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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第三十七章『探査』

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426話「メイジーエのことば」

遊覧船は聖域近辺から迎賓館の船着場に到着し、下船した時には昼になっていた。

水辺で多少の涼しさはあるとはいえ、やはり昼間は照り付ける太陽の熱が暑く、全員手や扇子で扇いでいた。

「……ジェレイド、ちょっと」

「なんだ」

「お前が今回の責任者だからあまり口出しするつもり無かったんだが、懸念点がある。いっこだけいいか」

船酔いとはまた違った体調の悪そうな顔でガーネがジェレイドを呼ぶと、具合が悪いという訴えかと予想したのとは真逆のことを言われ少しだけ目を見開きジェレイドは素直に深く頷いた。

「勿論だ、この場において誰が責任者だとかそんなくだらないことを論ずるつもりは無いし、懸念や憂いがあるのなら言ってくれ。それとも具合でも悪いのか」

「お前のそういうところが一番信頼出来るよ俺は。……昨日話した通りだ、隣国の動きが気になる。全員、『観光客』を装って欲しい。あと体調が悪いというより暑くてダレてる、俺暑いの苦手なのかもしれない」

ジェレイドもエーリックも、ガーネが言わんとしていることを理解した様子で小さく頷いた。

「侍従長、ローブか何か買ってきてくれるか。俺とガーネとジェレイドは上脱げばいいが、他の全員の身なりは見る人が見ればわかるだろうと思うからな」

「かしこまりました、至急用意します」

エーリックの指示で小さく頷いた侍従長はいそいそと部屋を出て行き、一同はガーネの提案の通りに『王城勤務者』ではなく『観光客』を装うべく準備を始めた。

「ま、観光客装うのも8割建前だけどな。クソ暑過ぎて結構まじで無理だ」

これ幸いとばかりに滞在している部屋に雑に官服を脱ぎ捨てたガーネは、ネクタイを緩めてシャツのボタンを数個外した。


少しして侍従長が全員分のローブなどを用意して部屋に戻って来ると、ガーネはそれを羽織りながらエーリックに視線を向けた。

「アンタ、ことのついでにヴィオリーさんとプルデミに土産でも見たらいいんじゃねーの。外遊当日なんてそんな暇無いだろうし」

「そうだな、どうせ陛下も街散策したいってごねそうだもんなぁ。それ見越して街並み見るか」

「土産、か…」

ジェレイドも小さく呟きながら、近衛服を脱いだシャツの上にローブを羽織った。

「俺はなんか冷たいもんが飲み食いしたい、暑い。ほんとに暑い…」

あまりにも暑がるガーネにヘルソニアも熱中症を疑った顔でガーネの額に触れて肩を竦めた。

「其方、以前南の方へ行っただろう。向こうは平気なのか」

「南って言っても、アミュんとこですよ。樹海だし適度に日除けもされてるし、そも、アミュも自分が暮らしやすいように樹海一帯の気候弄ってるんでそんなに苦労はしたことないです」

「なるほどな…其方、どうする。留守番でもしているか、この後も当日も」

「冗談でしょ、当日なんて特に俺が留守番するなら小娘も城から出しません。監禁します」

「……やりかねんな、まぁ半分冗談だ。しかし陛下もこの暑さは経験が無いだろうからな、行程そのものを少し見直した方がいいかもしれんな。休息を取れるように長めに日程を取るか、予定を詰めて早く王都に戻れるようにするか」

「…日程を長く取って湖遊びの時間やら街散策の時間を取ろうとか平気で言いそうな気がしますけど、俺」

「其方の言う通り、私もそう思う」

一同ローブで日除けをしながら露店の建ち並ぶ観光地を歩いた。

ガーネの視線は特徴的な褐色肌に黒髪黒目の人種を捉え、視界の端におさめながらジェレイドとエーリックの隣で街並みを眺めた。

「……ガーネお前、どこ見てる」

「メイジーエ皇国の人間。褐色肌の黒髪黒目。肩に刺青入れてるのは皇国の中でも立場が高いって聞いた。逆に手の甲の刺青は奴隷とかそれに近い立場だったはずだ」

「ほーん、なるほどね」

「ガーネ、詳しいな」

「スメイラに事前に調べさせた。……おい、冷たいのなんでもいい」

近くの飲み物を売っている露店に近寄り我慢出来ずに冷えた水を購入し、ポケットに裸で入れた現金を店主に手渡した。瓶から水を飲んでようやく一息漏らし、周辺の会話や道行く人の流れを観察した。


────シャ・キトー・バヴァ・ティ、ドゥッスプナム・パシシャーミ、ドゥルガ・ドゥータハ、アビチャーラハ


時折聞こえてくるメイジーエの国の言葉を聞き分けて発音の特徴や単語を拾い上げたガーネは、半ば本当に観光をし始めたヘルソニアたちから少しだけ距離を置いて少し先のメイジーエ人の開く店に目を向けた。

軒先に並ぶ鮮やかな布地に、そう言えばディアマントもいつくか織物を欲しがっていたなと思い出してそちらに歩いて行った。

店の軒先には薄手のガーゼ地のショールやサテン織りのスカーフ、硝子細工などのいかにも女性好きしそうな土産物が並んでおり、ガーネが立ち寄ったのを見てジェレイドとエーリックも同じ店舗にやって来て店内を見て回った。

「へー、綺麗な織物じゃん。ヴィオリーに買って行こうかな」

エーリックが王都でも使いやすそうなスカーフを手にして色味や模様を吟味する横で、ガーネもディアマントに何か買ってやるかと視線を移した。その視線の先にジェレイドが熱心に硝子小物を見ているのを見つけ、何を見ているのかとジェレイドの視線の先を辿ると薄手の硝子製の栞を眺めている様子であった。

どこからどう見なくても女性への贈り物の選定でありそうな様子に意外そうにしながら、ガーネも色味が鮮やかな孔雀色の薄手のショールを手にして少し考えるように眺めた。

「お兄サン、オミヤゲ?」

愛想良く少しカタコトの言葉で声を掛けてきたメイジーエ人の店主に、ガーネは小さく頷いて手にしたショールを見せた。

「えーと…エタ・キヤ・ムーリヤ…ん?ちげーな、ムーリャム?」

同じようにカタコトながらメイジーエの言葉で値段を聞いたガーネに、店主は驚いたような顔でガーネの上から下までを見た。

「…プレークサナールタム・アーガタハ・ヴァー?」

「あー、なんだっけ『アーム』?」

「アッテル!凄いヨお兄サン、上手」

「発音難しいな。で、結局いくらなんだ」

「目が高い、こっちのショールいい糸使ってル。エタッド・アティ・マハールハム、タヴァ・ヨージヤン・ヴァー?」

「マー・マーム・…えーっと…アバジャーナヒ」

「待て待てガーネ!何語だ!」

横で聞いていたエーリックが思わずと言った顔で口を挟み、ガーネはあからさまに肩を竦めた。

「メイジーエ語。さっき聞いてちょっと覚えた。文法はシェマードン語と同じだし、発音がちょっと難しいくらいか」

「『アヴァジャーナァーヒ』。お兄サンのメイジーエの言葉、上手だけどヴェルーティンの訛り少し強い、も少し舌巻くイメージだヨ。で、25万ヴェルだヨ」

「なんだそんなもんか。金糸刺繍だし絹糸も上質だし、もっとすんのかと思った。エテーナ・サマナ・プラルーパム・グランテマーラァ・アスティ・ヴァー」

「あるヨ、これ?どのくらいいる?」

店主がガーネの要望を拾ってショールと同じ色と素材に金糸刺繍のあしらわれたリボンの束を取り出して見せ、ガーネは少し悩んで顎先に手をやった。

リボンを要求したはいいものの、どのくらい必要かと言われ少し考えた。

ディアマントの白銀の髪によく映えそうだが、女性の髪のアレンジにどのくらいの長さが必要なのか想像がつかない。まして髪が長いため、使おうと思えばどのくらいでもあって困らないだろうというところと、最近随分と気に入って大切に抱いて歩いているクマのぬいぐるみにも毎日リボンを大切に結び直していることを思い出して返答した。

「あー、…………5mくらい」

「そっちのお兄サンたちは?プレミカァイ・バールヤーヤイ・ヴァー・ウパハーラハ・ヴァー?」

エーリックとジェレイドにも同じように声を掛けた店主の言葉に、2人とも困った顔でガーネを見た。

「……奥さんか彼女にプレゼントか、だとよ。えーと、…タタヴァ、…マ・マーム・ヴァンテヒ・マハァヴィーラ」

「アハハ!ダイジョブ、商売は信頼ダイジ、ワタシは適正価格で安心のアキナイしてるヨ!」

「で、アンタはヴィオリーさんに何にするんだ」

「え?あ、おう。えーと、嫁さんにはこのスカーフで、娘には揃いの髪留めのリボンかな」

「ジェレイドは?」

「え、私か、私は……ええと…」

ジェレイドが少し悩ましげにオレンジ色の花の模様の硝子栞と藤色の鳥模様の硝子栞を手に考え込んでいると、ガーネがその手元を覗き込んで花模様を指差した。

「………カルセなら多分、花の方が好きだぞ」

「……は?え、え!?」

「あれ、違ったのか。じゃあ誰に贈るんだ。ちなみにカルセは結構本読むから多分栞は喜ぶと思うぞ」

「えっ、ちょ、ガーネ」

途端にしどろもどろになったジェレイドを放置し、ガーネはさっさと自分の買い物をしようとショールと店主が切り分けたリボンを指さしてポケットから証書を取り出した。

「エタッド・デヒ。パリティヤーガハ・プリタク、サルヴェ・ウパハーラーハ、サミャグラチャヤ。えーと、……一括でってなんて言うんだ」

「『ルナ・サマパナ・エカダ』、かナ。お兄サン、ウチの国住んだことある?言葉いつベンキョした?」

「さっき聞いて覚えた。ルナ・サマパナ・エカラ?」

「『エカダ』。お兄サンの奥さん、包むの何色好き?」

「嫁じゃねーけどまぁいいや。赤が好きって言ってた。エカラ…違うな、エカダ。発音しにくいな」

「なら赤い綺麗なので包むネ。ショール25万、リボン5メータ3万で28万だけど、ちょっとオマケして、全部で27万ヴェルにするヨ。今度またお店来てネ」

「おー、アヌグリ…アヌグリート?」

「『アヌグリヒト』!」

紙袋と会計をした証書を受け取ったガーネはエーリックとジェレイドの買い物をそれぞれ見届け、店を出た。

店先には感心した顔のヘルソニアが腕を組んで立っており、視線が合うとガーネは「お待たせしました」と短く告げた。

「どんな話をした」

「どんなってほどでも無いですけど。『これいくらだ』って聞いて、『観光か』って聞かれたから『そうだ』って返して値段聞いたりとかしてみたくらいです。言語はアウトプットしてナンボですからね。ちなみに今はアレより複雑なことは喋れません、単語知らねぇから」

「1回聞いて覚えるのか、其方は」

「……?1回聞いたら覚えるでしょ、聞こえてんだから」

普通は覚えない、と言いたい言葉を飲み込んだエーリックは、ラッピングを丁寧に施された小さな包みを眺めるジェレイドを肘でつついた。

「いやぁそれにしても、お前。陛下の次はカルセちゃんか。タイプ全然ちげーじゃん」

「ち、違う!そんなのではない!……し、下見。そう、下見に際して色々とアドバイスを貰ったので、その礼だ!」

「フーン。ジェレイド、ちなみにだけどカルセは結構少女趣味だぞ」

「だ!だから!そういうのでは…!」

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