396話「四面楚歌」
室内庭園での来客対応を終え訓練場に戻ったガーネは、言いつけどおりに走る特務の面々を少し離れた場所から見下ろして動きを観察していた。
アメジは未だ余裕がありそうな様子で走っているのに対し、サイフィルは止まりこそしないものの途中走っているように腕を振りながら歩いてみたりと絶妙なサボり方をしていた。
ある意味で『ガーネの指示通り』であるため、ガーネ自身少し感心したように眺めながら女性陣へと目を向けると、カルセが比較的粘って走っているものの完全に呼吸は乱れ息苦しそうに肩で息をしており、ラズリは元々の身体の大きさからか軽さはあるものの持久力は無さそうに苦しそうにふらふらと走っていた。そしてフォームも呼吸も全てにおいて壊滅的なのが、補佐官のスメイラであった。
「……やっぱスメイラの体力不足と運動音痴が際立つな」
一番の課題はスメイラだなと再確認して小さく呟きながら、2階の観覧スペースから階下に降りた。
アメジ以外は足腰を震わせながら辛うじて歩くように走る一同を見やり、懐の時計で3時間経過したのを確認してガーネは声を掛けた。
「おい、やめていいぞ」
ガーネのその瞬間にその場に崩れ落ちるように倒れ込んだ面々を見て、息も絶え絶えな特務の傍に歩み寄り侍女に用意させていたタオルを雑に放り投げた。
「今日はこんなもんでいい。とりあえず、念入りにストレッチして水分取れ。できれば塩分も。それからシャワー浴びて部屋戻ってこい、時間は多めに取っていい」
特に褒めることも貶すこともなく踵を返すと、ガーネは一足先に特務室に戻って仕事に取り掛かり始めた。
少し溜め込んでしまった書類の束を1枚ずつ確認して分類してから期日が短いものや緊急性の高いものから先に手をつけ、中身を確認してペンを走らせた。
それから小一時間程で戻ってきたアメジとサイフィルが自席に座るのを見て、ガーネはペンを置き腕を組んで声を掛けた。
「アメジはまだ余裕か」
「んー、そうねぇ。配分考えながらやればまだイケるわね。あたしは比較的毎日トレーニングしてるし」
「サイフィルは『上手くサボった』ようだな」
「えっ!!?」
「怒ってねーよ、それでいい。とにかく足さえ止めず動き続けてればな。……問題は女連中だ、お前らと違って生真面目だからバテまくってたな。カルセが比較的動けるくらいか。ハーフとはいえ亜人なだけあるな」
とりあえず1週間は同じメニューをやらせるかと考えながら置いたペンを持ち、指先でペンを回して溜息混じりにに呟いた。
書類にサインをしてインクを乾かすために机に並べたところで、女性陣がぐったりしながらようやく部屋に戻って来た。
「はい、お前ら来い」
部屋に戻った直後の女性陣を自席の前に呼びつけると、一層げんなりした顔でガーネの傍に歩み寄った。
「3時間の持久走どうだった」
「…地獄の所業だった。パワハラ」
「鬼」
「ガーネ様やエイミーさんのような体力オバケと一緒になさらないでいただきたいですわ」
女子からの恨み言を聞き思わず苦笑いをしながら肩を竦めたガーネだったが、基礎体力作りだけでこんなにバテて貰っては困ると小さく溜息を漏らしてから再度口を開いた。
「なんつー言い草。お前らみたいなのから真っ先に殺されるんだぞ。考えてもみろ、ここが敵地ド真ん中で半日以上動き回らなきゃ見つかるかもしれないってなったらお前らはその辺で適当に休むのか。もう少し『考えて』動けバカどもめ。死にたくなければ配分と動き方と自分の体力値を考えろ」
「アンタは動かないからって口ばっかり」
「俺は今動くと意味ねぇだろ、医者のお前が一番わかってんだろが」
鼻で笑うようにあしらいながら先程サインした書類のインクの乾き具合を確認し、並べていた書類をかき集めてから改めて全員に目を向けた。
「明日から1週間、毎日3時間。同じ時間に通しで走れ。今日と同じで周数も速さも問わない、とにかく『足を止めない』こと。追加で、開始前後は十分に身体を解すこと、終わったら水分補給と塩分補給をしっかりすること。食事は抜かず睡眠もしっかり取ること。管理はアメジ、お前に任せる。いいな。俺は明日から3、4日家に帰る」
「え、あたし?」
「お前が今のところ一番余裕あるからな。いいか、サボらせんなよ。1週間後お前らの動きと身体見りゃわかるからな。飯はタンパク質だけじゃなく炭水化物もしっかり取ること。あと女連中は鉄分しっかり取れ。しばらく酒は控えて肉魚果物を摂取することだな」
書類を束ねてとんとんと机の上で揃えて立ち上がると、書類を持って部屋を出て行った。
その後姿を見届けてから女性陣はぐったりと自席に突っ伏すように腰を落とし、サイフィルとアメジは目を見合わせて思わず肩を竦めてしまった。
翌朝のこと。
「……ガーネはどうした」
「どうしたって、今日から公休で家に帰っていますが」
「妾は聞いておらぬ!許可もしておらぬ!」
いつもの時間にガーネが現れないことに、むっとした顔のディアマントがヘルソニアに八つ当たりのように声を掛けた。
「陛下」
「なんじゃ!」
「聞きましたよ。貴女、ガーネの公休の外出申請無視したんですってね」
「あの男は妾の騎士じゃ!」
「騎士でも一応建前は国家公務員なんですから、休み無しはさすがにまずいでしょう。ましてあの男は病み上がりですよ。外出許可は私が出しました」
「知っておる!」
「ことのついでに、貴女昨日衛兵総監の娘にやきもち妬いてガーネのこと怒らせたんでしょう」
「ミモゼ!!」
「侍女長に当たるんじゃありません。最近の貴女の小娘具合は目に余ります。『きちんと』出来ないなら別れなさい」
「いやじゃ!!」
ヘルソニアにバッサリと斬り捨てるように言われあっという間に唇をへの字に結んだディアマントが、助けを求めるように侍女長に視線を投げた。
しかし、あろうことか侍女長も苦笑いをして小さく首を振った。
「…今回は陛下がよくないかと存じますわ」
「……ジステル…!」
侍女長が味方をしないことで縋るように女官長を見るも、女官長の方がよりきっぱりとディアマントを見据えて言った。
「特務総監様は相当貴女様に譲歩してなによりも最優先なさっておいでです。今回は陛下の振る舞いがよろしくないです」
「ほらごらんなさい。貴女、私が意地悪で言っているとでも思っているんですか」
「思っておる!ヘルソニアのばか!!」
ディアマントの子供のような叫びにヘルソニアは呆れて深々と溜息を吐き出して額を押さえた。
「…ほんと、小娘が…」




