422話「外遊下見出立」
「あら、お珍しい。近衛総監様、いかがなさいましたか?」
外遊下見出立前日の夜、ジェレイドは特務室へと訪れた。室内にはカルセしかおらず、ジェレイドは無意識に周囲を見回した。
「ガーネは」
「陛下がお呼びになっておりまして、お部屋に行かれましたわ。明日は早いからそのまま上がると…お急ぎでしたら陛下のお部屋にいらっしゃいますが」
「いや、いないのなら構わない。…聖女様は夜勤でしょうか」
「ええ、本日はわたくしとラズリさんが。ラズリさんは食事に行かれたので、しばらくわたくし1人ですわ」
「なら、少しお話ししたいのですがよろしいですか」
「?勿論ですわ。お茶を淹れようとしていたところでしたの、今近衛総監様の分もご用意いたしますわ。おかけくださいまし」
促されたソファに腰を落とし、ジェレイドは改めて特務室内を見回した。
長である特務総監のガーネと、補佐のスメイラ。鑑定士のサイフィルと巫術医官のラズリ、魔導師のアメジ、そして聖女かつ総監側近のカルセ。
カルセはガーネ曰く『自称側近』とのことではあるが、常にガーネの世話を焼いておりガーネ本人も疎ましがる素振りはなく、他者に厳しく自分には更に厳しいガーネを甘やかす存在と考えれば、特務としてはバランスがこれで取れているのであろう。空き部屋を使用してそのまま『特務室』として機能することになったらしい部屋は、僅か6名しかいない組織にも関わらず妙に広かったが、壁に設置された棚には資料やファイルがきちんとファイリングされて整頓されて収納されており、意外と几帳面なガーネの性格が反映しているようだった。
「お待たせいたしました」
カルセが紅茶の入ったカップをジェレイドの前に置き、正面に座って品良く足を揃えた。
ウィンプルを外し、普段の聖衣とは異なり少しラフなワンピース姿のカルセがちょこんと首を傾げると、緩く三つ編みをした橙色の長い髪と真っ白なうさ耳が揺れた。
「近衛総監様、お話しというのは?」
「……あ、…え、ええ。失礼いたしました。明日から外遊下見に出ることはご存知でいらっしゃいますよね」
「勿論ですわ」
聖衣では拾わない普段は見ないカルセのボディラインが強調されるワンピースの襟元から覗く肉感的な膨らみとくっきりと刻まれた谷間に思わず見入ってしまったジェレイドは、カルセの問いかけに慌ててティーカップを持ち上げて紅茶を飲むことで視線を外した。
まだ熱いそれを無理矢理飲み込むと食道から胃にかけて熱が通過していくのがよく分かるようで、ジェレイドはごくりと喉を鳴らしてそれを通過させた。
「…今回、西の神殿視察も外遊目的に入っていることは、ガーネから聞いてますでしょうか」
「ええ、伺っております」
「『聖女』の立場として、事前に下見で注意すべき点などをお聞きできればと思いまして。ガーネがいるので問題ないかとは思うのですが、一応今回の責任者は私なので」
「そうですわね。…ガーネ様が近衛総監様をご推薦なさったのでしょう?でしたらあまり、『ガーネ様がいる』と安心感を持たない方がよろしいかと存じますわ。彼、人に託したら失敗しようがなにをしようが余程のことが無い限り口も手も出しませんもの。なので近衛総監様が『警備最高責任者として』わたくしに聞きに来てくださったのは正解だったかと思います。…西の神殿、『サインドブリューグ神殿』ですが、オエィセ区の外れの水路からでないと行けない場所なんですのよ。水路を抜けた先、サインドブリューグの泉の真ん中にある神殿でして、泉は聖域です。基本は司祭以上もしくは聖女の同伴がないと弾かれて『通過出来ない』場所ですわ。なので正直下見は難しいかも知れませんわね。オエィセの教会の責任者はまだ『助祭』なので」
「……なるほど。なら、なおのこと聞きに来てお話し出来て良かったです」
「近衛総監様、『まだ』ガーネ様に敵対心お持ちでいらっしゃいますか?…以前の外遊の際、あまりガーネ様とは親しくなかったでしょう?最近はそこそこ仲がよろしいようにお見受けいたしますが」
柔和なカルセの笑みに、ジェレイドは思わずぎくりと肩が揺れた。遠回しにガーネに喧嘩を売るななのか、単純に雑談なのかが図り知れず、なんと答えていいかわからずにもう一口紅茶を飲んだ。
「…以前、ガーネ様のお生まれのことであまり彼にとって良くないことを申し上げましたわよね。まぁ、今でこそ色々と露呈してガーネ様ももう隠す気も無いようではいらっしゃいますけれど…わたくし、あの方が傷付くのはどうにも許せませんの。仲良くなさいまし」
「……そのつもりです」
無論、ジェレイド自身は今現在でこそガーネに対して嫌な感情は一切持ち合わせてはいないし、何より一緒に仕事をしたからこそわかるガーネの仕事っぷりや存外子供っぽい性格も含め同じ総監の役職として一番信頼していると言っても過言ではない。だからこそ今回、あれだけ仕事が出来て強く頭がいいガーネの推薦で責任者に任じられた以上、精一杯以上の務めを果たしたいと事前準備から含め奮闘していたが、目の前の人当たりの良さそうな聖女の意外とピシャリとものを言う気の強そうな性格に思わず背筋が伸びた。
彼女は、ガーネのことが好きなのだろうか。なんとなくそんな気がして、他聖域周辺の事前視察準備等の注意点などを確認してから立ち上がった。
「ありがとうございました。お忙しいところ申し訳ございません、お時間取らせました」
「構いませんわ、明日は朝お早いのでしょう?どうぞお気を付けてお出かけくださいまし。ガーネ様の好き嫌いはお説教して構いませんので、よろしくお願いいたしますわね」
「ふ、承知いたしました聖女様」
にこりと柔らかな笑みを浮かべたカルセが礼儀正しく一礼してジェレイドを見送り、ジェレイドも翌日の準備のために老化を進んだ。ふと、無意識に足が止まり振り返ると、まだ姿が見えなくなるまで見送っていたらしいカルセの姿が特務室前にあり、視線が絡んだ。
再び笑みを浮かべ小さく手を振った姿に、ジェレイドも会釈をして慌てて正面を向き直った。
*****
「…ほう、ガーネ。其方数日で随分出来るようになったものだな」
翌日早朝、外遊の下見のために王城を出発した一同は軍用路線に乗りウィースト区までの18時間の汽車の旅が始まった。
車内でヘルソニアがガーネの手元の砂時計を見て感心した声を漏らし、ガーネは手の上で昨日よりも大きな砂時計の砂を操作する練習をしていた。
「昨日、陛下に俺の霊力操作してもらって感覚掴ませてもらってなんとなく。手で触れずに出来るようになる前に、汽車ン中砂まみれ硝子まみれにするだろうから道中は10分計を『10分で砂を上げて10分滞留、10分掛けて砂が落下する間は休憩』をひたすら繰り返せ』って」
「陛下もなかなかきちんと『指導』しているようだな、私は其方のセンスよりも陛下が存外きちんと教えていたことに感心している」
「違いない」
「ただガーネ、あまり集中して下を向くな。…其方、吐くぞ」
「ラズリに貰った酔い止め飲んだんで、多少は平気です。けどあんまりやりすぎるとせっかく治った回路がまた損耗するって陛下にもラズリにも言われてはいるんでぼちぼち休みます」
「其方、力み過ぎだ。無駄に力が入りすぎるから出力過多になるのだ」
「難しいですよね」
ふう、と息を漏らしながら簡易テーブルに砂時計を置いた。さらさらと砂が流れ落ちるのをガーネの隣で見たジェレイドが、砂時計を手に取り興味深そうに砂を眺めた。
「…しかし、意外だったが君は努力家だったんだな。なんでも卒なくこなすタイプかと思っていた」
「あー、うーん。まぁ自分で言うけどわりと器用なタイプだから感覚で出来ることも多々あるけど。こういうのは反復っつーか、身体に覚え込ませた方が早いんだよ。一朝一夕で出来りゃ苦労しねーし」
「まぁガーネはわりとストイックだよな。警察学校ん時も結構1人で延々訓練してたり走り込みしてたりするガキだったし」
エーリックも腕を組んで過去のガーネを思い返してしみじみと漏らし、ガーネは机に置かれたビスケットに手を伸ばして頬張りながら肩を竦めて返答した。
「言うて3、4年前の話だろーが。こないだ20歳なったばっかだぞ俺」
「20歳とは俄に信じ難いな、君の場合」
「そんな老け顔?俺自分では年相応な顔面してたと思うけど」
「見た目では無く色々と年齢にそぐわないという話だ、経験やらものの考え方やら」
「そーかな、そんなことないと思うけど。普通じゃね。あ、これ美味いじゃん」
さくさくとビスケットを食べ進めつつ出された紅茶に砂糖を落として掻き混ぜ、エーリックは正面のガーネを見て頬杖をついた。
「なぁガーネ」
「あ?なに」
「お前、陛下のどこが好きなの」
「そういうこと聞く?今」
「いやぁ、今だからだろ。ね?お二方」
「確かに、儂らから見ても気にはなるの」
エーリックが魔導師長と巫術官長に話を振り、汽車の中の退屈さ故か珍しく同意するように頷きガーネを見た。
「うーん。顔じゃね、ダントツで美人だし、あのむくれたクソガキみたいな小娘顔も可愛いし。あと足。身体。ほっせーのに出るとこ出てるし、いいカラダしてるよ。肌も髪も手入れ行き届いてるし、常にいい匂いするし。抱き心地も触り心地も最高だな」
「き、君は陛下のお人柄とかそういう話は出ないのか」
完全に見た目の話しかしないガーネに引き攣った顔でジェレイドが口を挟み、ガーネは少し考えたように腕を組んだ。
「お人柄って。あの女、そんなご大層な人柄してねぇけど。ねぇ?ヘルソニア様」
「違いないな。元々小娘なきらいはあるが、ガーネに執着してからは一層子供のようだ。数千年単位で甘やかしたツケだな」
「超箱入り小娘だから、世間知らずも良いところだ。ヘルソニア様と歴代侍女長のせいだな。…強いて言うなら、『俺のことが好きで好きでたまらない』を全身で出してくるところは最高に可愛いと思うぞ。まぁとは言えアイツの恋愛知識は全部侍女から借りた流行りの恋愛小説由来なせいで、やれお揃いが欲しいだのやれ合鍵を寄越せだの、挙句交換日記がしたいだとかただいまのキスをしたいだとか。今日日ガキのカップルでもそんなことしねーよと何回言ったことか。クソ可愛いよな、無知で。仕込み甲斐があるわ。今回は土産もご所望だぞ、どうせ少し後には自分も現地に行くのにな」
「…陛下がお前さんのことを好いているのは儂らから見ても手に取るようにわかるが、存外お前さんも陛下のことを好いておるな」
「好きじゃなきゃ付き合うなんてめんどくせーことしないでしょ、まして仕事柄女作らねぇようにしてたし、相手は『女王』だぞ」
鼻で笑ったガーネに一同思わずといった顔で肩を竦めたが、ジェレイドはなんとなくガーネの横顔を見てからぼんやりと窓の外に視線を向け直した。




