402話「特務の『母』と女たち」
「多少の怪我は構わんが、ラズリにどやされない程度の怪我で済むようにしろよ。魔法禁止、いいな」
「はぁい。エイミー、ガーネ様と戦うの久しぶりでワクワクしちゃう!」
「言っとくけど俺は本気でやるからな」
「────フッ!」
ガーネが喋り終わるや否や、アメジの拳が空を切る音と共にガーネの顔面目掛けて飛んでくると、まだ見切れる速度であったために身体を少し横に逸らしてそれを回避する。どの程度アメジが手加減しているのかは定かではないものの、ガーネ自身はそこそこ本気で臨まなければ確実に勝てないくらいには体力も力も動きも全て衰えているであろう自覚があり、今回躱したのも比較的ギリギリであった。見切れはするものの、身体が思うようについて行かない。ガーネは『ここまで落ちているか』と小さく舌打ちを漏らしながら、反撃とばかりに同じように握った拳を突き出した。
呆気なく受け止められ、改めて間合いを取り直した所で顔面目掛けて蹴りを繰り出すもののこれもアメジの腕によって防御されると、身体のバランスを失い転倒しかかったところでアメジの足払いで背中から倒れ込んだ。
ガーネの背中が地面についたと同時にアメジの足が振り下ろされ、カルセの悲鳴混じりの声が響いた。
「ッ、ガーネ様!」
「うぉあぶねッ!まじか!」
寸でのところで身を捩って転がって回避するものの、急な身の反転のせいか脇腹から肋に掛けての引き攣って痛みが走り、慌てて手を突き出して制止させた。
「ストップストップ!待った!」
「きゃーっガーネ様大丈夫!?エイミー人工呼吸する!?」
「余計死ぬだろ触るな!!」
アメジがガーネに馬乗りになる勢いで迫ってくると、ガーネは別の意味での脅威を感じて胸部が痛むのも構わずに力いっぱい殴りかかって再度呆気なくその拳を受け止められた。
「くっそ…思ってた3倍身体が動かねぇ…!」
「確かに、キレも無ければ攻撃に全く重さも無いわね。速度も出てない」
存外冷静なアメジの分析と共に身体を起こされ、胸元を押さえて浅く呼吸を繰り返し痛みを逃しているところに離れて見物していた一同が傍寄って来た。
「痛む?」
ラズリが問いかけとともにガーネが押さえている箇所を軽く触診して怪我の具合を確認した。
「…折れては無さそうだけど」
「折れてねーよ、攣っただけだ。全然駄目だなアメジの言う通り身体が軽くなった分攻撃に重さが無いから速度も乗らねえよくわかった」
「このタイミングでこんなに動かれたくなかったんですけど、医者としては」
「わかってるっつの。俺だってそこまで動くつもりも元々ねぇよ、いってぇークソ」
脇腹を擦りながら立ち上がり服の汚れを払い、痛みを堪えるように細く息を吐き出した。
「ビビるほど身体鈍ってんなぁ…まず俺は体重戻すか」
「そう思うのでしたら好き嫌いしてはいけませんわよ、ガーネ様」
「うるせーなどいつもこいつも。つい昨日の夜まで散々同じこと言われて挙句説教されたよ、いい歳こいて母親に」
「…ちゃんと話、出来たんだ」
「まーな。ガキの頃はあんなに怖かったのに、全然…なんつーか、同年代の母親ぶった女っつーか……………あ」
「え、なに」
「…………いや、……なんでもない。鍋、厨房返しとけよ」
特務の女性陣を度々『お母さんかよ』と揶揄していたことがガーネの中でリエーブに結びついてしまい、勝手に1人で気まずくなってそそくさと訓練場を退散した。
ガーネの様子によくわからなそうに首を傾げた一同は、とりあえずいつものようにストレッチを入念にしてからそれぞれシャワーを浴びて少し休憩をして特務室に戻った頃には、すっかり夕方から夜になろうという時間帯であった。
全員が戻ってから、土産の菓子を机のド真ん中に置いてガーネが不在中の中でもきちんとトレーニングをサボらず実施していた「ご褒美」とした。
箱の包装を見て、サイフィルとスメイラが目を輝かせて身を乗り出して声を上げた。
「こ、これ!北方の老舗有名菓子舗の超レアな高級チーズタルト!」
「滅多に手に入らないって有名な!?」
「フン、俺を誰だと思ってる。こういう時に使わないと駄目だろ、『家の名前』は。まぁ俺も食ったことねぇから美味いのかは知らんけど。カルセ、切り分けて」
その声を聞きものすごく得意げな顔をしたガーネが腕と足を組んで偉そうな態度でふんぞり返り、恩着せがましく言いながら茶の用意をしに立ち上がったカルセに視線を向けた。
「これとっても美味しいんですのよ、わたくしも50年くらい前に北方の巡礼で伺った時に当時のソンデークラークの教会の司祭様がご用意くださったのを食べたことがある以来ですけれど、当時から有名でしたわ」
「へぇ」
カルセが包丁と皿やカトラリーを用意しがてらやかんに湯を沸かし、茶の用意を一緒にしてそれぞれの前に配膳した。
「いただきまーす!」
一同手を合わせてチーズタルトを頬張り、口の中でとろけるような味と触感に目を見張った。
「うっっっっっま…!なにこれ!」
ラズリの感嘆とした声にスメイラも勿体なさそうに頷きながらちびちびと味わって食べた。
「へー、まぁまぁ美味いじゃん。よかった、不味くなくて。結構高かったんだぞこれ」
「ガーネもうないの!?」
「ねーよ、結構無理言って1ホールだけ押さえたんだから。通常は予約で3年待ちらしいぞ」
ほぼ夕食の時間におそいおやつを食べながら、ガーネは幸せそうに顔を緩める一同を見回し容赦のない宣言を追加でした。
「女共はもう1週間同じメニュー。とにかく3時間『止まるな』。サイフィルは1段階上げる、『サボりは5分以内のものを5回まで』。アメジはまだ余裕そうだからな、お前は『全力疾走3時間』。俺はもういけるかと思ったが全然身体が動かねぇから大人しくもう1週間療養様子見することにした。とりあえず体重戻しがてら軽い筋トレだな」
わかってはいつつも、また翌日以降も地獄のメニューが繰り広げられるのかとげんなりした一同を見てガーネは肩を竦めた。
「お前ら、俺が『吐くまでやるぞ』と言ったのを忘れてねぇよな。まだまだ序の口も良いところだぞ」




