404話「ストライキ」
「……これ、一晩でやったの?1人で?」
「おう」
「徹夜で!?王都周辺の地図の!?地下水脈路資料の更新!?」
「おう。今日はこの地図に全結界杭の位置と霊脈と祠の更新するわ」
「1人で!!?」
「知ってるかスメイラ。1日は24時間あるんだ」
「知ってるわよ!!」
「連中の音沙汰のない暇な時じゃねぇと出来ないからな、こういう仕事。あ、お前らは今日も走り込みだからな」
板チョコをそのままぼりぼりと齧り食べながら返答をしたガーネは『休暇ストライキ』を利用して、ここぞとばかりに良い機会だと休戦宣言をされてすっかり案件の止まった特務の滞っていた細々とした仕事を1人で片付け始めていた。その間に特務の他のメンバーは特訓に専念も出来るしガーネにしてみれば一石二鳥であった。
休暇ストライキを始めて4日目、目に見えて目の下の隈が濃くなり始めた挙句、『食事も休憩のうちだ』とまともな食事を取らなくなった。ただ、事前にラズリに宣言していただけあって無言で回路焼損治療用の点滴に栄養剤を混ぜたりなどの『無言のサポート』は入っており、ガーネもそれを把握していた。当然栄養剤の点滴だけで足りるはずもなく、ガーネは不足エネルギーを補うために板チョコの丸齧り、バターの丸齧り、角砂糖の補食とごくたまにゆで卵を齧ったり岩塩を削って舐めたりと『死なないための最低限の栄養摂取』しかしていないために、『食事』としての絵面は最悪であった。挙句、ガーネの中では敢えてハイカロリーなものを摂取して体重を手っ取り早く増やした所で、トレーニングで身体を絞っていこうというボクサーや格闘家のような増量期まがいの真似事をしていたが、元々の体質や存外動き回っているためかガーネが思うように体重は増えてはいなかった。最低限ゆで卵以外にも肉や魚などのタンパク質もや脂質ビタミンその他の摂取の仕方も自分でわかってはいるが、今回のそれは完全にディアマントへの当てつけ故の『わざと』であった。
わかりやすく頬でも痩けるように痩せていけば見た目的にも手っ取り早いかとは思いつつも、せっかく退院時から見て2kgほど体重が戻ったのに勿体ないなという打算も大いにあった。
ガーネは時計を見て近侍朝伺の時間であることを確認すると、ネクタイを結び直して立ち上がった。若さと元々の体力値のお陰で『まだ』動けはするものの、睡眠不足による思考の低下や苛立ちのようなものは顕著になり始めていた。特務の面々に当たり散らすことはさすがに無いものの、『事情』を聞いていなければ特にサイフィルは雰囲気だけで怯えて半泣きになっているかもしれない度合いにはガーネを纏う空気は最悪であった。
女王の執務室の扉を叩き、入室を促す声が聞こえガーネは静かに入室した。
ノルデンから戻った翌日以降、『きちんと毎日』自分のところに毎朝来るようになり一時はディアマントも機嫌が治ったかのように思われたが、日に日に隈が濃くなっていくガーネの様子に違和感を覚え始めていた。
「本日のご予定は」
「…今日、は…特に」
「お身体の具合に不調はございませんか」
「…妾は特に不調はない」
「かしこまりました、では必要があればいつでもお呼びください。失礼します」
「ま、待っ」
「……いかがなさいましたか、女王陛下」
「…ガーネ、お前、…隈」
「問題ございません」
たったの4往復半のものの1分程度で会話が終わり、ディアマントは戸惑い露わに傍の侍女長を見上げた。
ぱたんと静かに扉が閉ざされ、しんとした室内で侍女長が小さく溜息を漏らしてディアマントと視線を合わせて口を開いた。
「娘のエナからの話ですと、何日も着替え以外でお部屋に戻っていないようですわ。お食事も摂られていないようです。あの隈の様子ですと、ずっと眠っていらっしゃらないのでしょうね」
「な、なぜ」
「さあ、わたくしにはわかりかねます」
侍女長もガーネの性格についてはなんとなく把握しているために、どういう状況なのかというのはうっすらと理解はしていた。
同時に、ディアマントの性格も熟知しているため『今回はディアマントが素直に何が悪かったのかを理解して認めて謝らないと無理』ということもわかっており、ヘルソニアの指示のもと敢えて素知らぬ顔をしていた。
ただ、このまま拗れに拗れても互いのために良くはないと年の功で察しており、最低限の筋立ては補助するに徹していた。ガーネが『休むことをやめた』とそれだけを伝え、侍女長も職務のために一礼して部屋から下がった。
ディアマントは困惑した。
なぜ、ガーネが食事も摂らず睡眠も取っていないのかが、全く理解出来なかった。
最低限、女王である自分の前に出るためシャワーを浴びたり身嗜みを整えることはしている様子であるが、それ以外は『ずっと仕事をしている』。もともと仕事人間な男ではあったことは理解していたが、理由がわからない。挙句、『仕事以外の話』をしなくなり、ガーネが『何に怒っているのか』がまるで理解出来ずにいてディアマントは困惑と同時に『自分が何か間違っていた』ことはわかっていてもそれを言語化出来ずにいた。
誰もが、『今回は陛下が悪いです』としか言わず揃ってガーネの味方をするため、四面楚歌に少しだけ泣きそうになって執務室に連れてきていたシロクマのぬいぐるみを抱き締めて顔を埋めた。




