403話「苛立ち」
翌朝の近侍朝伺にて、女王の執務室を訪れたガーネは再度とんでもなく冷えた目をすることになった。
「…予定の変更はございませんかとお尋ねしております、陛下」
「フン!」
「……女官長」
「ご予定の変更はありませんわ、特務総監様」
「そうか。……陛下、なんなんですかさっきから」
「妾はお前に休みなど許可しておらぬ!お前に休みなど必要ない!妾の傍にいるのがお前の仕事じゃ!!」
「陛下の許可はなくとも俺にも休む権利はありますが」
「ない!妾はお前に人権はないと伝えたはずじゃ!」
「…休まないでどうしたら良かったんですかね、後学のためご教示願います」
「お前は妾の犬として騎士として特務総監として臣下として妾の男として、妾の傍にずっといればよい!!」
「陛下、その辺に」
「うるさい!妾の命令じゃ!!」
あまりにも傍若無人過ぎる物言いに、傍に控えていた侍女長と普段はあまり口を挟まない女官長もさすがに嗜めるように言葉を発したものの、とにかく『自分に黙って出かけた』『戻って来て自分に一番に会いに来ず挙句翌日の『業務』でようやく顔を出した』恋人であり臣下であり騎士である男に、感情的に怒りをぶつけて珍しく喚く姿にガーネは冷ややかに目を細めた。
「…『ご命令』ですか、女王陛下」
「何度も言っておる!」
「………左様でございますか。承知いたしました。では、『陛下の犬として騎士として』身を入れ替えてお仕えさせていただきたく存じます。此度の休暇、勝手に頂戴いたしまして誠に申し訳ございませんでした。以後休暇は一切取りませんのでご安心ください。では、『職務』に戻りますので、ご予定の変更が無いようでしたらこれで失礼をさせていただきます」
その場に膝をついて最敬礼の姿勢を取ったガーネに対しディアマントは一層苛立った様子で立ち上がり、ガーネを無視するように隣接したバルコニーへと出て行った。
「────…チッ…!」
膝をついたままのガーネを気にしつつも、ディアマントを1人に出来ないと女官長と侍女長が追いかけてバルコニーへ出て行ったのを確認してからガーネは再び苛立ちに任せて盛大過ぎる舌打ちを漏らした。
────あのクソアマ、なにも反省してやがらねぇ。
あれだけ毎日、何もかもディアマントを優先して過ごしてきたのに、自分の先輩の僅か5歳の娘に対してのよくわからない嫉妬をしただけでなく、結果『自分が何が一番嫌で結婚や子供を拒否しているか』の気持ちすら汲んでもくれずにいたことを、あろうことか『休むな』の方向にまで怒りをぶつけてきて見当違いも甚だしい。
本格的に『わからせて』やる必要があるかと立ち上がり、ディアマントの執務室を出て普段より乱雑に扉を閉めた。
バルコニー越しにもその扉の閉まる音が微かに聞こえ、侍女長も苦言を呈した。
「陛下、素直に『寂しかった』と仰らなくては駄目ではございませんか」
「さみしくなどない!!なぜ妾が謙る必要がある!!」
「陛下。言葉は選ばないと、またいつかのようにこじれますよ」
「妾は悪くない!!お前たちも下がれ!誰とも話をしたくない!!」
「……承知いたしました」
侍女長と女官長は互いに目配せをし、共にバルコニーを出ると侍女長は一応バルコニーの入口付近に控え、女官長はそのままヘルソニアの執務室へと向かった。
「ラズリ、点滴ここで出来るか」
「…アタシは別に構わないけど、なに、なんか急ぎの仕事?」
「いや。…お前、英語どのくらい聞ける」
「ゆっくり喋ってくれたら、8割くらい。ニュアンスで何言ってるかわかる程度だけど。喋れないわよ」
「……That woman threw a tantrum and screamed at me, telling me 'not to rest,' and she's completely out of hand. I need to teach her a lesson, so I'm 'not resting' until she gives up. I'm just letting you know the situation since you're my doctor. I won't be taking any breaks, but I'll get a decent amount of sleep, so please just look the other way for a while.」
「あんたネイティブばりに流暢過ぎてわかんないのよ。まぁ大体わかったけど」
「わかったならいい。そういうことだ」
「じゃあ点滴用意してくるわ、一応医者としてサポートしてあげるわ、今回は」
同じ部屋でその会話を聞いていたスメイラはガーネの言っていることを理解した顔で少し心配そうに目を向け、気にかけて傍に寄った。
「…大丈夫なの?」
「珍しくこの数ヶ月の中でものすごくイライラしてる、俺が」
「でしょうね」
ガーネの発した、『あの女が癇癪を起こして俺に『休むな』と喚き散らして手に負えない。少しわからせる必要があるから、あの女が音を上げるまで俺は『休まない』ことにするから、医者であるお前にだけは状況伝えておく。休まないけど適度に寝たりはするから、しばらく見て見ぬ振りをしてくれ』という言葉にスメイラはまた拗れて一波乱起きなければいいけど、と困った顔で肩を竦めた。
宣言通り『休まない』ことにしたガーネはその日から医者であるラズリの監修のもと、最低限の食事と仮眠でつなぎ始めた。普段であればこのような無茶はさせないラズリもスメイラも、多少なり思うところがあっての協力であった。




