398話「母上」
食事を終え、茶菓子と甘いミルクティーを配膳される中ガーネは雑に書類をリエーブに手渡した。
「……これは?」
「アンタの戸籍復活関係の書類。戸籍上は死亡扱いになってるから。それと、俺は基本城にいるからウェイゼに帳簿関係は任せる。人雇うなら雇っていい、お前らも年寄りだしキツいだろ。人雇うならきちんと人選しろ。信用出来ない奴は家に入れるな。月イチで俺のところに帳簿送れ」
「かしこまりました」
家の記録整理や財産管理についての話などをして一段落ついたところで、ようやく少し冷めたミルクティーを飲んで一息ついた。
「ガーネ」
「なんですか」
「貴方、お付き合いしている女性はいるのかしら」
「………………いますけど」
なぜ女はこの手の話題が好きなのかと嫌そうにカヌレを一口齧り、たっぷりと間を空けてから素直に返答を返した。
見た目こそ歳が近く見える女性であるが、正真正銘ガーネの実の『母親』である。母親との関わりなど、養母含め15年皆無であるためにどう接していいかわからないのがガーネの中の本音であったが、世の中の息子は母親とこういう話をするのだろうかと戸惑いながらカヌレを流し込むようにミルクティーを飲んだ。
ガーネの返答に少しだけ身を乗り出したリエーブが、まじまじとガーネの顔を見つめて矢継ぎ早に問いかけた。
「いつから交際しているの、きっかけは」
「は?え?……え、…3ヶ月くらい?きっかけ……きっかけ?」
「どちらから交際を申し込んだのかしら」
「……俺、ってことになるんじゃないですか。多分」
「あら」
幼少の頃の母親はこんな感じに気安かっただろうかと、自分の中の母親の記憶を辿りつつ妙な違和感に居心地の悪さを感じてミルクティーを飲み干しさっさと逃げようとすると、傍に控えていたシャルヴィアがにこにこと楽しそうに笑いながらおかわりのミルクティーを注いだ。
「相手はディアマントでしょう」
「そうですけど」
「年上じゃない、仕事中の貴方の様子を見ている感じ年下の女の子が好きそうな印象だったけれど」
「俺は年上派だからいいんだよ」
「まぁ。そこはルイに似なかったのね、あの人年下好きだったから」
「あんまり親のそういう話聞きたくねぇんだけど」
「そんなことより、どうしてディアマントなの。どういうきっかけで好きになったのかしら」
「あー、うるせーな!一目惚れだよ!可愛いだろうが、顔が!」
「まぁ、面食いなのね。結婚は?」
「色々と気がはえーな!結婚なんかしねぇよ!」
「あらどうして?」
経験上はぐらかしたところで折を見てまた同じことを聞かれその度にはぐらかす必要があるかと溜息を漏らし、ガーネは再度ミルクティーを飲んでから面倒そうな顔でリエーブを見た。
「王政というか、政治に興味がない。現場職がいい。それに結婚するとなると色々ややこしいだろうが」
リエーブはその言葉に小さく首を傾げ、同じようにミルクティーの入ったティーカップを持ち上げて唇を付けてこくりと喉を鳴らして一口飲んだ。
「……身分の差とか、そういうことを気にしているの?」
「気にしてねーよ。俺が家督継いだのだって8割あの女のこと考えたからだ。爵位こそ無いけど家格は公爵家相当、別にあの女娶るには十分だろうが」
しれっとガーネは家督承継についての下心を露呈させ、ウェイゼとシャルヴィアは意外そうな顔でガーネの顔を見つめた。
リエーブは家督については元々がガーネが嫡流であることに変わりは無いためそこはどうでもいいとばかりにもう一口ミルクティーを飲み、ソーサーにそっとカップを置いた。
「ガーネ、子供は?」
「はぁ?」
「子供はいつ産まれるのかしら。孫?孫になるの、ウェイゼ」
「そうですね奥様、お孫様になられますね」
「待て待て待て、おかしい。色々おかしい」
「まさか貴方」
何故か何かに気付いてしまったかのようにハッとした顔をしてまるで可哀想なものを見るような目でガーネを見つめるリエーブの視線に、かつて女官長と侍女長に向けられた視線と誤解を想起させてガーネは苛立ち混じりにテーブルを叩いた。
「不能じゃねーよ!ふざけんな!」
「あらそう。なら、孫はいつなのかしら」
「産まれねーし産ませねーよ!」
「どうして?あら、もしかして意外と清いお付き合いでもしているのかしら。そこはルイに似なくて良かったかしらね、あの人手が早かったから」
「だから親のそういう話は聞きたくねぇって言ってんだろ!それと生憎だけどガッツリ父親似だったよ!」
「まあ、やっぱりルイの子ね。女の子にそんな手が早くて」
「ガキじゃねぇんだから付き合ってたらすることすんだろーが!うるせーな!!」
ディアマントに関しては付き合う前に手出ししたことはさておきつつも自分の父親のあまり知りたくなかった一面がその妻によって露呈しガーネは諦めたような顔で額を抑えながら『なんの話をするために家に帰って来たんだっけ、女の話に来たんだったっけ』と自問自答しながら溜息混じりにミルクティーを飲んで何度目かの溜息を漏らした。
「母様はいつでも構いませんよ、貴方の歳の頃にはわたしは既に貴方を産んでいました」
「だから孕ませるつもりも予定もねぇっての。めちゃくちゃ気を付けてるんだから」
「どうして?ディアマントのこと、そういう『好き』ではないの?情夫にでもおさまるつもり?」
「冗談だろ。俺が生きてる間に誰かに嫁がせたり俺以外の男のガキ孕ませてたまるか。……誰が好き好んで、愛した女に忌み子の血縁産ませるんだ」
ガーネの口から『忌み子』というワードが出た瞬間、空気がまるで凍りついたように重くなった。
リエーブがガーネに向かって手を伸ばし、そっと頬に触れてどこか泣きそうな目を向けた。
やはりガーネにしてみれば、幼少の頃の記憶にある『厳格で怖い無表情な母親』のイメージが払拭し切れず、どこか別人のような違和感を覚える。しかしそれと同時に、なにも出来なかった幼少の頃と比べて思っていたよりもそれだけ自分が大人になったのかという気もしてきて目の前の24歳の見た目の女性に対しての違和感が大きくなっていくばかりだった。
しかし、それはリエーブにとっても同じことであり、『5歳のまだ幼く可愛い息子』が『愛した亡き夫の面影と5歳の息子の面影を携えた成人男性』に取って代わった乖離は相当大きいのだろう。
互いに距離感がわからず、なんとも言えない絶妙な空気が流れ、ガーネは耐えられずに小さく息を漏らした。
「……ガーネ」
「なんですか母上」
「わたしは、貴方のこと……忌み子だと思って育てていません。ただ、世間では『そう』見られかねないことは否定出来なかった、だから厳しくしたの。どこに出しても恥ずかしくない知性と教養、振る舞い、それから精神力。……わたしは、わたしが魔女の家系でなく……貴方が普通の男児として産まれても、グリーチェウト家の立派なおうちの息子じゃなくても、どんな貴方でも愛してる。『普通』に産めるなら、わたしだって貴方を普通に産んであげたかった。でも、貴方ははっきり言って普通じゃない。…だけど、だからこそ、わたしは貴方を守りたかったから、貴方の力を封印したの。……結果あまり意味がなかったようだけれども」
「アンタが半端に封印したせいで余計に制御効かなくなってまともに魔力も霊力も扱えなかったしアンタの封印解いたせいであんな死にかけの大怪我するし、ほんと散々だったんだけど」
「誰がなんと言おうと、貴方はわたしとルイの大事な大事な、可愛い息子です」
「可愛いって年齢じゃないと思うんだけど」
「いくつになっても子は子です。母様がお腹を痛めて産んだ、世界で一番愛しい我が子が、忌み子なんかであってたまるものですか」
「……そーですか」
結局なんの話をしていたんだっけ、とガーネは考えつつも、何故かそれ以上の何かを言う気になれずに黙り込んでしまった。




