424話「砂漠の街」
オエィセ区内へと立ち入ると、当然のことながら王都とはがらりと雰囲気が異なる景色が広がった。
隣国であるメイジーエ皇国と隣接した辺境の地故か、どこか異国情緒溢れる街並みと、軒先に並ぶ商品もどちらかというと隣国の文化を色濃く反映したような品々が目に付いた。
ディアマントが物珍しがって買い物や散策をしたいと言っていたのもなんとなく理解出来るようで、ガーネは街並みや路地の入り組み具合、街灯の照らす範囲や行き交う人間の視線の運びや雰囲気を注意深く観察した。
「教官」
「どーしたガーネ」
「治安、どう思います」
「……悪くはないが、良くもないって印象だな。路地裏行くと危なそうな匂いはする」
「あとは昼間と夜の違いと、『俺らの服装の違い』ですかね。あからさまに王城関係者じゃない、観光客装ってたらどんなもんですかね」
「…多少の暴漢程度なら、問題ないのではないか。十分制圧出来るだろう」
「『ただの暴漢程度』なら、な。巫術官長、ヘルソニア様はどう思いますか」
エーリックとガーネの会話に首を傾げながら入ったジェレイドにガーネは何かを警戒した様子でちらりと周辺を見回して視線を外した。
「……ふむ」
「儂は『今は』なにも言わぬ」
ガーネの言わんとしていることを察したのか、ヘルソニアは腕を組んで小さく唸ってからガーネの隣に並び、巫術官長も髭を撫でて顎でしゃくってガーネの後ろに着いていくように示した。
「近衛総監、陛下の宿泊予定の迎賓館へ向かおう。そこで迎賓館自体の下見と一旦打ち合わせでもしよう」
「かしこまりました、ヘルソニア様」
ヘルソニアの指示で一同馬車に乗り込み直し、大通りを迎賓館へ向けて馬車で移動をし始めた。
「隣のメイジーエ皇国がどういう国か、巫術官長とヘルソニア様は知ってると思うが全員把握しているか」
馬車が動き出してしばらくしてからガーネがぽつりと呟き、言わんとしていることがわからずに全員顔を見合わせた。
「……どういう国かという意味では、あまり詳しくない」
「端的に言えば『呪術国家』だ、故にこの区は結界が強固である」
巫術官長の言葉にジェレイドは少しだけぎょっとした顔をし、ガーネの方へ視線を向けた。
「…ンな心配しなくても、呪いとかそういう類のモンの検知自体は巫術官長もヘルソニア様も、俺も出来る。陛下も外だろうとその程度であれば自分でわかるし自分で対処出来るだろ。あとはウチのラズリと、随行する巫術官か。……問題は、万が一何かあった時の随行者だ」
「と、言うと」
「呪術的に仕掛けられた時に、対処出来るのがごく一部のみ。初動の遅れで陛下の盾代わりが総倒れする可能性がある。…とは言え、表立って仕掛けられることはほぼないとは思うがな。外交問題だし下手すりゃ戦争だ。……まぁ、俺から言わせりゃそういうことをした程度で会談が優位になると思われてるなら随分舐められたモンだなとは思うけどな。傍にヘルソニア様もいて俺もいて、そんな小細工程度でどうにかはならねぇし…陛下も馬鹿じゃない、あの女だって伊達に4000年玉座に座ってねーよ」
「しかしそういう意味では雰囲気と気配はきな臭いな。まして今回はその隣国との会談も予定にある以上、優位に進めるために『体調不良』やらその程度の仕掛け方はしてくる可能性は無くはない」
「…その辺は追々考えるか。ここで議論しても仕方がない」
エーリックの言葉にガーネも隣で頷き、少し疲れた顔で小さく欠伸を漏らした。
「……はー…しかし、日中あれだけ暑いと体力持っていかれるな…移動しかしてねぇのに疲れた」
「お前さんは道中霊力を練って砂遊びをしておったから、疲労もひとしおであろうな」
「とりあえず、迎賓館の確認をして今日は一泊。明日は迎賓館周辺と街中の再確認、水路から聖域までの下見をして夜に復路のチェックがてら戻るという予定で行こう」
迎賓館に到着し、周辺の夜間の状況を確認すべく全員で周囲を見て回った。
裏手には広大な湖が広がっており、迎賓館から直接湖畔へと出ることが出来る作りになっていた。コの字型の建物で湖を囲み、真っ直ぐに水路が続き聖域と呼ばれる神殿への方向を向いている。
建物周辺は立派な石塀が聳えており、堀代わりの湖は水深がそこそこありそうではあるがテラスからは夜の暗がりで水の様子までは確認が出来なかった。
「防犯面と利便性は最高だが、風水的にはあんまり良くねーな。設計したやつ知識ねぇのかわざとなのか」
「結界の張り方は工夫せんとな。明日明るくなってから水の状態を確認しよう」
「それより何より、こんな部屋見たら小娘が水遊びするって騒ぎ立てそうだな……ヘルソニア様、あの小娘泳げるんですか」
「逆に聞くが泳げると思うか?運動の類などしているところ、私は4000年以上共にいるが見たことがないぞ」
「ですよね、そういう身体してますもん。カトラリーやら扇より重いもん持ったこと無いんじゃないですか」
「ふむ、否定出来んな」
「いずれにせよ明日明るくなってからですね、取り急ぎ夜間の確認をして今日は休みましょう」
ジェレイドの号令でそれぞれ分担して施設周辺の点検や立ち位置、避難路や間取りの確認を済ませて交代で休憩を取った。
「なぁガーネ、ヴィオリーとプルデミの土産は何がいいと思う」
ヘルソニアの部屋前の警備でガーネと共に順番になったエーリックが腕を組んで真面目な顔で問いかけた。
「砂でも持って帰れば」
足元に置いた砂時計を睨みつけるように凝視しながら面倒そうに返答したガーネの脇腹を肘でつつきめげずに声を掛けた。
「ヴィオリーはさぁ、やっぱり美人だから宝石がいいかなぁ。何が似合うかな。喜ぶかな。プルデミもヴィオリーに似てべっぴんさんだからなぁ」
「野良猫でも連れて帰れば」
「そう、猫!本物の猫飼いたがるんだよプルデミ」
「飼ってやればいいじゃん、情操教育の一環で」
「生き物はなぁ。もう少し大きくなってからかな」
「なら砂でいいじゃんめんどくせーな」
「お前は?特務とか陛下になんか買ってくんだろ」
「ウチの連中はいいよ、毎回買って帰ったらキリ無いだろ」
「何がいいかなぁ何が喜ぶかなぁ」
「あーもーうるせーな!明日の街の視察ん時に適当に見繕って買って帰ればいいだろ!」
集中を削がれた瞬間に砂時計の硝子が盛大に砕け散り、ガーネは舌打ち混じりに雑に返した。
「ダメだなぁガーネ、平常心が大事だぞ。この程度で乱れるようならまだまだだ」
「まだまだなのはわかってっから練習してんだろが!」




