385話「怖い魔女」
「……ガーネ」
「なんすか衛兵総監」
「昨日はさぞお楽しみだったのか」
「なんで知ってんだよ」
「めちゃくちゃ艶々してっから」
「いやぁ、俺誕生日に初めてあんないい思いしたわ。最高だった、どエロくて」
律衡評定は通常3日での開催であるが、今回は15年振りの開催とのことで予備日も含め5日の日程で予定が組まれていた。そのため、王城責任者一同が5日間終日不在となっては不都合も出るだろうと、日程を伸ばした代わりに今日は午後からの予定であり、ガーネは食堂で早めの昼食を取っていた。
その後姿を見た、同じように早めの昼食を取りに来たエーリックがガーネの正面に座ったところで妙に機嫌と肌艶の良い後輩の姿に思わず苦笑いを漏らした。
「アンタらも昨日は夜中まで飲んでたんだろ。楽しかったみたいでなによりじゃん」
オムライスの米粒をかしかしとスプーンで集めながら返したガーネにエーリックは「まぁな」と短く言いドリアを熱そうに頬張った。
「主役も主催も途中でいなくなるからな。せっかくの料理も酒ももったいねぇだろ。ま、ほとんど特務のにーちゃんとオネェのにーちゃんが平らげてたけど」
「バカとゴリラはいつものことだからな。つーか、特務側だけじゃなくて律衡家側の報告もまとめなきゃいけなかったから、新年拝賀式の翌日から普通に連日徹夜だったし疲れてたんだよ俺も。挙句5日も評定あるんだろ、死ぬだろ」
「とか言って、何時までお楽しみだったんだ」
「明け方。さすがに明るくなる前には寝かせたし俺も寝たけど。で、ちょっと遅めに特務室行って仕事してカルセが例によって正装用の髪セットして、今メシって感じ。髪なんか別にいつも通りでいいんだけどなんかアイツこだわりあるみたいで」
スープを飲んで添えられていたサラダをそのままエーリックの食事のトレーに横流しをし、デザートのプリンを頬張ったところで、エーリックがおもむろに口を開いた。
「……なぁ、ガーネ」
「あん?なんすか」
「……いや、なんでもない」
「?変なの。俺先行きますわ、陛下に先に渡すモンあったんで」
「おう」
空の食器を乗せたトレーを持って食器の返却台に置くと、資料の束を小脇に抱えて食堂を出た。そのまま女王の執務室に向かい、部屋のドアをノックするとやや掠れて疲れた様子の声で応答があり、ガーネは肩を竦めながら扉を開いた。
「……なぜお前はそんな溌剌としておる」
「なぜって、スッキリしたからですかね。陛下体調でも悪いんですか」
しれっとした態度で言い返しながら執務机に近寄り、疲れた顔のディアマントの頬に手を伸ばしてそっと撫でた。
「…なんじゃ、もうすぐ評定の時間じゃ」
「知ってるよ、だから先に来たんだろ。はい、ご所望の交換日記」
「交換日記!始めて1週間経ってやっと初めての返事じゃ!」
「そんなに喜ぶもんかね。宣言通り大したこと書いてないぞ。じゃ、俺は先に行ってる」
ガーネから受け取ったハードカバーの手帳を嬉しそうに胸に抱き、満面の笑みを浮かべた様子を見てガーネは『こんなに喜ぶならもっと早く返事書いてやればよかったな』と若干の後悔をしながら部屋を出た。そのまま自室に向かい正装用の官服に着替え、評定の間に向かった。
評定の間に入室し、既に半数以上が着席する中で昨日と同じ席に座ろうとしたところ、既に部屋にいたヘルソニアに呼ばれ傍に寄った。
「お呼びでしょうか」
「単刀直入に聞くが、昨日の評定はどうだった」
「……『魔女』にビビり過ぎですね。萎縮しすぎて話が入ってんだか入ってないんだかわかったもんじゃなかったです。ビビってないのは面識のありそうな教会の大司祭と、侍従長と魔導師長と巫術官長くらいですかね?」
「そうだな、…まぁ、そこも含めて『魔女』ではあるのだが。異質であることは否定しないしな」
「その尺度で『異質』を語るなら、俺の方がよっぽど『異質』だと思いますよ。魔女よりもずっと」
「ふ、違いないな」
「毎年こんな感じなんですか」
ヘルソニアは記憶を辿るように顎先に手を添え、少しだけ黙り込んだ。
「まあ、そうかもしれんな」
「特務の連中も、アミュには相当ビビってましたけどね。リエーブん時は多分陛下がいたのと俺が瀕死だったからそれどころじゃなかった感じだと思いますけど、アミュの時なんかあのラズリが腰抜かしてましたから。『怖かった』って」
「一般的に『魔女』とはそういう存在だろう。だからこそ、この評定は意味がある。其方ならこの意味、理解するだろう」
「わかってますよ。皆まで言いませんけど」
つまるところ、『怖がっているからこそ逆らわない』、『口を挟まない分円滑』。実際、結論だけならディアマントとヘルソニア、終焉と嚆矢と律衡だけで事足りる。しかし運用上それだけでは成り立たない。特務だけでどうにかなるはずもなく、警備や処理を含め、各部署で動かざるを得ない。『共有をした』『共有の場に同席し、同意した』という事実と意識が必要ということであろうとガーネも理解はしている。
ヘルソニアの傍で真顔で返答するガーネをチラチラと見るように視線を投げながら、参加者である王城責任者がほぼ集まった。魔女2人組も着席し、聞こえてくるのはやはりリエーブとガーネの『顔が似過ぎ問題』や、15年時が止まっているところからの憶測が色々と飛び交っている。確信に至らないのは、リエーブが『旧姓』を名乗っているからであろう。
リエーブの母でありガーネの祖母に当たる先代嚆矢の魔女から『嚆矢の魔女』の名を引き継いだのは、成人した16の歳と聞いている。その時の登録の『旧姓』を結婚後も魔女としてそのまま使用しているため、グリーチェウトと結びつかないのであろう。リエーブがグリーチェウト家先代当主、ガーネの父と結婚したのがリエーブが17の時、ガーネを産んだのが19の時。ガーネの力の大半を自分ごと封印したのが、24の時。
よってリエーブの見た目は『24歳』であり、昨日20歳になったばかりのガーネと並ぶと男女差はあれど顔立ちは非常によく似ていた。
「…ヘルソニア様」
「なんだガーネ」
「そんなに俺とリエーブ、似てますかね。客観的に」
「似ていると思うが。まぁ、ルイの顔を知っている者はルイにも似ていると言うとは思うぞ。目元というか、目付きはルイにそっくりだ。全体的な顔立ちそのものは、リエーブだな」
「へぇ。陛下にも言われましたわ。そういえば」
会話自体は拡声用の魔道具も通してはいないしごく小さな声量のため周辺には届いてはいないが、真顔で話し込む姿は傍から見たら近寄り難いだけでなく異様な緊張感に評定が始まる前から空気が張り詰めていた。
奥の入口の扉が開き、ディアマントの姿が目に入るとガーネはヘルソニアに一礼して自席に戻り、入室するディアマントに対し他の王城責任者たちと共に一礼をして出迎えた。




