394話「人権」
その日の夜、ガーネはディアマントの執務室のドアを叩き中に入った。
ガーネの顔を見て嬉しそうにしたかと思えば、突然思い出したようにむくれた顔をしたディアマントを見てガーネはほんの少し面倒そうに肩を竦めた。
「今度はなに怒ってるんですか、女王陛下」
「ノルデンに帰るなど、妾は許可しておらぬ!」
「だってまだお前に言ってねーもん」
くだらないことで面倒くさいなと馬鹿正直に顔に出しながら隣に腰を下ろし、一応どう機嫌を取ろうか考えるように横顔を眺めた。
「…怒ってる?」
「怒っておる!」
「公休に出かけちゃまずいのか」
「お前に人権があると思うな!」
「なにこの女ヤバ」
機嫌を取るのも面倒になったガーネはこれ以上話しても自分が疲れるだけだと判断し、申し訳程度に返事を書いた交換日記をローテーブルに置いてからディアマントの頭をぽんぽんと撫でて立ち上がった。
「明日までに機嫌治せよ、おやすみ」
「えっ、ガーネ!」
珍しく必要以上に自分の機嫌を取らずにさっさと部屋を出てしまったのを見て、ディアマントは少しだけ後悔した顔で閉じられたドアを見つめた。
「…わ…妾は悪くない。あの男が、妾に相談せずに決めたのが悪い」
自分に言い聞かせるように小さく呟き、ガーネが置いて行ったノートを手にしてページを開いた。最後、自分がシロクマの名前を問いかけたところで終わっており返事はそれに対してのものであった。
粗野に見えて意外と整ったガーネの字を指先でなぞり、律儀に色々と考えたらしく『白いから雪とか砂糖とか、あとは綿あめ』と書いてあるのを見てディアマントは唇をへの字に結んで隣に座らせていたシロクマのぬいぐるみを抱き締めた。
*****
翌朝、近侍朝伺にガーネがディアマントの部屋を訪れると、ディアマントは少し気まずそうな顔で女官長から預かった書類を眺めていた。
「陛下、本日のご予定は変わりございませんか」
「…お前、今日は忙しいのか」
「いえ、特には」
「…客が来る、同席せよ」
「かしこまりました。どなたがお見えになるのですか」
「ヴィオリーじゃ」
珍しい客だな、と小さく頷き了承し、それ以上は珍しくディアマントも何も言わずに黙り込んだためガーネは「時間前にまた来ます」と一礼して部屋を出た。
どうやら昨日一方的に拗ねて自分が機嫌をとらなかったことに何かしらか思うことがあったらしく妙にしおらしかったが、それはそれで可愛いとは思いつつもまた侍女長に変な勘繰りをされそうでそれも面倒そうだなと小さく溜息を漏らし、来客予定の時間までは通常業務を処理しに特務室へと戻った。
暇そうにしている特務の面々を見て、ガーネは少し考えるように腕を組んで一同を見回した。
「全員、動きやすい服に着替えて訓練場に来い。20分以内」
「えっ」
「早くしろ、ノルマ増やすぞ」
ガーネは短く宣言するとさっさと部屋を出て先に訓練場へと向かって行った。
一同は『ついに地獄の訓練時間が来てしまった』と、これから何をさせられるのかと不安になりながら言われた通り着替えに行き、訓練場へと足を運んだ。
「……なにさせられんの」
「心配すんな。初っ端から激しいことさせるつもりはねぇ、お前らの体力値なんてアメジ以外俺は信用してねぇからな。雑魚どもが」
「酷い言われようだけど言い返せないのが悔しい」
「まずは基礎体力だな、カルセとサイフィルが比較的足速いのは知ってるのと持久力とパワーはアメジがダントツ、意外と機敏なのがラズリで運痴がスメイラか。全員柔軟と準備運動入念にして、今から3時間訓練場走れ」
「さ、さんじかん!!!初っ端から激しいことさせるつもりはねぇとか言わなかったアンタ!!!」
「歩行くらいの速度でもいい、周数もどうでもいい。とにかく足を止めるな。俺は陛下の来客対応に同席するから戻るまで走ってろ。サボりは見りゃわかるからな。まぁサボってもいいけど均衡の連中と戦う時に真っ先に無駄死にしたいなら好きにしろ。じゃ、頑張れよ」
懐の時計を見て時間を確認してからひらひらと手を振り訓練場を後にしたガーネを見て、3時間の持久走の課題を与えられたアメジ以外のメンバーはやや絶望したような顔をした。
「さ、頑張って走りましょ!」
張り切って柔軟体操や準備運動をし始めたアメジを見て、一同渋々といった様子で身体を解し始め、ある程度の準備が整ったところでゆっくりと訓練場を走り始めた。
「陛下、本日はお招きいただきましてありがとうございます」
「おまねきありがとございますっ!」
よく晴れた、日差しが暖かく降り注ぐ室内庭園にティーセットを並べてエーリックの妻・ヴィオリーがカーテシーでディアマントに挨拶をし、その娘・プルデミが母親の真似をして幼児特有の短い手足でカーテシーをした。
「まぁ、お可愛らしい」
侍女長が微笑ましそうにプルデミを見て笑みを零し、ディアマントを椅子に案内してからヴィオリーとプルデミも着席を促した。
「ガーネ、成年と誕生日おめでとう」
「どーも」
ディアマントの斜め後ろに立つガーネを一瞥し、ヴィオリーが声を掛けて箱を差し出した。
一応ガーネも手を出してそれを受け取り、妙にずっしりとしたそれに首を傾げた。
「ヴィオリーさん、なにこれ」
「アンタに。ウチの人に、私の作ったアレがどうこうって話してたんでしょ?」
「え、まじで?アレ?やった」
「…なんじゃ」
「ヴィオリーさんの作ったいちじくと桃のタルト。めちゃくちゃ美味いんだよ」
箱を開けてタルトを取り出すと、ディアマントも感心したように出来栄えを見て声を上げた。
「城のパティシエ顔負けじゃ」
「食うか?侍女長、切り分けてくれ」
傍で茶の用意をしていた侍女長に箱ごと手渡し、ヴィオリーは少し気恥ずかしそうな顔をした。
「…陛下のお口に合うかどうか」
「ガーネが美味と申すのなら美味なのだろう」
少しして紅茶と共に数々の茶菓子、ヴィオリー自作のタルトがテーブルに並べられ、ディアマントはガーネの袖を引いて座るように促した。
「せっかくじゃ、お前も食べよ」
「護衛中なので後でいただきます」
「命令じゃ、座れ」
「……では、御相伴に預かります」
半ば強引にディアマントの隣に座り、ガーネの前にもタルトと紅茶が並べられた。
「…プルデミ、なんかデカくなったな」
しみじみと呟いたガーネの言葉に少し緊張していた様子のプルデミが嬉しそうに顔を上げてガーネを見た。
「ほんと!?プルデミね、このまえね、5さいになった!だからおおきいの!」
「知ってるよ」
「プルデミ、ガーネにお礼言ったの?誕生日のプレゼント貰ったんでしょ」
「まだだった!ガーネ、ねこちゃんありがとう!」
「どういたしまして」
「ねこちゃん?猫でも買い与えたのか」
「ぬいぐるみだよ。衛兵総監から『最近猫にハマってる』って聞いてたから」
「じょおうさま、プルデミのねこちゃん見て!『ももちゃん』っていうの!」
「ももちゃん?わ、妾もガーネに貰ったシロクマがいる!」
プルデミが嬉しそうな顔で一緒に椅子に座らせていた淡いピンク色の猫のぬいぐるみを抱き上げてディアマントに見せて自慢すると、ディアマントは慌てて立ち上がって傍のテーブルに置いたバスケットからシロクマのぬいぐるみを抱き上げた。
「5歳のガキに張り合うな」
バスケットに入れて連れてきていたらしいシロクマをこれみよがしに抱いて見せつけたディアマントに対し、やや呆れたような顔をしてガーネが呟くのを見てヴィオリーは肩を揺らして笑っていた。




