもホント。顔面は相当整ってる。頭も悪く無さそう。いい身体してるし、アンタみたいな男に抱かれたら最高に気持ち良さそう」
「俺、面食いだし女の好みうるせーんだよ。年上の可愛くて生意気そうな、足が綺麗でどっちかっつーとお前みたいに胸のデケェ女より華奢な女の方が唆られるんだよな。ついでに言うけど俺は売約済みだ」
「あー、やだやだ。あんな『偽りの均衡』を行使する偽の自称神みたいな小娘より、絶対オレの方がいいのに。見なよ、この豊満な胸と括れた腰、安産型の尻に肉感的な脚。この、エリウ・トゥヒューカ・スコルピ様の魅力にみんな『根こそぎ搾り取られて』幸せそうに絶頂のままあの世にイっちゃうのに」
「いや、俺はお前みたいな『オレ女』は好みじゃない。もう少し『女』を全面的に出した『妾が一番美しく愛らしい!』ってドヤってる可愛い女が好みだからな、お前じゃ勃たねーわ。ついでに聞くけど貴様、『第何席』だ」
「フン、ムカつく。…第七席、『貞節』の使者。まぁでも、神様からもミカからも『手は出すな』って言われてるから今日はまじで帰るよ。ミカ、怖かったでしょ?オレもあの女怖いからさ。でも困るよねぇ、勝手なことして偉くなろうとする雑魚がさ、神の思想を何も理解していないのに、アンタらのこと殺しただけで世界がどうにかなるとほんとに思ってるのかな?アンタなんかただ殺したところで世界の均衡は正せないんだよ、特にお前、お前だよ、お前なんてただ殺すだけじゃ駄目なんだから、奪って塗り替えて染め直して上書きして絞って絞って搾り取って何もなくなったところに注ぎ直さないとさぁ、それからまた絞って絞って、何も出なくなったら少しずつまた満たしていってそうしてやっと『本物』になるんだから、ね?…うわ、これはやっぱり『暴発』するね、退散しよっと。じゃーねガーネ。今度はオレといいことしようね」
エリウと名乗った女は一息に捲し立てて喋ると満足そうに笑った。
ガーネがほんの一瞬瞬きをした隙に、いつの間にか背後を取られており、黒く塗られた爪の先でガーネの喉仏をまるで掻き裂くような動作でなぞりながら、その手を脇腹から下半身へ滑らせて煽るようにまた胸元をたどるように触れた。
エリウの指先がガーネの鎖骨より少し下に到達した瞬間、まるで静電気にでも触れたかのように慌てて手を引っ込めて小さく舌打ちを漏らした。
「偽りの均衡め…!」
エリウの舌打ちが墓地に響いたと同時に、強く風が吹いてすっかり『乾いた』地面の砂を巻き上げた。
一同が無意識に目を瞑った瞬間にエリウの姿は消え、墓地は静寂が訪れた。
「う、ッ……おえ…げほっ!」
膝を折ったガーネが地面に思い切り嘔吐したのを見て、ヘルソニアは深く息を漏らしながらガーネの背中を撫でた。
「『吸われた』なガーネ。どのくらい持っていかれた」
「わか、ら…っおぇ…ッげ、うぶ…ッ」
「七律冠か、正直私も舐めていたな。迂闊に手出しをすれば其方たちも死なせかねなかった」
「…お、俺…小便漏らすかと思いました」
ヘルソニアの苦虫を噛み潰したような顔と、霊力と生命力を吸われ嘔吐するガーネを見てエーリックが震えた声で呟き、巫術官長もぐったりと近くの柵に凭れて目を伏せた。




