430話「夜の街の匂い」
「──── 待て、ガーネ」
日が落ちて昼間の茹だるような灼熱の暑さから一変し、少し寒い程に冷え込んだ夜の迎賓館の一室で、全員に『待機』を命じてシャツの上にホルスターを装着して銃と予備弾倉を装備していたガーネに椅子で悠然と足を組んでいたヘルソニアが声を掛けた。
「なんすか」
「バレた」
「げ、まじか。場所わかりますか、ついでに対象の生死」
「生死はわからんが、『バレた場所』はわかる。……其方1人は許可出来んな、おそらく七律冠かそれに準ずる者がいる。私の式神を『消した』霊力の逆流をほんの僅かだが感じた」
「……へぇ」
ヘルソニアの言葉に、ガーネは腕を組んで考えた。
下っ端程度であれば1人で出向いて捕縛することは易いと思っていたが、七律冠や眷属と呼ばれるらしい序列上位の存在がチラつくと話が変わる。
1人で行っても確実にどうにもならないが、誰かを伴ったところでどうにかなるとも到底思えなかった。
「…申し訳無いですけど、ヘルソニア様以外は多分俺含め犬死にして終わりますね」
「だろうな。まず私は其方に伴う」
「俺ら、一応アンタの護衛も兼ねて今日の下見来てるんですけどね?まぁ、『外に出たディアマント』よりは全然強いのは知ってるし護衛の必要性が皆無なのもわかってますし、建前の問題ですけど」
ガーネの言葉に小さく笑って肩を竦めたヘルソニアは、同じように少し考えて一同を見回した。
「ガーネの言葉通り、侍従長と輸送・厩舎責任者である其方らは絶対待機だ。戦闘の術が無い其方たちを守護する余裕はおそらく無い」
「とりあえず俺とヘルソニア様は行く。ジェレイド、お前は『責任者』としてここ残れ。魔導師長もジェレイドの補佐でここ。巫術官長は俺らと一緒、……衛兵総監どうすっかな」
「いや、俺も行く。お前がぶっ倒れた時に担げるの俺くらいだろ」
「ぶっ倒れる予定はないですけどね。じゃあそんな感じで。……ジェレイド、頼んだ」
「無論だ、そちらも気を付けて」
「ヘルソニア様が無双すんじゃねーの、知らんけど。ノルデンでも陛下が意外と無双してたし」
迎賓館待機組を残し、ガーネ・ヘルソニア・巫術官長・エーリックの4人はローブを纏って再び夜の街に繰り出した。
昼間とは打って変わって、街並みはどこか異国の歓楽街を思わせるような妖しい光とシーシャや煙草の匂いに混じって違法薬草を燻した匂いが漂ってきた。
「夜も見れて一石二鳥だな、夜は治安がバカ悪い。大麻か、この匂い」
「大麻と……多分幻覚系の薬草が数種類と言うところかの。儂らが扱う薬草と匂いが似ておる」
「へぇ、今度薬草の燻した匂いも覚えとこっと。まあでもラリったら困るな、俺わりと鼻利くし」
「そこまで行くと本当に犬ではないか其方」
「でもこういう匂い知らないと、何かしらかの異変には気付けないし察知が遅れる。つまるところ検挙が遅れる。……しっかし、昼間は暑いし夜はくせーし。煙草の匂いが一番キツイな」
ローブの布地を引っ張り口元を隠すように覆いながら気分悪そうに呟いたガーネは、ヘルソニアの先導で『式神が途絶えた』方向に向かって街を歩いた。
「ガーネよ、お前さん性格的に煙草は嗜みそうなものだがの。勝手な印象だが嫌煙家とは意外だ」
「経験はありますよ、どんなもんかなって。けどアレ別に美味くもなんともねーし、匂いはなかなか取れないし、見た目だけイキる分にはいいけど普通に女も煙草の匂いって嫌がりますしね。何より潜入とかする時に結構差し障ります。なので、任務上敢えてふかす程度のことして見せることはありますけど基本はあんなもん吸わないです」
「儂も若い頃は煙草が好きだったがなぁ、髭を焦がしてからやめたんじゃ」
「ぶ、まじっすか」
巫術官長とガーネの会話を聞きながらヘルソニアとエーリックもまた『夜間の街並みを歩く観光客』に擬態して露店や土産物店を眺めて歩いた。
「ところで、其方が警察から官職の教官になって王城勤務になってどのくらい経つ」
「そーですね、最後の教え子があそこのクソガキなんで…1年半?2年くらいです」
「まだそんなものか、意外と短いものだな」
「自分で言って俺も驚きましたけどね。それよりも後輩で教え子だったガーネが今や同じ総監の立場でやってるのもなかなか感慨深いですね、何よりアイツの性格の悪さが悪化してて」
「悪かったな、性格悪くて」
「……さて、途絶えたのはこの辺だな」
ヘルソニアが街外れの路地へ通じる道の手前で立ち止まり、ガーネを振り返った。
それを受けて小さく頷いたガーネは、革手袋を嵌めて腰の剣を巫術官長へ投げ渡した。
「邪魔なんでちょっと持ってて貰えますか。一旦奥見てきます」
用意していたワイヤーを建物の出っ張りに引っ掛けると、強度を確認するように何度か引っ張ってから壁に足を掛けて建物を登った。最後は腕の力で屋上へと上がると、屋上から隣の建物へと飛び移って周辺の様子を確認しに向かった。
「……図体がデカい割に、随分と機敏だな」
感心したようにヘルソニアが屋上を見上げて呟き、エーリックが少し得意げな顔で肩を竦めた。
「俺が指導しましたからね、パルクール。体重移動、身体の支え方、筋肉の使い方、着地した時の衝撃の分散の仕方諸々」
「ほう」
「あ、ちなみに俺はもう出来ませんねあそこまでは。アレはやっぱり若さとガーネの元々の素質とストイックさの賜物です。天才だとは思いますけど、あのガキはそれなり以上の努力と研鑽もきちんと積んでる男です。俺が保証します」




