429話「王命執行最高責任者権限」
「ガー、」
「し」
ジェレイドがガーネの名前を呼ぼうとしたところでおもむろにガーネの手がジェレイドの口を塞いだ。
────アドゥナー・テー・プールヴァダルシャナールタム・アーガターハ・スルーヤンテー、キードゥリサーハ・テー・ジャナーハ?
スヴェーシャダーリナム・ヴィセーセーナ・ニリーサスヴァ・イティ・アーデーサハ。
聞こえて来たメイジーエ語にガーネは耳を傾け、自分の唇に人差指を当てて『喋るな』と指示しながらメニューを眺めた。
スヴェーシャダーリナハ・トゥ・バハヴァハ・サンティ・カル。
カンチド・エーカム・グリヒートヴァー・カーリヤクラマム・ヴァーダーパイツヴァー、パドンナティム・プラープスヤーミ・ヴァー?
「…すみません、おすすめはありますか。さっき向こうの鉱石店でこの店美味いって紹介受けて来てみたんですけど」
メイジーエ人ではない特徴の、『肩に入れ墨』の入った給仕の男を呼んでメニューから顔を上げたガーネは先程と同じように普段とは真逆に人好きのしそうな笑顔で声を掛けた。
「おや、あの鉱石店から」
「はい。カモになりに」
「ふ、はは。なら一番高いコースでもおすすめしましょうかね」
「せっかくの観光だし、ケチっても仕方ないんでそれにします。おじさんたちもいいですかね、いいですね」
「肉と魚が選べますがどうされますか、肉は本日は羊で魚は白身魚です」
「なら半々で、適当に。飲み物もおすすめのを適当に持って来てください、金は気にしなくていいので」
「かしこまりました」
「スヴェーチュチャヤー・マー・チャラ・イティ・ウクトースィ、ケーヴァラム・ニリークサナム・エーヴァ。アヌシュターナム・ナ・アドゥヤ。アピ・チャ、『エーカヴァルサム・ヤーヴァト・プラマーデーナ・マー・チャラ』・イティ・アーディシュタハ・カル、ヴィスムリタム・ヴァー?サントゥラナム・マー・ナァーサヤ」
「チェイフさんのこと使っていいですか」
「なんだ」
ガーネが近くにいた男たちの会話を聞いて隣のヘルソニアに視線を向けて声を掛けた。
「式神を、アイツらに。バレたら辿れないように細工してください」
「今度其方にも作り方を教えてやろうか」
「是非お願いします」
「ならば、さっさと霊力の扱いを少なくとも砂時計の課題程度は手を触れずに出来るようになることだな」
テーブルに設置されているペーパーナプキンを一枚手に取ったヘルソニアは、それを広げて『折り紙』の要領で一羽の鳥を折った。
「俺の『真名』、使いますか」
「……いや、あの程度ならば必要ない。其方のナイフを貸せ」
ガーネはベルトからナイフを取り出しテーブルの下でヘルソニアに手渡すと、ヘルソニアは刃を起こしてから指先を軽く刃先で突いて血を滲ませた。
ペーパーナプキン製の鳥を持ち上げるとすぐにじわりと血が滲み、丁度男たちが食事を終えて席を立ったのを見計らったヘルソニアが指先ほどの小さな折鳥に「ふ」と息を吹きかけると、まるで命が宿ったかのようにふわりと舞い上がった。
鳥はそのまま男の肩に自然にくっつき、まるで擬態するかのように景色に溶けて視認出来なくなった。
「はー、アレか。どうりで俺もアレくっつけられて気付かねぇはずだ」
「式神はともかくとしてアレはまだ其方には難しいぞ。巫…『おじさん』も出来ないであろう」
巫術官長と言いかけて律儀に『おじさん』と言い直したヘルソニアに、思わずエーリックは小さく吹き出して笑った。
「おまたせいたしました。お飲み物ですが、お酒が飲める方にはシナモン蒸留酒がおすすめです。お酒が得意ではない方はサボテンのジュースと、シンプルに蒸留水がございますがいかがなさいましょうか」
「ふむ、私はせっかくだから酒をもらおう。其方たちはどうする、好きにせよ」
「なら儂も酒で」
「あ、俺も俺も」
「なら私はジュースで」
「俺は水にする」
侍従長がジュース、ガーネは水、それ以外は全員酒を飲むことにし、それぞれグラスに飲み物が注がれた。
「すぐにお料理をお持ちします、もう少々お待ちください」
先程の給仕が下がったのを確認してから、ガーネはヘルソニアの前に手を出して制した。
まず自分がグラスの水を確認し、異常がないことを確認してからヘルソニアのグラスを手にした。初見の酒ではあるが、煙のような揺らぎが液体の中で溶けるような揺蕩いを確認し、度数がそれなりに高そうであることが見て取れる。香りを嗅いで、シナモン特有のウッディで少し薬味感のある香りの他に違和感がないことを確認してからグラスを傾け一口口に含んだ。
独特の少し舌に残るピリッとした香辛料の刺激とアルコールのえぐみ、そして香りが鼻に抜けていくが、毒物や他の異変は特に感じない。
そのままゆっくりと飲み込み喉を通過させ、違和感がないことを確認してからハンカチで口を付けた箇所を拭ってヘルソニアにグラスを返した。
「問題ありません、飲んで大丈夫です」
「ふ、そうか。小娘の犬は優秀だな。……ふむ、なかなか美味い酒だ」
「『ディアちゃん』好きそうですよね、こういう変な味の酒」
「小娘の分際で酒飲みだからな、あの人は。甘い酒よりも辛口の葡萄酒やらこういう香辛料の利いた酒は比較的好みだな。其方、酒を飲まない癖に詳しいな」
「俺の誕生日にクリュッグのボトル開けてたんで、『とっておき』って。あんな渋いのとっておいてるならクセツヨ系好きなのかなって。まぁあの女がクセツヨですからね」
あくまでも『談笑』をしながら運ばれた食事を食べ進め、ガーネは給仕だけでなく店内の他の客や従業員にもくまなく視線を凝らして会話を拾える範囲で拾ったが、先程ヘルソニアに依頼して式神をくっつけた以外は特にめぼしいものはなかった様子で食事を終えた。
「すんません、勘定。一括」
「ありがとうございます。領収書はご入用でしょうか」
「いや、いらない」
「お待ちくださいませ」
給仕を呼び証書を手渡し立ち去ったところを見て、ジェレイドは少し呆れたような顔をした。
「なぜ領収書をもらわない」
「処理がめんどくさいのと、『バレるから』だ。この程度の端金どうでもいい」
会計決済を終えた給仕から証書を受け取ったガーネが立ち上がると、一同同じように立ち上がり店を後にした。
給仕の男の視線を背中に浴びながら、ガーネたちは店を出て来た大通りを戻り鉱石店へと向かった。
鉱石店で現物を確認し、受け取りを済ませてから改めて迎賓館へと戻る道すがら、ガーネは先頭に立って敢えて曲がる必要のないところを曲がったり狭い道に入っていったりするのを全員無言でついて行った。
「ヘルソニア様、予定変更します」
迎賓館が視認出来る範囲に来たところで、おもむろにガーネが声を掛けた。
「構わん、其方に任せる」
「ジェレエイド、お前には悪いが『一旦もらう』が文句はつけるなよ」
「…?どれの話だ」
「『王命執行最高責任者』としての命令だ、一泊延泊する。ヘルソニア様、さっきの式神まだくっついてますか」
「ああ、まだバレていないな」
「あの連中、捕縛します。均衡の教徒です」
「…なんでわかるんだ」
「会話だ」
『今下見に来ているらしいが、どんな連中だ』
『身なりの良い奴を注視しろとの命令だ』
『身なりの良い奴なんていっぱいいるだろ』
『誰か1人捕まえて日程やら吐かせたら、出世出来るかな』
『勝手に動くなと言われている、あくまで『観察』だ。決行は今日じゃない。それに、『1年は迂闊に動くな』と指示されているだろう忘れたのか。『均衡』を乱すな』




