393話「異世界と前世と、それと」
魔女の見送りから数時間後、前日スメイラに命令した完全個室のある料理屋の一室で、適当に食事を注文し配膳されたところでガーネは少し困ったような顔で腕を組んで呟いた。
「さて、どこから何をどう話せばいいものか。まさかこんな早くこのタイミング来るとは思ってなかったからな」
「…なんでもいいけどガーネ、アンタ英語あんなペラペラなの?他何語喋れんのよあっちもこっちも」
「確かに。しかもガーネくんの英語、めちゃくちゃ偉そうな軍人英語みたいな」
ラズリの質問に少しだけ記憶を辿り小さく「うーん」と唸って考えた。
「…『あっち』で言うなら日本語と英語とドイツ語とロシア語、中国語は標準中国語くらいじゃねーのかな。意外と覚えてんなと思って喋ってみただけだけど。フランス語は少しかな。『こっち』は前も言った通り、始祖言語とケーレイン語、シェマードン古語、北方魔術部族のシャータン語だけだ」
「くらいじゃねーかなの域じゃないんだけど…アンタ前世何者?」
「知らね」
カルセとサイフィル、アメジは3人で顔を見合わせ、『ガーネ、スメイラ、ラズリは既に前世について共有済み』と理解してカルセが遠慮がちに口を開いた。
「…ガーネ様」
「なんだ」
「…スメイラさんと、ラズリさんも。皆様どこまで、記憶がございますの?」
カルセの言葉に、やはりカルセも『そう』なのかと確信し、ガーネはサイフィルとアメジを見た。カルセと同じような顔をしていることからこの2人も問題ないなと小さく息を漏らし、スメイラとラズリに目配せをした。小さく頷きを返されるのを確認してからガーネはカトラリーを持ち、パスタをフォークに巻き付けて一口頬張って咀嚼し、飲み込んでから口を開いた。
「名前、おおよその出身地、今のところそれぞれ接点が無さそうと思わしきくらいなもんだ。俺は既に敵に露呈させられたが、名前は赤坂ミナト。生まれは多分だけど東京」
「アタシは藍田かな、神奈川」
「私は…緑ヶ丘南。…北海道」
「まぁ、皆様随分とバラバラですのね。…わたくしは、橙山陽。山口ですわ」
「……お前ら覚えあるか」
ガーネがスメイラとラズリに目を向けると、2人とも少しだけ考えて申し訳なさそうに小さく首を振った。アメジも少し緊張したような顔で小さく咳払いをしてから、どこか躊躇いがちに続いて口を開いた。
「…あたしは、紫明都。ちゃんと『女の子』だったわ。京都出身」
「前世女だったからお前は今『そう』なのか」
「知らないわよ!…まぁでも、色々要因はあるんじゃない?あたし、お姉ちゃん4人いて戸籍上は末っ子長男なわけだけど、まあお姉ちゃんが4人もいたら着せ替え人形にはなるわよねぇ。その上で多分…前世?の影響なのか、性自認は女の子な部分も半分あったから、あんまり違和感はなかったし、あたしのパパとママもそういうところはおおらかで『男らしくしなさい』とか全くなかったから、好きに過ごさせてもらってるのよ」
「フーン、まぁお前の性自認なんかどうでもいいんだけど。…サイフィルは」
「青土甲賀、滋賀…かな。多分ね」
ものの見事に出身と思わしき地域がバラバラで、今のところ接点は無さそうな様子であった。それぞれが一口ずつ食事を頬張り、なんとも言えない空気の中でガーネは雑にカトラリーを置いた。
「お前ら、『黃津潮』という名前に覚えは」
ガーネが発した名前に、誰も何も反応を見せなかった。それぞれが顔を見合わせ、覚えが無さそうに小さく首を振った。
「…僕は、聞き覚えないというか…記憶に引っかからない」
「あたしも。…その、キツウシオって、…誰?」
「トーパス。トーパス・グロウヴ・ゲルブ」
「な、なんでアンタ、それ知ってんのよ」
「あの野郎の王都邸宅に招かれて喧嘩売られたことがあっただろ。俺が勝負に勝った要求に、『ハルマニーエが縋ってきてもお前らの派閥で拾うな』って突き付けに行った帰りだな。向こうは俺のことを認識していた。俺のことを認識してるってことは、お前らのことも認識してる可能性は無くはないが…少なくとも『俺とは』接点があったということだ。ついでに言うと俺はあの野郎についての記憶はほぼない」
カルセがガーネの言葉に小さく首を傾げ、持ち上げていたティーカップをソーサーに置き戻して視線を向けた。
「……『ほぼ』、ということは、何かあるんですの?」
「名前はうっすら覚えがある。それと、『死ぬ程不愉快』な感情だけ残ってる」
少しだけ食事を進め、ややしばらく無言になりサイフィルが頬張ったハンバーグを飲み込んでおずおずと声を上げた。
「…ねぇ。僕なりに考えてたんだけどさ、ほんとに接点ってなにもないのかな僕たち」
「どうだろうな。無関係ってことはないとは思うが。ただ、『俺らが全員揃う』のは……女王が4000年待って、やっとのことらしい。ついでに言うと、俺がこの世界に生まれ変わったのは初めてらしいぞ。…お前らのことまで聞いたことはないからわからんけど」
一同はそれぞれ飲み物を飲んだり進まない食事をしたりしながらそれぞれ頭の中を整理しつつ、アメジがふと顔を向けた。
「ね、ガーネ様。陛下はどこまでご存知なのかしら」
「…全部だ、俺らはこうやって寄り集まって無い記憶を必死に辿っているが、その俺らの無い記憶の部分まで含めて全部。と、本人は言ってたな」
「ガーネ様、陛下とお付き合いなさってるのに教えてくれないの?」
「そういうところは頑なに喋らねぇからな。まぁでもそれは付き合う前からだし。……もしかして、『接点があるのは俺ら』なんじゃなくて、あの女なのか」
「あの女って、陛下?」
ガーネはスメイラの問いかけに小さく頷き、頬杖をついて考え始めた。
「そもそもですが、わたくしたちの…これ、『前世』と定義してよろしいのでしょうか」
「あれじゃない、『異世界転生』みたいな。流行らなかった?」
「異世界転生?」
カルセの問いかけにスメイラが返答するものの、スメイラの発した『異世界転生』というワードに全員ピンときていないような顔を見せた。
「え?あれ?異世界転生ってそんなにニッチなオタクワード?」
「オタクってなに」
「え、そこから?先輩」
「わたくしもオタクという言葉は耳馴染みがございませんわ」
「僕も」
「端的に言えば異世界に転生するってことか」
「そのままじゃない!」
ガーネは改めて腕を組んで考え込むと、添えられたデザートのクレープをナイフでつつきながら真面目な顔をして呟いた。
「めちゃくちゃ今更で今まで違和感もなにもなく過ごしてたけどよ、俺らが喋ってる言語って『日本語』だよな。文字はさすがに違うけど」
「……え、あ…えっ」
ガーネの指摘に一同はっとした顔で黙り込んだ。
「…まぁ、これ以上はここで喋ってても答えも結論も出ないな。とにかくだ、話を本筋に戻すが、均衡教徒が俺を狙う理由は俺の霊力魔力の絡みも生まれも肩書も関係無くはないが、9割『前世』だ。対象は多分お前らも。それとディアマント」
「陛下も」
「ガーネ様、女王様が転生者だって思う根拠は?」
「色々あるが、まず第一にこんなに都合よく特務が『転生者』で固められてる点。第二に、『目印』」
「目印?」
アメジが小さく首を傾げ、一同を見回して何か目立つ共通点があるのだろうかと首を傾げた。ガーネはそれを見て、自分の左手親指に嵌った指輪を指差した。
「俺はこれ、スメイラはネックレス。サイフィルは歯、カルセは意匠、ラズリは襟留め、アメジはブローチ。全部、ディアマントからの下賜品だろ。ついでに、トーパスは左手にブレスレットをしてたのを確認済みだ」
全員がそれぞれ、違いの宝飾品を見てからガーネに目を向けた。
「俺があの女も転生者だと思う理由はもう一つある。スメイラには話したが、あの女は城の中の声は全部聞こえているらしい。それを聞いた俺が『聖徳太子かよ』って言ったら、アイツ『あんな小者と妾を同列に語るな』って返したんだ。わざとなのかうっかりなのかは知らんけど。…この世界に、聖徳太子なんか存在するか?」
一同、ディアマントが妙に『耳が早いことがある』ことを思い返し、ほんの少しだけ畏怖したような表情を浮かべて無言で食事を進めた。カトラリーと食器の触れ合う音が静かに個室内に響き、ガーネが紅茶を飲み終えてソーサーに戻した音を合図に全員自然と手が止まって顔を向けた。
「とにかく、城の中で下手な話をするな。全部聞かれていると思え。…勿論、城で働いているのは全部で4000人以上いるし、それを全部拾ってるわけではないとは思うし、あれだけの力があれば聞かないように閉じることも出来はするだろうとは思うけど。────『この件』に関しては、ディアマントを信用するな。分けて考えろ。…とは言え、俺は小娘よりもヘルソニアの方が何を考えてるかわからんけどな」
そう言ってガーネは伝票を持って立ち上がり、「先戻るからゆっくり食ってろ」と残して部屋を出て行った。




