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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第六章『兆候』

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37話「異界遺物」

太陽が丁度頭上の真上から少し逸れた頃、馬車はようやく『北ビーテン村』へ到着した。


「ほら、着いたよ。しっかり歩きなよ」

「…無理だよおかあさん」

「君みたいな図体だけ大きいバカな子供は産んだ覚えがない。やめてくれない」

馬車から降りたスメイラは、相変わらず酔ってぐったりしているガーネの腕を掴んで引きずり下ろした。

瘴気はサイフィルのお陰でどうにかなったとはいえ、傷の方はさっさと然るべき処置を取るべきと多少の焦りを滲ませていた。


「…、…?あれ?」

「ガーネくん?」

先程まであれ程真っ青に血の気の引いていた顔が、村に降り立った瞬間にみるみる顔色が良くなった。

「ここ…」

空気が違った。

吸い込んだ瞬間、肺の奥が洗われるように澄んでいる。

確信したのは、ガーネだけではない。

ここに『聖女』の痕跡を確かに感じていた。


「とりあえず、君の馬車酔いも良くなったようだし、拠点にでもなりそうな宿を見つけてから一旦湖に行ってみようか」

「遺跡はいいのか」

「ここまで一緒に来てくれたお礼じゃないけど、こっちの要求ばかり通すのもフェアじゃないでしょ。それに遺跡は逃げないけど聖女は移動する、なにせ最終情報はざっと見積もって五日前なわけでしょ?…まぁ、さすがにこの独特の『空気』…私も聖女様と接触するのは初めてだし確証はないけど、近いところにはいるのは…間違いなさそうな気はする」



*****



村よりも一層澄み渡った空気を纏った広大な湖。

太陽の光を反射して、水面が美しく輝いていた。ある種の異質さを感じさせる、曇りや濁りを一切感じさせない澄んだ場所。

人の影は一切見当たらない。風に撫でられた水面だけが、静かに揺れていた。

「いねーな」

「でも、ガーネの探してる『聖女』かは僕もスメイラさんと同じように会ったことがないからわからないけど、ものすごく聖なる力が注がれた痕跡は間違いなく存在してるよ。立ち去って一日は経過していないね。それに…これだけの神聖力、『聖女』以外想像できない」

湖の中に手を入れて、両手に汲み取った水を凝視してサイフィルが性質を鑑定した。やはりここに聖女がいると断定して問題ないだろう。

「…つーかなんでお前までいるんだよ。お前は遺跡に行くんじゃなかったのか」

「いいじゃん!ここまで一緒に旅してきたんだし!旅は道連れ!仲間だろ!!」

「「仲間?」」

「キーッ!!」

地団駄を踏むサイフィルを無視して、ガーネはスメイラに向き直った。

「とりあえずいねーもんは仕方ない。一旦村に戻るぞ」

「そうだね、最初から村で聞けば良かったねごめん」

「スメイラさんは何も悪くないですよ!悪いのはガーネの頭と口です!」

「……お前いい加減にしろよ」

どうやらスメイラにそういう気持ちを抱いているらしいサイフィルがあからさまにガーネを下げてくるのに対し、一度シメてやろうかとガーネは指の関節を鳴らした。


「…ゴメンナサイ」

「二度と俺に舐めた口聞くんじゃねぇ、殴るからな」

「もう殴ってんだろ!ヤンキーかよ!ヤンキーだろ!」

当然ながら相当手加減はされており、それに気付いているのかいないのかわからないサイフィルが半泣きでガーネに食って掛かる。『めげねぇな』とガーネはややうんざりしながら何か黙らせる手段はないかと村に戻る道中考えていた。

「くっだらな、そんなこと言うなら私の言う事聞きなさいよ二人とも」

「僕はスメイラさんの言う事聞きます!ガーネは一番下っ端ですね!」

「なんでだよ」

サイフィルは自分がガーネより『上』である理由を考える。

強さは勝てない。口喧嘩でも、恐らく勝てない。


「ね、年齢?ほら年功序列!僕20歳!」

「あ、良かったね。ガーネくん19歳だよ」

「よっしゃぁ僕の言う事聞け!!」

「なるほど?年功序列、…ね」

ガーネの目が妙に据わった。サイフィルはその変貌に小さく息を飲んだ。

「あの…ガーネ君?」

「なんでしょうかサイフィル様。何なりとお申し付け下さい」

恭しく敬礼をして頭を下げるガーネの姿と纏う空気感に、サイフィルは言いようのない恐怖感に似た何かを覚えてひゅっと息が詰まった。

「あ、言うの忘れてたけど、この子結構『立場』ある子だからね。あんまり怒らせると背後にいる人に消されるよ、君」

スメイラの最後の言葉がトドメになり、サイフィルは完全に降伏の姿勢を取った。


一行が村に戻った頃には、西側の空が橙色に染まり始めていた。

「すみません、ちょっとお聞きしたいんですがぁ」

すっかり使い走りになったサイフィルが、近くにいた村人に声を掛けに向かう。

「どうする、とりあえずこんな時間だしここにいるにしてもいないにしても完全に日が落ちる前に遺跡行くか」

「そうだね…出土した遺物も結構曰く有りげな感じらしいし、日が落ちたら危ないかもね」

サイフィルが聞き込みに行っている間、ガーネとスメイラはとりあえずの今後の動きについて相談する。

聖女の所在如何に関わらず一旦は遺跡に行ってみる事で合意したタイミングで、サイフィルが戻ってきた。

「おう、どうだった」

「それが…聖女様、今は遺跡にいるはずだって」

「丁度良かったじゃない」

今度こそ、聖女がいると願って再び村を出て湖沿いを村の対岸の『南ビーテン村』方面に向かって歩く。

湖を挟んで南北に村、北村寄りに祝祷教の礼拝堂を兼ねた小さな祠があり、南村側に件の『南ビーテン遺跡』があった。


少し遠くに、遺跡を確認すると、村や湖とは異なる何か嫌な気配が周囲を纏っている。

「…なんか、変じゃないですか」

一言で言っても禍々しい、明らかに『浄化』が出来ていない空気。

「ちょっと見に行こう。…サイフィルくん、魔障や霊障の耐性は?」

「全然大丈夫、むしろそういう耐性ないと鑑定士なんてできませんて」


遺跡に近付くにつれ、先程まであれだけ清廉とした空気感に満ちた場所にいた反動もあってか、皮膚ではなく、内側から汚されるような感覚に支配されていく。

採掘拠点にしているテントで常駐しているらしい調査員の様子も、遠目に見て明らかに何かがおかしかった。


「…!スメイラ先生!」

「お疲れ様。何があったの?」

「そ、それが…」

スメイラの顔見知りらしい研究員が、ガーネ達を見つけると慌てて駆け寄って来た。スメイラが周囲を見回しながらとにかく状況を確認しようと研究員に声を掛けると困ったように眉を下げた。

「ボクは耐性がまあある方なんで、あまり近付き過ぎなければ平気なんですが…それでもここに半日もいれないですね」


調査員の説明によると、約一ヶ月前に出土した遺物は未だ『発掘された場所から動かすことが出来ない』とのことだった。

というのも、大き過ぎたり重すぎたりして動かせない訳ではないらしく、大きさとしてはごく小さな『鍵』の形をしている様子。しかし、それに触れた調査員が次々と発狂したり、突然の大怪我をしたりととにかく『異常』な状態である、との話しであった。


「とにかく、それ見せてみろ。話しはそれからだ。サイフィル、お前平気なら一緒に来い」

「わかった、というか僕は今回アレを鑑定しに来たわけだしね」

「待って、私も行く。…三人で行くから、君はここにいて」

ガーネたちは教えられた出土ポイントに向かっていった。

「…あれか」

少しだけ離れた箇所で、サイフィルが目的の対象物に目を凝らす。禍々しい、と表現するのも違和感がある、とにかく『異質』なもの。サイフィルはその異様さに思わず汗を滲ませ小さく息を飲んだ。


「…サイフィルくん?大丈夫?」

「いや、…あの…あれなんですかね。もう少し近くではっきり見ないとわからないけど…視えない」

「は?もっと近寄るか」

「そうじゃなくて!…そうじゃなくて、視えない。情報が存在しないから鑑定できない」

サイフィルは小さく首を振って、信じられないとでも言わんばかりの顔でガーネを見上げた。

「あれは、『この世界』のものじゃない」


しん、と空気が硬直する。

「この世界のもんじゃねーってなんだ」

「わかんないよ!あんなの初めて見た、この世界に存在し得ないもの。だから悪いけど鑑定できない」

ガーネは説明を聞きながら、何かに惹かれるように遺物に近寄ると、件の鍵の形状のそれに触れあっさりと持ち上げた。

触れた瞬間に感じる『得体の知れない懐かしさ』や『離してはいけない』ような、心に直接侵食するような覚えのある従属感が満ちる。

「バカ!!!」

スメイラの怒鳴り声にはっとして意識が切り替わる。


────なんだ、いまの


ガーネは大人しく謎の鍵をあった場所に戻し、眉を吊り上げたスメイラに向かって両手を軽く上げながら対象的に眉を下げた。

「ごめんて、つい」

「つい、じゃないでしょ!勾玉の時にも散々言ったでしょ!!このバカ!!」

「悪かったって。なんともねーから」

スメイラが怒るのも当然だった。ガーネは自分でも何故危険とわかってそうしたのか理解出来ず、素直にただ謝って調査拠点のキャンプへと戻った。

「ところで、ほら。こここんなにおどろおどろしいのに聖女はいねーのか。ここいるって聞いて来たんだけど」

「聖女様、ですか?先程までいらっしゃいましたが、禊に行かれました。どちらで禊をされているかまでは教えてくださらないのでわかりかねますが…」

「…落ち着きのねーババァだな…!」


結局、日はすっかり落ちて空は橙色から深い藍色へと染まっていった。

本日の対面は諦めて村へ戻ることにしたが、ガーネは神聖力の満ちた湖に突き落とされ、強制的に邪気を濯がれる羽目になったのは言うまでもない。

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