420話「砂時計」
「砂を上げるってどういうこと」
「見ておれ」
ディアマントが砂時計の台座に軽く触れてから手を離し、ガーネの隣に腰を下ろして手を差し出した。
「時計、持っておるな。貸せ」
「はい」
ガーネが懐から取り出した懐中時計を開き、秒針を確認しながら頬杖をついて砂時計に視線を向けた。
硝子の下球に溜まっていた砂がさらさらと、まるで逆再生のように上部に吸い上げられていく。
重力法則をまるで無視した動きに一同釘付けになった。小さな砂時計であり約1分の計測が出来るものであるが、ディアマントは秒針を眺め時間を調整しきっかり1分で砂を上球へと『上げ』て見せた。
「中の砂の粒に霊力を纏わせ、時間通りに上げることがお前への課題じゃ。下手くそそうだからまずは1分から、出来るようになれば砂時計を大きいものにせよ」
「え、難しくね?巫術官長アンタ出来るかこれ」
「……お前さんには言い難いが、比較的初歩の訓練だからの。出来るかと言われれば、この程度出来なくては儂もこの地位にはおらぬよ」
「げ、まじか。出来っかな」
「いきなり手を触れずは多分お前には無理じゃ、最初は台座に手を触れたままで良い。時間も気にせずで構わぬ。無理に押し通そうとすれば砂は詰まる、時間がかかっても構わぬからまずは『全て上に上げる』ことじゃ。それが出来るようになったら次は時間通り、最後に手を触れずにやることじゃ。ただし、霊力を注ぎ過ぎると破損するぞ」
言われるままにガーネが砂時計の台座に指先を置き、ディアマントの言葉通り砂一粒一粒に自分の霊力を纏わせるイメージで霊力を注いだ。
その瞬間、パリンと軽い音を立てて硝子が砕けて中の砂が散った。
「出来ねーじゃん!」
「言ったであろう、『注ぎ過ぎると破損する』と」
「いけませんよ陛下。この男に『緻密さ』とか『繊細さ』を求めては」
ヘルソニアの言葉に一同「確かに」と小さく頷き、ガーネはあからさまにイラッとした表情で目の色を変えた。
「せいぜい頑張るがいい、妾の愛犬よ。砂時計はたくさんある、あとで誰かに持って行かせる。外遊までには出来るようになることじゃ」
どこか小馬鹿にしたような顔で言ってのけたディアマントは椅子から腰を上げ、ヘルソニアを伴って評定の間を出て行った。
「3日だ。3日で出来るようになってやる」
「俺らにゃ『頑張れ』しか言えねぇからなー、頑張れ」
「見てろあのアマ…!」
「あまり根詰めるなよガーネ。君はすぐ無茶をするからな。下見の詳細が決まったらまた知らせを出す、それまでは無理をし過ぎないようにな」
*****
「アンタなにそれ」
「まぁ、砂まみれで硝子まみれではございませんか。コップでも割ったんですの?」
「ちげーよ」
自席で苛立ち露わに机を睨んで舌打ちを繰り返すガーネを見て、走り込みの終わった面々は一瞬『触らぬ神になんとやら』という顔をしていたものの、砕けた硝子の破片と砂にまみれた机を見て思わずラズリとカルセが声を掛けた。
ガーネが新しい砂時計を机に置き、先程から何度も失敗しているもめげずに同じように指先を置いて霊力を注ぐ。そしてその瞬間に砂時計の硝子がぱりんと軽い音を立てて砕けると再び盛大過ぎる舌打ちを漏らした。
「……ラズリ、お前コレ出来るか」
「なーに、『全快』って言った瞬間に早速訓練始めたの?しかもこんな初歩?…出来るわよ。貸してみなさい」
ガーネが何をしているのかを理解したラズリは手を差し出し、ガーネも新しい砂時計を手渡した。
ラズリはディアマントと同じように硝子面に軽く手を翳してからガーネの机に置くと、さらさらと小さな砂の粒が舞い上がってネックを通過して上球へと浮遊して溜まっていった。
「まぁ、すごい」
カルセが感心したように感嘆の声を漏らし、その声につられて他のメンバーも覗き込んだ。
「こんなの『初歩』よ。ま、あの女も伊達に霊力の使い手じゃないってことね。ガーネには一番いい訓練かもね。アンタ『繊細』とか『緻密』とか縁遠いし?」
あまりにも呆気なくやってのけたラズリに、先程評定の間で言われたこととほぼ同じことを言われたガーネは再び額に青筋を浮かべて舌打ちを漏らした。
「どいつもこいつも!!一応聞くけどコツはねーのか!!」
肩を竦めたラズリだったが、思いの外素直にコツを聞いてきたガーネの様子に少し考えるように顎先に手を遣り「うーん」と小さく漏らした。
「…コツっていうか、そうねぇ…アンタ、針仕事は出来る?やったことある?」
「……そりゃ、シャツのボタン付け程度なら」
「針の穴に糸を通すイメージ、かしら」
「…針の穴…糸…フーン」
ガーネは砂時計のバルブを指先で持ち上げてネックの内部を凝視した。ラズリの言う『針穴に糸を通す』のは言いえて妙だなと、ボルトの細い括れ部分に意識を集中した。
「…!ガーネくん!鼻血!」
砂時計特有の極めて微細な砂の粒が数粒、ふわりと浮上してネックを通過した。そして集中しすぎたガーネは反動で鼻からぽたりと鼻血が溢れ出て滴った。
手の甲でぐいっと鼻血を拭ったガーネは、躍起になって据わった目付きのままネックを睨みつけた。




