431話「墓地の中の蠱毒」
足音を立てないように、気配を最大限殺して周辺を見回した。
ガーネは風にはためくローブでなるべく自分の『髪』を隠して身を屈めながら、屋上から路地の奥を睨んだ。
動く気配も無く、生活反応らしきものも確認出来ない。
地面に倒れた人間の形状をした物体におそらく息が無さそうであることと、墓石の並んだ少し小高い土地。奥の方まではさすがに視認しきれず、『見覚えのある男の死体のようなもの』を目視確認してからガーネは再び登ってきた建物の方へと戻った。
「……よっ、と」
2階程度の高さから飛び降りて地面に着地し、ガーネは思わずと言った顔で眉間に皺を寄せた。
「いってー……やっぱ体重増やすと感覚がちげーな」
「増量中だろ?何キロまで増やした?」
「今で76か77。そろそろ絞り始めるかな。……で、多分だけど死体っぽいな」
巫術官長に預けた剣を受け取り視認した場所まで他の3人を先導し、転がっているやはり昼間に飲食店で会話していた男たちであることと既に息がないことを確認した。
「……外傷が無い。ヘルソニア様、巫術官長。死因、わかりますか」
「ふむ…お前さんの見立て通り連中の『いつもの』連中の自壊術式だな。しかし、死因はこれではなさそうだ。発動した痕跡が無い。外から『命を根こそぎ吸い上げられた』印象だ」
死体の胸元を肌蹴させると、見覚えのある特有の術式と所持品から均衡教徒であることは確認出来たが、メイジーエ人である彼らの手の甲にはそれぞれガーネが先程確認した鉱石店の男と似た刺青が確認出来た。
死体を更にひっくり返すと背中に大きく別の刺青も彫られており、ガーネは目を細めてその刺青を凝視した。
「この刺青は?」
「持ち帰らないとわかんねーな。ただ、手の甲の刺青はさっきの鉱石店の店主とはやっぱりちょっと違う。メイジーエ語で『奴隷』の文字と『奴隷登録日』『登録番号』が刻まれてる。…ガチの奴隷だ。それと、均衡教徒の呪符」
エーリックが気を利かせて刺青の文字の形や図形を丁寧にメモに書き写しているのを確認し、ガーネは死体の口の中や他の持ち物の有無を確認してから死体の胸元に手を当てた。
「……なるほど、『根こそぎ』…ね。霊力だけじゃなくて魔力もすっからかんだ」
押収した呪符が発動しないように解呪した上での保管をいつものように巫術官長へ託し、ガーネは死体をそのまま転がし直して立ち上がると目を付けた墓地らしき場所へと向けて歩き出した。
「教官」
「あん?なんだガーネ」
「一応警告しときます。あそこで転がってた『下っ端』やら、俺ら特務が今まで相手にしてた雑魚とは話が違います。瞬きしてる間にあの世に行く可能性あるんで、下手に攻撃は絶対しないでください」
「そりゃ、俺も家で綺麗な愛妻と可愛い愛娘が待ってるからなぁ。ついでに言うと、ヴィオリーの腹ん中に今2人目がいるから是が非でも家に帰らないと困るわな」
「へー、そりゃ尚更死なない行動してくださいよ。はっきり言って守る余裕は微塵も無いんで」
一同が墓地に足を踏み入れた瞬間、明らかに空気感が変わった。
聖域のような『何もいない』感覚に近いものの、肌感で性質は『真逆』のそれである。砂地の地面に足を取られどこか沈むような感覚に、ガーネだけでなく全員が警戒した顔を見せた。
「…ヘルソニア様。すまぬ。気分が悪い」
「やべぇっすわ、俺も」
巫術官長とエーリックが特有の空気感に霊波が乱され煽られているのか、2人して口元を押さえて青ざめた顔をして訴えたところでガーネも小さく舌打ちを漏らした。
「当てられているな。ガーネ、其方は平気か」
「慣れない乱され方されてるんで平気ではないですけど、まぁ耐えられます。…しかしこの2人離脱させるにしてもここ置いてくにしても、危険過ぎますね」
「そうだな、しばし耐えて着いて来てもらうのが一番安全だと思うが平気そうか」
「…なんとか」
「始祖属性ってなんで聖属性扱えないんですかね、カルセいれば多分いい感じに聖結界保護出来た気ィするんですけど。気休めでいいなら俺も結界張れますけど、多分意味無さそうですね」
「其方、魔力の扱い調整はまだアミュからもリエーブからも受けていないのだろう。封印解放する前と異なる、暴発してそれこそ街が消し飛びかねん。やめておけ。私も其方ごときに消されたくない」
「ヘーイ」
「オレも、お前ごときには消されたくないんだけど。『まだ』」
聞き馴染みのない少し高い、少女のような女性のような微妙な年代の女の声が墓地に響いた。
かさかさと砂地を掻くような爪音を立てて、魔獣・蠱毒蠍の群れが墓石の隙間から無数に現れた。
砂漠地帯に生息する蠱毒蠍は、その名の通り呪術の『蠱毒』に使用されることが多い毒性の非常に強い蠍であり、一番のその特徴は尾の毒針に刺されるとその個体の毒を受けた獲物同士が殺し合いを始め、最期に生き残った個体を強靭な鋏と顎で砕き食す虫属性の魔獣の中でも一際タチの悪い生き物であった。
「ヘルソニア様、蠍です」
「蠍だな。ガーネ、散らせ」
「仰せのままに。オジサン2人だけ頼みます」




