428話「即席コードネーム」
店内に入ると商人も買い付けに訪れる老舗という話だけあり、店先には観光客向けに安いものから奥に向かうにつれて順に高額かつ希少な石がショーケースに並んでおり、一般流通している瑠璃石や珊瑚石、孔雀石、碧玉などが展示されていた。
店主はメイジーエ人の特徴である褐色肌と黒髪黒目の見た目ではなかったが、鎖骨にメイジーエ人の商人と同じ『商人』の証である入れ墨と、先程の干し肉を売っている露店商と同じように左手に包帯を巻いていた。
ガーネはそれを見て少しだけ警戒したような顔をしつつ、店内を見回した。
「いらっしゃいませ、どのようなものをお探しですか」
「観光で来たんだが、少し見せて欲しい。ここは老舗だって、さっきあっちの露店で聞いてきたんだ」
「おや、さようでございますか。どうぞごゆっくりご覧ください」
「ありがとうございます。…『リーヘル』さん、『見て』ください。『左側』の方とか、王都ではあんまり見ないですよ」
「…『ライゼイ』、ちょっと俺も色々『見て』来ていいか。あんまりオエィセ区には来ないからな」
「もちろんです、…『チェイフ』さんは俺と一緒に見ましょう。あ、『おじさんたち』は観光ではしゃいで騒がしくしないでくださいよ、『静かに』見ててください。『ツェイターソン』はおじさんたちが騒がないように一緒にいてください」
「…そうだな、ならば儂らも少し見て回らせてもらおうか」
ガーネが突如、エーリックを『リーヘル』と呼び、エーリックもかつてガーネが情報屋に対して使っていた『ライゼイ』という名前で呼び返したところで、エーリックには少なくとも意図が伝わった様子で、ガーネの言った『左側』に意識を凝らした。
先程の干し肉を売っていた店主と同じく左手の甲を隠すように包帯が巻かれており、露店では意識しなかったものの少し前にガーネが『鎖骨の入れ墨は商人』『手の甲の入れ墨は奴隷かそれに近い立場』と言っていたのを考えた。
ヘルソニアも元警察官2人のやり取りと自分自身も突如『チェイフ』と呼ばれ、なんとなく状況を察知して言われた通りガーネの傍に歩み寄り、ジェレイドたちもその意図までは理解しないまでも『とにかく余計なことを喋らないように』と話を合わせた。
「…へー、霊脈が近いからか珍しい鉱石が多いですね。この桃霞石とか、白虹石に…あ、環彩石もある」
「『ライゼイ』、どんな石なんだそれ」
「こっちのピンクのが桃霞石。中の青っぽい混じり物が多くて濃いほど霊力が多く蓄えられてる霊脈の太いところでしか出土しない高級品。こっちの白虹石はわりとメジャーなんじゃねーのかな、持ち主の霊力によって太陽の光に照らされたときに色が変わるから結構面白いし遊びで霊力判定に使うような土産でよくある特産品。環彩石は周辺の霊的環境によって色が変わる別名『紫陽石』。今は青いから『霊場的に澄んでる場所』、ちなみにピンクだとあんまり良くない場所で紫だと平均的って感じかな。確か」
「お客様、お詳しいですね」
「そうでも無いですよ。さて、ウチの『ディアちゃん』に何買って行こうかな。もう少し店内見てもいいですか」
「もちろんでございます」
────所作も言葉遣いも、奴隷にしては随分と流麗だな。
ガーネはショーケースの中を見ながら視線は周辺へと密かに投げていた。
「チェイフさん、ディアちゃんどれが好きだと思いますかね」
「…あの娘ならば其方が選んだものは何でも喜びそうではあるが、珍しいものが好きだからな」
「ならやっぱり桃霞石かな」
ガーネはローブの下で腰のベルトに差したナイフの刃を起こしてシャツの袖に細工をしながら目当てのショーケース前に移動した。
「店主、すまないが桃霞石が欲しい。いくつか見繕ってくれ」
「承知いたしました。ルースもございますが、アクセサリーもご用意できます。ご予算をお伺いしても?」
「予算?最低でも200万以上のもので持って来い、そうだな…ブローチはあるか、瑞月蓮モチーフの」
「ございますよ、少しお待ちください」
「チェイフさんは何か欲しいものは無いんですか」
「私は次回にとっておこうか。どうせまた小娘を連れて来ることになりそうだし」
「はは、違いない」
会話をしながらガーネがエーリックに目を向けると、『異常なし』と指で合図を返され小さく頷いた。ガーネも『最終確認』を合図を返したところで、店主がガーネの要望した花のモチーフに加工されたいくつかのルースとブローチの台座を持って戻って来た。
瑞月蓮とは、オエィセ区でしか咲かない非常に希少な花であり、その希少性は『霊力に満ちた澄んだ美しい水の上で1年に1度、雨季に入る直前の満月の晩にしか咲かない』ものである。また、その年によって咲く色味も異なり、オエィセ区ではその年に咲いた花の色で1年の吉兆を占う祭事にも用いられている花であった。
超高級とされる桃霞石に施された繊細な細工のルースを眺め、ガーネは店主に視線を向けた。
「触れても大丈夫ですか?」
「ええ、模様の入り方に個体差がありますので、是非お手に取ってご覧ください」
ガーネの指定した200万の予算提示に遜色のない品質であることは最低限確認し、念入りに模様の入り方や青みの濃さをチェックした。
それと合わせて店主の視線の動きや指先の運びなど細部を入念に見ながら、ガーネの目利きで一番高額と思われるルースを指差した。
「これでいくらだ、大体500…いや、販売価格考えたら600くらいか」
「お目利きの通りにございます。こちら台座のプラチナと合わせまして580万ヴェルでのご用意でございます」
「ならこれで。持ち帰る、すぐ加工して包んでくれ」
「かしこまりました。加工に大体1時間程度いただきますが、お時間のご都合は大丈夫ですか」
「近くで飯でも食ってくる、大丈夫だ」
手にしたルースを店主に手渡し、手を引っ込める時に自分のシャツの袖に細工をしたナイフの刃が店主の包帯に引っかかりぱらりと結び目がほどけた。
「あ、失礼しました。俺のシャツのカフスでも引っかかったかな。お怪我でもされていましたか、大丈夫ですか」
「いえ、問題ございません。こちらこそ失礼いたしました」
店主が慌てて包帯をあてがい直した際、ガーネは手の甲に入った入れ墨を確認してからポケットから証書を取り出した。
「会計はこれで、一括で」
「かしこまりました」
証書で決済を済ませ、その場では穏便に証書を受け取った。
「じゃあ飯食ってきます。観光で来てるんですけど、おすすめの店はありますか」
「そうですね…でしたら、名物の魚料理やチーズ料理が食べられる店がありますよ。店を出て、2本向こうの通りにある白いレンガ造りの建物です」
「へぇ。『この店の関係者』とかなんですか?」
「ええ、ウチの店の大元の経営者が運営しておりますが…身内贔屓ではなく味は一級品ですよ」
「なら、そこ行ってみます。予約してないけど大丈夫ですかね」
「『金持ち』しか相手にしない嫌味な店長がいるので、お客様でしたら大丈夫ですよ」
「はは、じゃあそこの店長に言っておきます。この店の紹介でカモになりに来ましたって」
「ご冗談を。では、お預かりいたしますね」
それまで割と年相応に人懐っこい笑顔で店主と会話していたガーネだったが、店を出た瞬間に一気にいつもの表情に戻りローブから腕を出した。
袖口に微妙に刃先が出るように引っ掛けたナイフを取り刃をしまいながら、店主が言っていた店を目指して歩いた。
「『奴隷』の入れ墨だ。ただ、普通の奴隷じゃない。『隷従』の入れ墨だ。これ以上はここでは危険だから今は話さない」
ガーネは周囲を警戒しながら小さな声で一同に告げ、白いレンガ造りの建物を目指して歩いた。




