399話「息子と15年」
「………不味い」
翌朝、朝食の用意が出来たと呼ばれ食堂の席について配膳された食事を口にしてガーネはぽつりと呟いた。
「シャルヴィア、クソ不味いんだけど。なにこれ」
「まぁ坊っちゃまいけませんわ、奥様がお作りになったんですのよ」
「坊っちゃまはやめろって言っただろ!おい!なんだこのアホみたいにしょっぱいフレンチトーストとゲロのように甘いスープは!」
読みかけの新聞を雑に机に叩きつけて作り主らしいリエーブに文句を言うものの、当のリエーブはちょこんと首を傾げて不思議そうな顔をしていた。
「あらやだ、お塩とお砂糖間違えてしまったかしら。一生懸命作ったのに」
「一生懸命作って美味いモンが出来上がるならみんな一生懸命作るんだよ!やり慣れてねぇことするんじゃねぇ!」
少しばかりしゅんとしたリエーブを無視して唯一まともな味付けのハッシュドポテトとベーコンだけ食べて新聞を広げ、昨夜と同じく右斜め前の席で食事を始めたリエーブを横目で見た。
「……やだ、美味しくないわ」
「だから言ってんだろ、クソ不味いって」
「貴方の意地悪かと思ったの。あと口の利き方が良くないですよガーネ」
「んなくだらねー嘘つく利点が俺にあるとは思えないんだが」
「ガーネ、今日は何をする予定なの」
「午前中は蔵の整理と書類の整理、午後からは領内資料と書類の確認」
「明日は?」
「隣の区で買い物してから王都帰る」
「まぁ、ちっとも母様との語らいの時間がないじゃない」
「昨日十分に語らっただろーが!これ以上なに語らうんだよ!」
「まだ貴方の15年を聞いていないわ、どんな風に過ごしてなぜ警察官になってどういう経緯で王城勤務になったのか」
「ディアマントに聞けばいいだろ」
「貴方から聞きたいのです。そうだわ、予定を変更して今日は共に隣区で買い物をしましょう。母様が貴方に似合う洋服を見繕って差し上げます」
「話聞いてた!?今日は蔵の整理、」
「そうと決まれば、朝食も隣区でモーニングにしましょう。ノルデンにはお店が無いものね。ウェイゼ、馬車の用意を」
「聞いてる?俺休みを利用してわざわざ来てるから効率的に」
「さ、早く出かける支度をして来なさいガーネ。シャル、わたしの身支度を手伝ってちょうだい」
「かしこまりました奥様」
ガーネは『なぜ俺の周りの女はみんなこうなんだろう』と久しぶりに感じたのを思い出し、諸悪の根源はこの女なのかとさえ思いながら溜息混じりに立ち上がって読み終わった新聞を雑に畳んで部屋に向かった。渋々と言った様子で出掛ける支度をしてネクタイを結んだ。どうせ支度に時間が掛かるだろうとソファに腰を下ろし、戸籍関係の書類と家に関しての会計書類などを整理し始めた。
戸籍上とはいえ『死んでいた』扱いの人間が『実は生きていた』とするのは面倒極まりなく、手続きの煩雑さにうんざりしながら思わず小さく舌打ちを漏らした。
少ししてからドアがノックされ、「奥様の支度が整いました」と声を掛けられると面倒そうに返事を返して書類をまとめ、ラズリに貰った『酔い止め』の薬を飲んでみてから財布だけ持って立ち上がった。
部屋を出て玄関に向かい、なぜいい歳をして自分の母親と出掛けなければいけないのかと気恥しさと面倒さと母親の見目の若さのせいで妙な後ろめたさを感じながら外套を羽織ってそそくさと玄関を出た。
馬車の客室ドアを御者が開くのを見て、ガーネは無意識かつ自然に手を差し出してしまった。差し出された手を見てリエーブは少しだけきょとんとした顔をしたものの、ガーネ自身も今更手を引っ込められずに「早くしろ」と雑に言い手を取らせた。リエーブが馬車に乗り込むと、続けてガーネも馬車に乗り込んで客席に腰を下ろした。
馬車が動き始めてしばらくしてから、リエーブが正面のガーネを見つめて声を掛けた。
「レディーファーストが随分と自然に出来るようになって。あんなに小さかったのに」
「アンタの中で俺はいつまで5歳のガキなんだよ。こないだ20になったデケェ野郎なんだけど」
「こんなに大きな息子がいるだなんて、わたしってば随分と若い母様ね」
「並んだらせいぜい姉弟なんじゃねーの。知らんけど」
「ガーネ、買い物とは何をする予定なのかしら」
「ほんとアンタ話聞かねーな。なんでもいいだろ、母上は母上で欲しいもの勝手に買ってくれ。金ならやるから」
「家のお金をそんな簡単に使ってはいけませんよ」
「俺の私費だよ!!大体家の金だろうがなんだろうが俺の金なんだよ、俺が当主だ!」
「まぁ、傲慢な。母様はそんなふうに貴方を育てていませんよ」
「育てられてねーもんな!」
どうにも接し方がわからず距離感も掴めないまま苛立ちに膝を揺らしたガーネだったが、ふとリエーブを見た。
「………母上」
「なにかしら」
「俺の回路の焼損は手っ取り早くどうしたら治る」
「……そうね、…今はどういう治療をしているのかしら」
「投薬治療だな、あとは週一の点滴」
「そう。なら、『無い』ですね。一時的なことは出来ても根本治療にはなりませんよ」
「チッ、何のための『魔女』なんだか」
「少なくとも『そういうため』ではありません。わたしは魔女ではあるけれど、医者ではないんです。あの可愛らしいお嬢さんの言うことを大人しく聞いていなさい。焦っても早く良くはなりません、貴方自分でそれがわかっているから、あの場で『最初の2ヶ月は身体を治すことに専念する』と言っていたのでしょう」
「可愛らしい?お嬢さん?冗談だろあんなやかましクソババァ」
程なくしてノルデン区の隣区ソンデークラークへ馬車が到着し、御者が客室のドアを開けた。先にガーネが馬車を降りると、先程と同じように手を差し出して降車を促した。
リエーブがガーネの手を取り馬車を降り自然と隣に並んだ。
記憶にある息子は自分の腰程度くらいの大きさだったはずなのに、隣に並んだ息子は頭約1つ分の差があって、やはりリエーブにはいつの間にか大きな存在になってしまっていた。




