421話「お姉さんと霊力操作」
外遊下見出発前日、ガーネはディアマントの私室を訪れていた。
下見の同行は渋々諦めたディアマントだったが、数日離れることになるため『今日は一緒に寝たい』と交換日記に書いて強請った結果部屋に来たガーネに嬉しそうに隣に座りはしたものの、当のガーネはディアマントを全く構う様子はない。
ディアマントは拗ねてむくれた顔でシロクマのぬいぐるみを膝に抱き、ガーネの手元に視線を向けた。
「…ほう、本当に3日でそこまで出来るようになったか。大したものじゃ。が、鼻血が出ておるぞ」
「……あー!疲れた!」
ディアマントの差し出したちり紙で鼻血を拭い、かろうじてきちんと上球に砂を送り上げることが出来るようになりはしたガーネは砂時計をテーブルに置いてソファの背もたれに深く凭れかかった。
霊力で無理矢理重力に反して上球に溜まっていた砂がさらさらと下球へと流れ落ちていくのを眺め、ディアマントはガーネのシャツを引いて少しだけ期待感を持って声をかけた。
「…明日からの下見、大丈夫か。妾と共に留守番でもするか」
「お前それ一緒にいて欲しいだけだろが」
「ちなみに厳しいことを言うが、『この程度』で疲労して鼻血を出しておるようでは到底使い物にならぬぞお前は。雑魚じゃ」
「わーってるんだよんなこと。…なんかこう、コツを掴みかけてる気はするんだけどなぁ…もう一歩というか、今は自覚あるけど『力技で砂を持ち上げてる』だけっつーか。ラズリの言う『針穴に糸通す感覚』は結構ヒントになった気もするけど、なんか俺の中でしっくり感覚が腹落ちしてないっつーか」
「お前、結構前にサイフィルに『桶いっぱいの水をストローに零さず流す感覚』という話をしておっただろうに。それと似たようなものじゃ。とは言え、その時と封印を解いた今とでは絶対値が10倍ほど差異がある故感覚が掴み切れぬのもわからぬではないが」
シロクマの首元に結んだリボンを整えながら話すディアマントの手元を見つめ、ガーネは徐にその華奢で小さな手を取った。
「な、なんじゃ」
「お前女王様なんだよな。なんでも出来るか」
ガーネがその言い方をする時は大体が碌でも無い要求であることがわかっているため、ディアマントはやや冷えた眼差しを向けて警戒するようにシロクマを抱き締めた。
「女王が万能であると思うなお前は。一応聞くが、何を企んでおる」
「『霊力操作で他者に流し込んで自壊させることは蟻を踏み殺すより簡単だ』って言ってたよな」
「申したな」
「お姉さん」
「…なんじゃ」
「ちょっと俺の霊力操作して『砂時計の砂操作』をどんな感覚でやってるのかって体験することは出来るか」
想像とは大分異なる要求に、目をぱちくりと瞬かせたディアマントは自分の手を握るガーネの大きな手をじっと見つめ、少しだけ考えてからこくんと頷いた。
「……多分、出来ると思うが。…コツはラズリに聞いておらんかったか」
「俺、習うより慣れろ派だから、一回感覚分かれば出来そうな気がする。お姉さんお願い」
「お、お姉さんだから仕方がないな。妾、お姉さんだから」
「さすがじゃんお姉さん」
『お姉さん』と呼ばれすっかり得意げになったディアマントはシロクマを隣に座らせてガーネの足の間に入るように座り込み、テーブルに置いたすっかり砂の落ちきった砂時計を持ち上げた。
それをガーネの手に乗せ、ディアマントはガーネの手に自分の手を重ねて霊力回路の巡りを確認しガーネの霊力を操作した。
ガーネの手の中の砂時計が、数日前に手本で見た通りにまるで逆再生のように砂が上がっていき、全ての砂が上球に持ち上がったところでご丁寧に『留め方』まで実際にやって見せてから手を離した。
「ふう。人の霊力を用いてやるのは多少面倒じゃな。どうじゃ、わかったか」
「なんとなく。爪と指の隙間から髪の毛くらいの細さの糸を抜き差しするような感覚か。前の外遊でラズリがやってた『呪針』はこれの応用ってことかな。とりあえずあれか、こんな感じ…いや太いな、もっとこう絞って…こうか」
『一度感覚が分かれば出来る』と豪語したガーネの宣言通り、あれだけ苦労していたのにあっさりとそれを攻略すると、ディアマントは感心した顔で砂時計を見つめた。
「さすが、お前は頭と感覚がよくて教え甲斐がある……合格じゃ。ならば次は、『手を触れずに』出来るようになることじゃな」
「ちなみにお姉さん、『終着点』はどこなの。これ初級なんだろ」
「お前は無駄に理屈や理論だけは、霊力も魔力も頭に入っているようだからの。妾は『扱い方』以外教える必要はないと思っておる。基礎が分かれば先程のように『どの術がどういう理屈なのか』はお前は理解出来るであろう」
「あー、まぁ多分?知らんけど」
「それこそ、お前の家の裏稼業である拝み屋の除霊やらなにやらだって、仕組みとしては単純じゃ。自分の霊力で対象の霊体を刺殺するとか、銃殺するとか、そういった感覚であろうと思うぞ。妾はそういったことはせぬ故詳しくは知らぬが。そういうのはヘルソニアの管轄じゃ」
「お前はどういう管轄なの」
「妾は『巫女』故、神託を受けそれを行使する。予知はその一環じゃ。一般的な霊力波長とは異なる故、基幹的なものとは多少異なる。それこそガーネの魔法と同じじゃ、始祖魔法は基幹魔法や盟約魔法に通ずるであろう」
「フーン。なんか今日疲れた」
「適度に休息を取らぬと、また焼損するぞ。回路は繊細じゃ」
「なら明日早いし、今日はさっさと寝るか。どこぞの女王様が『一緒に寝て欲しい』ってオネダリして来たし」
「なぜ妾の寝着の胸元に手が入る、なぜ下着の中に手が入る」
「触りたいからに決まってんだろが。いいだろ減るもんじゃねーし」
「なぜ揉むのじゃ」
「柔らかいから」
「早く寝るのではないのか」
「可愛い彼女が一緒に寝たいってオネダリして来たら期待に答えなきゃ男が廃るだろ。こんな据え膳食わないなんて、男じゃないね」
ひょいっと軽々とディアマントの身体を持ち上げたガーネはベッドにその身体を運び、なんだかんだとまんざらでも無さそうなディアマントを押し倒して耳元に唇を寄せた。
「ご褒美くれねーの?お姉さん」




