405話「悪くない」
「71か。思ったより体重増えねーな。結構ハチャメチャな食生活してると思ったけど」
1週間が経過し、体重計に乗ったガーネはわずか1kgしか微増していない体重に腕を組んで唸った。
「破茶滅茶な自覚がお有りなようで良かったですわガーネ様。正直『食事』と形容していただきたくない内容ですけれど」
傍にいたカルセも『事情』はスメイラとラズリ経由で把握してはいたため、わかりやすく苦言を呈することは敢えて特にしなかった。
「バターがキツい。アレは単体で食うもんじゃねぇ、ただカロリー摂取には一番手っ取り早い」
「それで肌荒れしないアンタが心底羨ましいんだけど」
「ほんとに。なにこの肌、毛穴ある?」
「毛穴ないと汗かかねぇだろ、そんなん人体構造的におかしいんじゃねーの」
「そういうことじゃない!!顔面偏差値が高いとニキビとかできないの!?髭くらい生えなさいよ!!」
「人の顔ペタペタ触んな、身嗜みとしてそのくらいの手入れはすんだろーがなんなんだお前らは気色悪い」
女性陣から別の非難を受けながらも1週間のほぼ完徹はさすがのガーネも限界が近く、逃げるように自席の椅子に腰を下ろした瞬間に寝落ちしそうになって机に強かに額を打ち付けた。
「ちょ、ガーネ!大丈夫!?」
たまたま近くにいたサイフィルが『ガツン』と響いた大きな音に振り返りガーネを見遣り、驚いた顔で肩を揺らした。
「……眠い…イライラする…」
打ち付けた額を擦りながら小さく舌打ちを漏らし、時計を確認して背もたれに寄りかかった。
そろそろ近侍朝伺に出向く時間かと引き出しから板チョコを取り出すと、包装の銀紙を雑に破いて据わった目付きのまま齧り食べ始めた。
「…アンタなに目指してんの?」
「何も目指してないけど、理想としては一旦78くらいに体重増やして筋トレしながら元の74まで絞りたい」
「それ、アスリート…」
チョコを齧り終わったガーネが包み紙を丸めていつものようにゴミ箱に放り投げるも、寝不足が祟ってか珍しく狙いが大きく外れ床にぽろりと転がったのを見て再度舌打ちを漏らし、八つ当たりのようにサイフィルの頭を軽くどついて立ち上がった。
「なんで!?いつも僕!?」
「サイフィルだから。片しとけ」
ネクタイを結び直しながら部屋を出て行ったガーネを見て、特務の一同は深々と溜息を漏らした。
『女王に聞かれたくない話』をする時は城外で食事を取ることが暗黙の了解になり、そこでガーネから今回の騒動の顛末を聞いた一同は身内贔屓というわけではないもののガーネに同情的であった。
ガーネ自身もディアマントのことが好きすぎて盲目的なところは無きにしも非ずで否定は出来ないものの、歳の割には恋愛にのめり込んでいくタイプではなくむしろ相当分別と節度があると評価していた。どちらかというとディアマントの方が、『初めての恋愛』に浮かれた小娘かつ『女王としての全て自分の我を通す』強情さが強く出ているようだとさえ思える中で、ガーネが結婚などの将来を見据えたくない理由まで事前に知っているからこそ、今回のガーネの無茶を敢えて後押ししている節があった。
「…とは言え、そろそろさすがのあの子も限界よ。1週間ほぼ不眠不休はこれ以上はちょっと無茶じゃない?」
「でも、根性論で生きてるからねガーネくん」
アメジの言葉にスメイラも困った顔で肩を竦めた。
サイフィルもガーネが入れ損ねたゴミを拾ってゴミ箱に入れ直して椅子に座り直して頬杖をついて溜息を漏らした。
「ガーネも頑固だからね。多分、このままいくと『命令で休まないだけで身体が壊れて死んだら所詮俺はそれまでだったってことだ』みたいなこと言いそうじゃない?」
「…すごく、言いそうですわ…困りましたわね…」
「陛下、失礼いたします」
「…う、…うむ」
「ご予定の変更は」
いつものように『業務の内容だけ』を会話しに来たガーネの目の下の隈が明らかに濃くなり、寝不足のせいか妙に据わった目付きで体調の悪そうな様子に女官長もまずそうだと判断した顔で侍女長を見た。
ディアマントとの『形式的な』会話が終わったのを見計らい、女官長が半歩だけ前に出てガーネに声を掛けた。
「特務総監様」
「なんですか」
「…失礼ですが、どのくらいお休みになられていらっしゃらないのでしょうか」
「あ?あー……1週間ですかね」
「お食事は」
「はは、摂ってませんよ『そんなもの』。食も『休憩』に入るでしょう。心配しなくても、死なない程度に栄養は摂ってます」
「何をお召し上がりになっていらっしゃいますか」
「チョコとか、バター齧ったりとか。カロリーはこれで取れてます。ミネラルは岩塩削って舐めて、あとタンパク質はゆで卵とか。最近はうちの補佐官が蜂蜜買ってきたんでそれ舐めたりしてます。十分でしょ、最低限死にはしませんよ、体重も1kg増えましたし」
ガーネの言葉に女官長と侍女長は呆れを通り越して何も言えなくなってしまった。ディアマントはガーネの食事とも呼べない食事内容に目を見開き、思わず立ち上がってガーネに怒鳴りつけた。
「ガーネ!お前、なぜそんな食事をしておる!」
「ご命令でしたので」
「妾はそんな命令しておらぬ!」
「俺に『休むな』と命じましたよね?なのでご命令に従っているまでです。現に、いつお呼びになっても対応出来るようにしております。24時間いつでも。ご安心ください、職務に影響はございません。犬ごときの健康状態など、女王である貴女がわざわざ気にかけるような事案ではありません」
「…な、なら!昼食は妾と共にせよ」
「それは『業務』ですか」
「……業務ではない」
「業務でないのでしたらご遠慮させていただきます、失礼いたします」
それ以上の話を聞くつもりがないとばかりに一礼して背を向けたのを見て、ガーネを呼び止めようとディアマントが口を開き掛けるものの侍女長がそれを制した。
結局、部屋を出るガーネを呼び止めることも出来ずに無言で見送ってしまい、ディアマントは涙目で侍女長を睨みつけた。
「ミモゼ!」
「陛下、まだわかりませんか」
普段あまり説教のようなことを言わないミモゼが珍しく真顔でディアマントを見据えて少し厳しい声音で言うと、ディアマントの肩がギクリと小さく揺れた。
「わ、…妾は、悪くない…!」
「陛下が悪いです!いい加減になさい!」
「悪くない!妾は悪くない!!」
ディアマント自身、『自分が悪い』というのは自覚し始めていたからこそ、どうしていいかわからずに子供のように双眸に涙の膜を滲ませてシロクマのぬいぐるみを抱き締めて私室に駆け込んだ。
扉を閉め、ベッドに飛び込んでぬいぐるみに顔を埋めて声を押し殺して溢れそうになる涙を必死に堪えていた。




