417話「最期のとどめ」
「ディア」
「んん…、なんじゃ…きょうはわらわ、もうむりじゃ…」
全裸で上掛けにくるまって疲れた顔でガーネを見上げて逃げるように顔を隠し、ディアマントは掠れた声で返答した。
「一応言っとくけど俺はまだ出来るしまだしたいけど。そうじゃなくて、お前言語は何ヶ国後喋れるんだ」
なんの話かと一瞬目を瞬かせ、ちらりと上掛けを捲って目元を覗かせて再度ガーネに視線を向けた。
「…基本は通訳がおる、喋れぬ。そも、妾は国外の者と年始くらいしか口を利かぬ。喋る必要も覚える必要もない。……とはいえ、一応簡単な挨拶程度は知っておる」
「フーン、引き篭もりだもんな」
床に散らばった下着や寝着を拾い上げてソファに放り投げ、侍女がベッド脇の支度台に置いた替えのネグリジェを手にすると上掛けを強引に引き剥がしてベッドに転がるディアマントの頭にすっぽりと被せ、華奢な腕を取って袖を通させた。
「……お前は随分と外国語が流暢であったな」
「日常会話程度だろ。…ちなみに聞くけど、お前、よく俺の話聞き耳立ててんだろうけど『英語』はどこまで理解してんだ」
「…嘘を申しても仕方が無いから言うが、残念ながら正直ほぼわからぬ。腹立たしい。が、なんとなくよからぬことを吐かしておるのは含みでわかる」
「へー、否定しないんだ。『前世』のこと」
隣に寝転がっていつものように首の下に腕を差し込み腕枕をしながら細い身体を抱き締めて抱き枕代わりにしながら返すと、ディアマントも小さく溜息を漏らしながら目を伏せてガーネの肩口に頭を寄せて擦り寄った。
「否定せずとも、お前も気付いている通りじゃ。妾の前世はミナトと接点がある。…が、どういう接点なのかは今は言わぬ、それはお前が思い出すか見つけなければお前も他の者も魂の調律が取れなくなる」
ディアマントが今まで言及しなかった理由についてはその言葉でうっすらと察しはしつつ、しかし自分が持って来た回答に対しての返答はあることを確認するため再び口を開いた。
「なぁ」
「なんじゃ」
「俺、ずっと聞きたかったんだけどさ、『聖徳太子』の話した時の返答は、わざとなのかうっかりなのかどっち」
伏せていた目をゆっくりと開いたディアマントは、そのまま顔を少し上げてガーネの顔を見つめた。
「……本当のことを言ったほうが良いのか」
「今更だろ」
「半々じゃ。うっかりも本当ではあるが、…気付かせたかったのも本当じゃ」
「フーン。ついでに聞くけどさ、お前は歳取らねぇの?」
「取らぬわけではない。…お前は自分の生まれのことを気にしておるが、妾も血の因果がある。…妾の祖母はエルフじゃ、4分の1は混血じゃ」
エルフの血が混じっていると聞き、ガーネは思わずディアマントの髪を搔き上げて耳を確認した。エルフの特徴的な耳の尖りは無く、普通の人間と同じ丸い耳殻をしていたが、顔立ちの美しさはエルフ由来なのかとぼんやり考えながら柔らかく滑らかな頬に手を這わせた。
「でも、『それだけ』じゃないんだろ」
「ふ、ふふ…お前はどこまで知ってて妾にものを問うておるのじゃ」
「さぁ?…なんの『呪い』?」
「あの忌まわしき、『神の呪い』じゃ」
『神』、それは『この世界』においては邪教の扱いのそれであり、ガーネたちが対峙する存在である。
手入れの行き届いた長い白銀の髪を撫で梳きながら、ディアマントがシロクマのぬいぐるみにそうしていたようにガーネも大切そうにディアマントの身体を抱き締めた。
「……俺がその『神様』を殺してやろうか」
「ふん、それが妾のそもそもの命令じゃ。が、今のお前なら魂の残滓も残せず消されるであろうな」
「だろうなぁ、未知数だけどあの幹部相手でも多分即死だろうし。来週くらいから少しずつ俺も身体動かし始めるかなとは思ってるけど。怪我の具合もぼちぼち良さそうな気はするし……ま、ラズリの判断次第だけどな」
「特務には随分と鬼教官を発揮しておるようじゃ、お前もやるのであれば『あれ以上』やらねば示しがつかぬぞ」
「わーってるっつの。俺の場合は今は逃げでもサボりでもない、今の身体の具合でやったらまた故障すんだろ。意味がない。……なぁ、もう一個聞きたいんだけど」
「なんじゃ、妾はもう眠たい」
「当たり前に使える魔法だったり『向こう』の世界にはねぇじゃん。俺も前世では魔法なんか使えた覚えないんだけど。向こうとこっちと何がちげーの、魂は同じなんだろ」
「……難しいことを聞く小僧じゃ。…ガーネよ、お前は律衡の家の息子じゃ。お前の言う『向こう』でもそうじゃが、『輪廻転生』という言葉は知っておるな」
「そりゃまぁ」
「つまり『そういうこと』じゃ。魂は、こちらの世界とあちらの世界を行き来しておる。世界の構造が異なる、この世界はそういう力の流れで世界の均衡が保たれておるが、向こうの世界は真逆の力が流れておる。一番の違いは科学やらの文明ではないか、まぁ厳密に言えばそれだけではないがわかりやすいのはそこであろうな」
「……どういうこと」
「ふん、珍しく察しが悪いの。お前、『向こう』で妖精やら亜人やらは見たことがあるか」
「あるわけねーだろ、そんなのおとぎ話の話だ」
「存在しない『妖精』や『魔法使い』や『亜人』の思想が、なぜ向こうにあると思う。こちらの世界で死した魂の記憶が曖昧に初期化されずに向こうに転生した結果、伝承として伝わったりそういう『異端者』として生まれたのじゃ。14世紀前後の欧州の魔女狩りが一番わかりやすい例えじゃ、こちらの魂が強すぎると向こうで転生したときに『混じって残る』のじゃ」
「……ってことは、俺は……いや、俺らは『向こうの魂が強すぎてこっちで混じって残って生まれた』?」
「そういうことじゃ、特にお前は『強すぎた』。初期化に4000年以上かかってまだ『それ』じゃ。……ここまで言えばわかるかも知れぬが、『お前は忌み子ではない』のは、『そういうこと』故に本当じゃ」
「ほーん。なら、魔女の言い伝えの『忌み子』ってなんなんだろうな。でも俺はそうか、『忌み子』じゃねえのか」
ようやく色々と合点が行き、色々と考え込むようにそのまま黙り込んだガーネは黒みがかった深紅の瞳をディアマントに向け、片手を先日絞めた細い首から顎先へと滑らせて顔を上げさせて視線を絡ませた。
「オネダリしてもいい?」
「…ん?なんじゃ」
「俺が死ぬ時は、お前の手で最期にしてくれ」
「………妾に、とどめを刺せと?」
「お前に殺されて死にたい」
「……なら、妾に殺されに戻って来い。妾のもとに」
「…ふ、はは。ディア、愛してる」
ディアマントはガーネの胸元にそっと手を当てて、今はしっかり拍動を刻む箇所を確認して頬を寄せ、目を瞑った。
「お前は、妾のものじゃ」




