388話「父の面影」
翌日、評定4日目。予定最終日。
この日も朝から結論の出ない話や逸れた話が続き、一度昼休憩を挟んで午後から再び評定が再開した。
議題としては均衡教徒連中の動きや拠点など、ガーネにしてみれば『それがわかったら苦労しねーよ』という内容やら魔女の扱いや今後の魔女の関わりなどについてと、特務や各部署の均衡驚異発生時の連携についてと、前々日の評定前にヘルソニアとガーネが会話した『結論だけならディアマントとヘルソニア、終焉と嚆矢と律衡だけで事足りる』ような内容ばかりに無駄な疲労が蓄積し、『これは翌日の予備日にもつれ込むな』と、誰もが覚悟を決めた夕方。
窓から差し込む光がやや茜がかってき始めた頃合い、評定の間の扉がノックされ、一瞬しんと静まった。
入口近くに控えていた書記官が扉を開けると、伝令係の衛兵が入室し、敬礼をしてディアマントへと視線を向けた。
「陛下、評定中失礼いたします」
「構わぬ」
ディアマントの了承を得てから室内を見回した衛兵は、疲労で苛立ちの滲み始めた顔のガーネを見つけ改めて敬礼をしてから声を掛けた。
「特務総監、『均衡案件』です」
その報告の言葉に、評定の間はザワついた。
「……このタイミングでか。つーか、ただの案件発生報告のくだらねー内容で評定中にいちいち俺のことを呼びに来てんじゃねぇ。補佐官に任せてんだろが」
「その、……あの」
妙に歯切れの悪い衛兵の様子に違和感を感じ、ガーネは隣のエーリックを一瞥してからディアマントへ視線を向け一応とばかりに中断させた謝罪をした。
「陛下、申し訳ございません」
「構わぬ、続けろ」
ディアマントの言葉に促され、衛兵は躊躇いながらも口を開き少し震えた声で告げた。
「……は、…均衡の敵が、『特務総監を呼べ』と、……言っていると」
ディアマントもその報告を聞き、目を細めながら扇を開いて口元を覆った。
「俺を呼べ?そんだけ?……なら、スメイラに伝えろ。『無理に捕縛考えるな、手に余るなら殺せ』と。雑魚に時間かけてんじゃねぇ、呼べと言われていちいち馬鹿正直に呼びに来る馬鹿があるか。さっさと始末しろ」
余りの容赦の無い即断具合とその冷徹さ、冷えた目。その眼差しに、正面に座っていたリエーブは思わず背筋が粟立った。
──── ルイと、同じ目。
小さく息を飲んだリエーブを隣で見たアミュは、ガーネの顔を見て評定始まって以来初めて楽しそうな嬉しそうな笑みを浮かべた。
「グリウ補佐官から、『手に負えない、無理。下手したら全員即死』と」
その報告に一層室内がザワついたが、ガーネはまだ冷静であった。
──── アメジもラズリもいて、カルセもいる中で『即死』?
それに、本当に緊急ならばカルセの聖女権限の緊達が飛ばせる。いちいち、衛兵に伝令を頼むか?
いや、『違う』。何かが違う。
最初の報告から積み重なった違和感が大きくなると、ガーネは思わず腰を上げ立ち上がった。
官服の下に仕込んでいるホルスターから銃を取り出し、きちんと弾が装填されているかを確認して伝令の衛兵に声を掛けた。
「場所、人数、一般人被害状況、封鎖状況と身内の怪我人や死人は」
「中央区の祝祷教の大聖堂です。敵は1人、一般人被害無し、死者怪我人無し、教会周辺は封鎖済みです。が、特務全員と同行していた衛兵と居合わせた警察が全部で13人、『動け無い』と」
「動けない?……術式か、異物かどっちだ」
「わかりません…!」
「チッ……陛下、評定中すみませんが中座します。現場出ます」
「構わぬ、……ガーネ、気を付けよ」
「は」
銃をホルスターに納め直し、腰に佩いた剣に手を添えて小走りで部屋を出た。
「……大聖堂、ボクも行った方がいいのかな。ボクの管轄しているボクの所属の教会だけれど」
大司祭が教会や教会職員を案じた顔で立ち上がり、不安そうに少しだけ揺れた声で問いかけた。
「いや、其方は待機だ。今行くと特務の邪魔になる」
ヘルソニアが冷静な声で返し、大司祭は不安に眉を下げたままゆっくりと椅子に座り直した。
不安が伝播するようにザワつく評定の間で、ディアマントが扇を閉じたパチンという音が妙に大きく響き、一気にしんと静まった。
「ガーネに任せよ。アレは優秀な妾の犬で、妾の剣じゃ。お前たちが『寵愛人事』と陰口を叩く程度に収まる器の男でないことは、ゲルブ辺境伯領で一同目の当たりにしたはずじゃ」
「……ガーネが戻るまで、別の議題を進めよう。陛下の今後の外遊予定についての年間予定を……侍従長」
ディアマントとヘルソニアの言葉で、不安に満ちたざわつきは表面上払拭された。名指しされた侍従長は、年間予定で大まかに組んでいる外遊の予定と目的についての確定箇所の共有を始め、評定の間では止まることなく議事が進行していった。
王城を出たガーネは、この重く邪魔な正装官服を脱いで出れば良かったかと若干の後悔をした。
まさかその辺に投げていく訳にもいかないためそのまま着用して現場まで走ったが、とにかく服が重いし怪我が治った直後で息が上がるのが異常に早い。走る足も妙に重たく、体力の落ち具合の顕著さに舌打ちが漏れた。
王都中央区、祝祷教の大聖堂は国内で一番大きな中枢となる教会であった。
そこまでは走って5分程度の距離であり、ガーネは息苦しさを感じながらそこを目掛けて走った。




