423話「山消失事件」
「あ………っつ…」
「2月で王都では外套着てんのに、真西の気候の違いエグいな」
王都出立から18時間、ウィースト区の駅に降り立った一同は砂地特有の茹だるような照り返しと熱に早速一同うんざりとした顔をした。
「…過去3年分の新聞の天気欄確認したが、雨季以外は基本雨は無し。日中は暑くて夜は寒い、陛下の服装気を付けさせねーとな。侍女長連れて来た方が良かったかもな、まさか王都とここまで気候が違うとは思わなかった」
「それで道は地図通り1本か。この砂地だと馬は厳しいな、やはりこの道を通るしかなさそうか」
ガーネとエーリックは揃って石畳を踏み鳴らしたり剣の先で叩いたりしながら確認をし、ガーネはそのまま地面に耳を当てて音を確認した。
「どうだ、ガーネ」
「砂の抜けは無さそうだな、ただ何箇所かランダムに確認してみないと」
「道幅は大丈夫そうか、一応流通の要の道だし強度も問題ないだろう」
「懸念は『なにかあった時』の退避場所がないことだな。とりあえず進みながら確認をするか」
あまりの暑さに魔導師長が全員分の冷えた水と氷を購入し、乗り込んだ馬車の中で水の入った瓶を配布し桶に氷を置いて客室内の温度を少しでも下げる工夫をした中で馬車は進み始めた。ガーネは受け取った水を半分程一気に流し飲み、ことのついでにラズリに貰った酔い止めを飲んで暑さにうんざりした顔でだらしなく背もたれに寄りかかった。
「…ガーネ、大丈夫か。其方もう酔ったのか」
「まだ酔ってませんけど酔うかもしれないです」
元々北の、夏場でも比較的涼しい地域出身のガーネにとっては暑さはあまり得意ではない様子でぐったりと宙を眺めていた。
「…だめだ、暑い。無理だ。この暑い中で当日騎士服着ていられる予感がしない」
下見なのをいいことに官服を脱いでネクタイを緩め、シャツのボタンを数個外して氷の近くを陣取っていたが、全員ガーネの乗り物の酔いやすさを知っているために吐かれでもするくらいならと多少のだらしなさは目を瞑ることにして道中を過ごしていた。
「だが救いは前回の辺境伯領と違って交通の便は悪くはないところだな。馬車も運行の仕方によるが、半日はかからずオエィセへと到着出来る。これだけ暑ければ陛下の体調も考慮しなければならぬ、出る時間も調整する必要があるな」
巫術官長も暑そうに扇子で顔周りに風を送るように扇ぎながら漏らし、その暑さだけで一同体力が奪われるようだった。
ジェレイドもハンカチで汗を拭いながら少しだけ襟元を緩め、ヘルソニアやガーネ、エーリックへと視線を向けた。
「下見の予定を少し変えましょうか。帰路は夜に出て、周辺の見通しも合わせて確認してみるのはどうだろう」
「そうだな、なら少し下見の滞在時間を伸ばして帰路の時間を調整しよう。其方たちもそれでよいな」
全員同意の返事を返し、目的地までの一本道を進んだ。
特に魔獣との遭遇も無く、途中何箇所かで停車し、道幅や石畳の強度を適宜確認しながら馬車を進めていく。
地図の縮尺から割り出した予定時間よりも相当早く到着しそうではあり、ガーネは時計を確認して地図に書き込みを加えていったところで、ふと何かに気が付いた様子で顔を上げた。
「特務総監よ、どうした」
魔導師長がやや警戒した様子でガーネに声を掛けると、ガーネはヘルソニアと巫術官長の顔を見た。
「…この辺、随分デケェ霊脈あるな。馬車酔い治まった」
「確か、オエィセの中心のオアシスからサインドブリューグ神殿までを結ぶ地脈に霊脈が乗っていたはずだったな」
「あー、あそこ『聖域』ですもんね」
過去、ビーテン区でもカルセの『聖女の祈り』が発動している間は妙に馬車酔いを含めた不調が治まっていたことを思い出し、ガーネは足を組み直して座った。
「サインドブリューグ神殿は聖女か司祭以上がいないと結界に阻まれると聞いている」
「へー、ジェレイドよく調べてんじゃん」
感心したように呟いたガーネに、ジェレイドは肩を竦めて苦笑いを漏らした。
「……君のところの聖女様の入れ知恵だ」
「聖域はさすがにピッキングは出来ねぇからなぁ。フローストだったら俺の権限と血で解錠出来るけど、西は管轄外だ」
「其方、よくピッキングをするな。禁書庫もピッキングをしていただろう」
「こじ開けられる程度の魔法陣だったんで、つい。それでも禁書庫は3日かかりましたよ」
夕方になり、気温が下がり始めて来たところで目的地であるオエィセ区の検問所が遠くに視認できる範囲にやって来た。
検問所近辺こそ立派な石造りの門城があるものの、その周辺はオアシスである水辺と水路を囲むような妙に青々とした特徴的な木々や花が生い茂っている。
「…随分ご立派な結界張ってんな」
「結界?」
「王都と同じだ、結界杭に検知用結界がある」
「でも王都だって結局敵さんは入って来てるだろ、意味あんのか」
「あの結界は『侵入阻止』じゃなくて霊的なものとか魔力的なものの検知とか抑制を目的にしてるからな。だって『侵入阻止』にしたら、誰も王都に入れなくなんだろ。ガチの侵入阻止結界張られてんのは王城、ディアマントのテリトリーだ。特に私室近辺の居住区エリアは、あの女が『許諾』した人間しか通行出来ない」
「へぇ…ちなみに、見たらわかるのかお前。どれが結界なんだガーネ」
「衛兵総監、俺は一応魔女の息子である前に律衡の家の息子だぞ。そういうのを扱う家なんだけど。……例えばあの運河沿いの一際立派な木、等間隔に並んでんだろ。ああいう樹齢の長い生きてる木は結界に使いやすい。霊脈に沿って、水のエネルギーと土地のエネルギーと木のエネルギーを使ってそれを結界に組み替える術式を組んでたりしてる」
「さすが詳しいな。其方、扱いは下手くそな癖に知識は下手な術者よりあるのではないか」
「全部教科書知識ですよ。事故るから使うなってガキの頃死ぬほど説教されたんで、リエーブに。超怖かった」
「……ガーネ、君なにをしたんだ」
約1ヶ月前の律衡評定で初めて会った『魔女』特有の圧と恐ろしさを思い出し、挙句その魔女がガーネの実母であると露呈した今幼少期はどう過ごしていたのかやら、あの魔女に説教をされるとはどう言うことをやらかしたのかと半分興味本位もあってジェレイドはガーネを見た。
「家の屋根吹っ飛ばしたのと、山ひとつ地図から消えた」
「あったな、ルイとリエーブが始末書を書いていたことがあったか」
「へー、始末書ごときで済んだんですかアレ」
「……なにをしたら山が消える?」
「なにって、多分なんかの魔法使ってみようとしたんじゃねーかな。たしか。そしたらめっちゃ怒られた。3つか4つくらいの時のことだからあんま覚えてねーわ」
「…きちんと…扱えるようになってくれ…」
噛み締めるように漏らした巫術官長の言葉に一同同調して深々と頷き、ガーネはそれを見て「頑張ってんのに」と漏らしながら肩を竦めた。




