392話「魔女の息子」
結局予備日も使用し全行程5日の律衡評定となった。
予備日である最終日は、前日の敵襲・敵幹部への対策や特務の運用方針、教会施設の精査、外遊予定の再調整などの話が主となった。
外遊は取り止めた方がいいのではという意見と、こういう時だからこそ出るべきという意見が真っ向から対立し、ディアマントは少し悩んでからガーネへ声を掛けた。
「ガーネ」
「はい」
「お前はどう思う。特務総監として、騎士としての意見をそれぞれ妾に聞かせよ」
「……特務として、で言うなら…まぁ、昨日の報告の通り、少なくとも半年程度は手は出して来ないと思います。万が一出されたにしても、いずれ対峙せざるを得ないなら来るべくして来たって感じで迎え撃つしかないんじゃないですか。その為の警備も護衛も手は抜きません」
「ふむ。騎士としてはどうじゃ」
「陛下がお出になるのなら、俺はただ貴女の剣となり盾となるのみです。それ以上もそれ以下もありません。陛下が『敵を殺せ』と言うのなら殺します。俺に死ねと言うのなら死にます。それだけです」
あまりにもはっきりとしたガーネの返答に、評定の間は小さくざわめいた。まっすぐにディアマントを見つめ、平気な顔をして『貴女の為ならば死にます』と宣言をしただけでなく、今までのガーネを見ればその言葉は上っ面のものでは無いということを誰もがわかっていたからである。
「…まぁ、とは言えですよ。俺個人としては半々ですね。危険を犯してまで出かける必要はないんじゃないかとも思いますし、出かけたい陛下の気持ちもわからんではないですし、『こういう情勢だからこそ』王権を示すべきだとも思います。いずれにしても、陛下のご判断に従いますよ。俺は貴女に傷一つ付けさせるつもりはない、そのつもりで動くだけなので」
「なら、外遊に関してはヘルソニアと女官長と侍従長と話を詰めるとする。よいな、お前たち」
ディアマントの言葉に全員が頷き返答を返し、最終的に細かい決定事項などの再確認をしてこの年の『律衡評定』の全5日の行程を終えた。
「今年も無事に終わったな」
「無事と言うんですかね」
評定終わり、魔導師長と巫術官長と共に廊下を歩くガーネは思わずと言った様子で苦笑いを漏らし、回廊付近の分岐で改めて一礼をした。
「……例の件、よろしくお願いします」
「任せよ。こういうことは年寄りの役目じゃ」
「年寄りって程ジジィじゃねぇと思うんですけど」
肩を竦めたガーネが改めて一礼し、特務室へと戻って行った。
夕方から夜に変わる藍色がかった空が窓の外に広がっており、ガーネは疲労感たっぷりに息を漏らして自席に腰を下ろした。
「………疲れた」
「お疲れ様ガーネくん」
ガーネがまじまじとスメイラの顔を見つめ、スメイラはやや緊張したような顔で目を向け返した。
「…な、……なに」
「Book a private dining room for lunch tomorrow. Money is no object. Just find a place where nobody can eavesdrop on us, period.」
「は、はぁ?……Wait, is lunch really okay for this? What about work?」
咄嗟のことながらもガーネの妙に偉そうな軍人形式な英文にスメイラも咄嗟に返答し、ガーネは思わず肩を揺らして笑った。
「Work? Forget about that nonsense. I'm giving you an order, so don't make me say it again.」
「……OK, Boss.」
「フン、黙って最初からそう言えば良いんだよ」
ようやく少しだけ満足そうに机に積まれた書類に手を伸ばして数日振りにまともに特務総監としての仕事に取りかかり始めた。
「ガーネくん」
「あ?なに」
「…Is this about that case we discussed?」
「What else could it be? There's a reason I'm keeping this in English—to keep it private. Not that I know whether the Queen actually speaks English, though.」
「Speaking this much English might have already given it away a little, don't you think?」
「Even if they do understand, it doesn't really matter. Speaking in English is half just for fun anyway.────…I'm glad you understand English.」
特務室の一同の顔を見回し、完全に理解しているのはスメイラ、単語やニュアンスで何を喋っているのかがなんとなく理解出来ていそうなのがラズリ、それ以外はほぼ理解出来ていないという様子にガーネは体感で20年振りのようなよくわからない感覚の言語に『こういうことは覚えているもんなのか』とどこか他人事のように考えながら書類の整理をし始めた。
────明日の昼、個室の誰にも話を聞かれる心配のない飯屋でも予約しろ。金の心配はするな。とにかく誰にも話を聞かれない場所ならなんでもいい。
────待って、昼にやって大丈夫?仕事はどうするの?
────仕事?そんなくだらんこといちいち気にするな。命令だ、これ以上同じこと言わせんな
────…例の話でもするつもり?
────それ以外何があるんだよ、わざわざ英語で誰にもわからないようにしてるのに。女王が英語理解出来るのかどうかまでは知らんけどな。
────こんなに英語でやり取りしてたら察してる部分もあるんじゃない?
────理解してたところで別に問題はない、英語で喋ってるのなんか半分遊びみたいなもんだし。お前が英語理解出来てよかったよ。
「あーあ、とにかく色々疲れたな…正月からまともに休みないんだけど。2日は休みだったけどなんだかんだ評定の準備に1日費やしたし」
「明日の午前中、終焉の魔女様と嚆矢の魔女様の退城礼やってそれでようやく『律衡評定』も終わりって感じだね」
ガーネは『やっと終わった』という顔をして窓の外を見ると、気付けば星が瞬き始めていた。
*****
「じゃあね、ディアマント。ごはんおいしかった。アミュ、おしろめんどくさいから来たくないけどごはんはすき」
「さようか」
「ディアマント、1週間世話になりました」
「うむ」
玄関ホールの大広間に、手が空いている王城勤務者のほとんどが嚆矢の魔女・リエーブと終焉の魔女・アミュの退城の見送りに出ていた。珍しくディアマントも玄関ホールに出ており、挙句魔女2名が気安く『ディアマント』と呼び捨てにしており噂になっていた『嚆矢の魔女が特務総監に顔がそっくり』という話題から多くの人が見送りに集まった。
「ディアマント、アミュのガーネはいないの?どうしていない」
「妾が知るはずはなかろう。そも、あの男は妾の犬でお前のものではない。…特務、ガーネはどうした」
「き、昨日伝えたはずなんですが…『午前中に退城礼がある』って!朝から見ていません!」
スメイラが少し困ったような顔で周囲を見回し特徴的な赤毛を探すも、人混みの中でも見つけることが出来ずにいた。
リエーブはほんの少しだけ眉を下げ、日除け代わりのヴェールを持ち直した。
最後にもう一目、息子の顔が見たかった。5歳の可愛い息子がすっかり大人になっていた時間を、もう少しだけ埋めたかった。もう少しでいいから、話をしたかった。もう一回だけ、呼んでほしかった。
「では、アミュ。行きましょう」
「うん。…ばいばい、みんな。またごはんたべにくる」
「────母上」
評定で散々聞いた声がホールに響いて、リエーブは足を止めて振り返った。
「…ガーネ」
大階段で書類の束を小脇に抱えたガーネが、さも『ことのついで』のように横柄な態度で腕を組んで一同を見下ろした。
「母上、仕事片付けたら一旦本邸に帰ります。貴女の戸籍とか家の件とか、色々俺も用事あるんで」
「……そう、ですか。待っています。……気を付けて、帰ってくるのよ」
「気を付けるも何も、軍用路線で直通だし」
「…特務の皆さん、…息子をよろしく頼みます」
「待て待て。よろしくしてやってんのは俺だ。俺がコイツらに世話焼かれてるような物言いするな」
「ふ、ふふ。ごめんなさい。…帰る時は、連絡するのよ」
「わかってますよ母上。……早く帰れば?馬車待たせてんだし」
それだけ言ってガーネは踵を返し、魔女の退城など興味も無さそうに大階段を登っていった。
城内で『ガーネが嚆矢の魔女の息子』と正式に露呈したところで、特務の面々もディアマントも、どうにもぎくしゃくとしていた母と息子の関わり方にようやくほんの少しの変化が現れたことに、リエーブと同じように小さく笑みを浮かべた。




