400話「母と息子と亡き夫」
「ほら」
「なにかしら」
「金だよカ・ネ。何か欲しいもんあるんだろ、俺はこの辺いるから金が足りなかったら来い」
「まぁ、母様といっしょにお買い物じゃないの」
「なんで好き好んで母親と並んで買い物するんだよ!」
「大丈夫です、今のわたしなら貴方の母様には見えません」
「めんどくせーな!!どいつもこいつも!!」
ガーネが財布から取り出した札束を無視して半ば無理矢理肘を取ると、リエーブはまるで恋人のように腕を組んで歩き始めた。
「昔はあんなに『ははうえははうえ』って縋り付いてたのに」
「縋り付いた片っ端から『甘えるんじゃありません』ってピシャリだったのはどこの母上だろうな!」
「なので、今甘やかしています」
「知ってる?もうとっくに人格形成されてるんだぞ俺」
もはや突っ込むことも疲れたと諦めた顔でリエーブと並んで歩き始め、とりあえずガーネが目的としている店に向かって歩き出した。
「母様、大きくなった息子とその嫁とショッピングするのが夢だったの。あ、でもその嫁ってディアマントになるのね、わたしの義娘」
「待て待て。色々おかしいんだっての昨日から」
「ディアマントに『お義母様』と呼ばれるのかしら。あの人そんな呼び方するかしら」
「しねーと思うけど」
「あら、このお店」
ガーネが入った店に連れ立って入ったリエーブが懐かしそうに店内を見回し、ガーネから離れて店内を吟味し始めた。
「すんません、この瓶1つ。贈答用にラッピングしてくれ」
「かしこまりました。……あれ、…リエーブ様…!?」
ガーネの背後をうろつくリエーブの姿を見た店主がリエーブを二度見して思わずと言った様子で声を掛けると、リエーブは振り返って記憶にある顔よりも15年分老けた店主の顔を見て返答をした。
「…?あら、『お久しぶり』。すっかり老けたわね、わからなかったわ」
「リエーブ様は、あの、その…変わらないですね…?ってことは、あれ?こっちのお兄さんもしかして」
「息子のガーネよ」
「あの小さかった息子さん!?」
「うるさ。なに、知り合い?」
「ルイの学友よ」
「へー、父上の。なんでもいいけどさっさと包んでくんないか」
「あ、ハイどーもすみません、お待ちください」
淡い水色のラッピングペーパーとリボンで包装される瓶を眺め、リエーブは少しだけ懐かしそうにガーネの隣に立った。
「貴方アレ好きだったものね、無花果の蜂蜜漬け。お城で食べるの?」
「いや、土産。ディアマントがアレ気に入ってたから」
「あらまぁ。…わたしも一瓶買おうかしら」
「小さいのでいいか?年寄り2人と母上だけだしデカいのはいらねぇだろ。店主、もう1つ追加で。ラッピングはいらん」
「はい、お待ちください」
会計を済ませてから瓶の入った紙袋を受け取り、リエーブは「また来るわ」と会釈してガーネと共に店を出た。
隣に並んで歩いて自分よりも背の高いガーネの横顔を見上げ、幼い頃はあんなに『ははうえ』と甘えたがって縋っていた息子が他の女のために何かをする姿がなんとなく面白くない気持ちになりながら、それでも15年分の時間を埋めるようになんでもないような話をしながら街を歩いた。
あんなに面倒そうにしていたガーネだったが、存外聞けばきちんと返答はするし買い物にも付き合って、挙句かなり女慣れしていそうな感覚に妙にこの男の父親を想起させた。
遅めの朝食兼少し早めの昼食を兼ねて1軒のレストランに入り、場馴れした様子で注文をしたガーネを正面に見てリエーブは複雑そうな顔をした。
「母上、さっきからなんですか。視線がやかましいんですけど」
「ガーネ、貴方…モテるでしょう。ルイとわたしの息子だから、顔はまあ整ってはいるものね」
「はぁ?なんなんだ昨日から。世間一般の母親と息子のする会話なのかそれは」
「知らないわ、だっていつの間にかこんな大きな息子になっているんだもの。わたしの記憶の息子はまだ5歳の甘えたい盛りの可愛い坊やよ。で、モテるのかしら」
「顔が良いかどうかは俺自身は知らんけど、褒めてもらえることはまぁそこそこあるんじゃねーの。極端に不細工だと騎士にもなってないだろうし普通だろ。モテるかどうかは知らん」
「ディアマントのどこが好きなの、あんな傍若無人な女王様」
「顔と足と身体」
「まぁ、ルイみたいなこと言って。ルイもわたしの顔とお尻が好きだって言っていたわ」
「あのさ、俺結構アンタに顔似てるって言われてるからそういうこと言われると死ぬほど複雑なんだけど」
サーブされた食事を前に、幼少の頃は見えなかった今は亡き父親の女の趣味が知れてしまって非常に複雑そうな顔をしながらオムライスをつついたガーネを見て、リエーブは久しぶりににっこりと薄く笑みを浮かべた。
「目元はルイにそっくり。目付きが悪いのは父親譲りね、小さい頃はもう少し愛嬌のある顔立ちしていたと思うんだけれど。もっと愛想よくなさい、王城勤務なんだから」
「外面が必要な時は適当にやってんだよ。そも、俺は『特務総監』であり『王室近衛騎士』だからよそに愛想を振りまく必要はない。目付きが悪くていいんだよ、それだけで警備になる」
「そういうところはどっちに似たのかしら」
リエーブもドリアを熱そうに冷ましながら一口頬張り、なんだかんだと言いつつ幼少の頃の『可愛かった』息子の面影は確かに感じ、再度薄く笑みを浮かべて食事を進めた。
「この後はどこに行くのかしら」
「アンタなんか欲しいものあったんじゃねぇのか」
「冬の衣類を少し。ガーネは?さっきの蜂蜜漬けだけ?」
「いや、宝飾店に行く。この時期しか無いやつ狙いで」
「……ディアマントに?」
「当たり前だろ」
「母様には何もないのかしら」
「欲しいのがあるなら欲しいって言えばいいだろうるせーな」
「貴方、母様にそんな口ばっかり利いて。小さい頃は叱られてすぐに泣いていたのに」
「泣いたら泣いたでまた説教されただろ。『泣くんじゃありません』って」
「……ふ、ふふふ」
「きもちわる、何急に」
「…ふふ、いいえ」
自分の知らない成長を遂げて、すっかり知らない大人になってはいるものの、やはり根底にある『最愛の息子』は変わりなく、リエーブは安心して笑みを浮かべた。
ガーネ自身も、母はこんなに笑う人だったのかと少しだけ意外そうにしながら、オムライスの付け合せのブロッコリーをそっと皿の端に寄せて残し、当然のようにリエーブに叱責されたのであった。それが言いようのない懐かしさとほんの少しの安心感のようなものを覚えてしまい、やはり複雑そうに眉を寄せていた。
「だって森じゃんこんなん」
「お食べなさい」
「うるせーな…」




