381話「パーティー」
「誕生日おめでとー!」
特務の一同の盛大な声とクラッカーの紙吹雪やペーパーテープを浴び、視界いっぱいにカラフルなガーランドや風船、リボンなどの壁面装飾を眺めてからディアマントを一瞥した。
「…なにこれ」
「誕生日パーティーじゃ!」
「…誕生日…パーティー…」
感情が追いつかないようななんとも言えない顔でガーネが小さく呟くと、改めて部屋の中を見回した。
特務の面々とエーリック、ジェレイド、ヘルソニア、侍女長、女官長、エナ。それと、アミュとリエーブが部屋の端の方に立っていた。
「ガーネ、早く来い」
ディアマントに促され未だなんとも言えない顔のまま部屋に入ったガーネは、妙に楽しげな特務の面々に『本日の主役』と書かれたタスキを無理矢理掛けられ手にシャンパンの入ったグラスを持たされた。
「さ、ガーネ一言どうぞ!」
「……なんでお前ら俺の誕生日知ってるんだ」
「え、第一声がそれ?」
「だってスメイラさんが把握してたし」
「そういやそうだった」
サイフィルの無茶振りに面倒そうな顔で返しながら自分の黒歴史までスパイのように把握していたスメイラの存在を思い出し深く溜息を漏らした。
それから発案者であろう先程まで自分の機嫌を損ねたことでやや泣きそうな可愛い顔をしていたくせに急に笑顔になっているディアマントへと視線を向け、少し呆れたように口を開いた。
「…で、お前は俺の誕生日忘れてんのかと思ってたわ。朝から何も言わねぇし」
これを言ってしまうとまるで朝から誕生日について触れられないことに拗ねているように捉えられやしないかと一瞬だけ躊躇はしたものの、『恋人とは』と毎度しょうもない恋愛小説で仕入れた知識を実践する小娘がまさか付き合いたての恋人の誕生日に触れずに1日終わるのだろうかと思っていたことは正直事実であるため、一応聞いておこうかと敢えてその話題を口にした。
ガーネがディアマントに目を向けると、ものすごく得意げな顔をして腕を組んでふんぞり返った姿が目に入った。
「パーティーの計画をしておったからな!」
「フーン。ありがとうございます。では、俺はこれで」
正面切って祝われることに慣れていないガーネは照れくさいなどという陳腐な感情の前に純粋に『どうしていいかわからない』といった顔で一礼をし、部屋を出ようと踵を返した。すぐさま先程と同じようにディアマントが背中に飛びつき、ガーネを制した。
「だめじゃ、これからパーティーじゃ!」
「そんな、たかが誕生日ごときで」
「たかがではない!20歳じゃ!」
「さっき成誓式やったでしょ。あ、そうだ。しかも俺『それなりに』って言い含めてたはずなのに官職枠で前出させやがって。聞いてなかったぞ話が違う」
「過ぎたことをグチグチ言うな!男の癖に!」
「誕生日パーティーとかいらねぇって言っただろ」
「祝賀行進は近衛総監と特務に止められて自粛した!」
「当たり前だろーが国費をなんだと思ってやがる。しょうもねぇことで税金使おうとすんじゃねぇ」
「しょうもなくない!!ガーネの誕生日じゃ!!それに、妾が誕生日の祝いをしたいと言ったらみなもガーネを祝うと賛同したのじゃ!!」
「……え、嘘。まじで言ってる?」
意外そうな顔で周囲を見回したガーネを見て、エーリックがやや呆れた顔で肩を竦めた。
「お前なにその顔。なんでそんな意外そうなんだよ」
「いや、別にお前ら『俺の』誕生日なんて興味関心あるとも思ってなかったし、そういうことしようって思われるほど好かれてると思ってなかったから…?」
相変わらずの自己認識の希薄さに特務一同とエーリック、ジェレイドは呆れたような顔で息を漏らした。
「まぁ、私も外遊から帰るまでは君のことは好ましくなかったが」
「バカか俺もどっちかっつーとお前のことは嫌いだったよ」
「私も、ガーネくん最初めちゃくちゃ生意気で『なにこの子』って思ってたけど」
「俺もお前のことはいけ好かないバツイチババァだと思ってたよ」
「アタシは今でもアンタのこと嫌いだけど。安静守らないし」
「俺だって別に守りたくないから破ってるわけじゃねーし」
「僕はね!ガーネのこと好きだよ!」
「悪い俺はお前のこと好きじゃない」
「やだあたしもガーネ様愛してるわ」
「怖い」
ジェレイドをはじめ、スメイラ、ラズリ、サイフィルとアメジと続いて口々にガーネに対しての好意のようなものを述べ、ガーネは一層怪訝そうに眉を寄せた。
そんなガーネの顔を見てエーリックとディアマントは思わずと言った様子で苦笑いを漏らし、ディアマントはガーネの腕にそっと触れた。
「妾の愛犬は、みなに嫌われておったら妾だけの力でその役職も肩書も維持出来ぬわ。バカモノ」
「ふーん。じゃあみんな俺のこと好きなのか」
「はぁ?アタシはアンタのこと嫌いだって言ってるでしょ!」
「そうなのか。そりゃ悪い」
「アンタね!その額面通り言葉受け取るのやめれる!!?」
「?」
「スメイラ!アンタこのガキの補佐なんでしょ!」
「ごめん先輩、こればっかりはちょっと難しいかも」
未だ訳がわからないながらも『少なくとも自分が思っているよりは嫌われているわけではないのか』とディアマントを見ると、満面の笑みを浮かべて返された。
「では、せっかく陛下がご用意くださったのでパーティーをしましょうね。陛下」
侍女長が間を取り持つように声をかけ、ディアマントもグラスを持って笑みを浮かべた。
「うむ!では乾杯じゃ!」
ディアマントの声で一同グラスを掲げたため、ガーネも渋々手元のシャンパンを飲んだ。
「……また随分高いシャンパン開けたんだな」
「一口飲んでわかるのか」
「わかるだろ、安酒とは香りの抜け方と味の残り方ちげーし。あとやる」
一口だけ飲んでそのままディアマントにグラスを手渡し、給仕に「ジュース」と雑に依頼をして近くのソファに座ってネクタイを緩めた。
その様子を見て、ディアマントはガーネの飲みかけのグラスのシャンパンを飲んで隣にちょこんと腰を下ろし、勝手に楽しみ始めた会場を見てから少し不安そうにガーネを見つめた。
「ガーネ」
「ん?」
「……迷惑、だったか」
「まぁパレードみたいな真似されたらぶっちゃけ迷惑だけど、この程度なら全然。とは言え誕生日ってこんな感じで祝われるの初めてだから、どうしていいかわかんなかっただけ。あと普通に疲れてる」
「迷惑ではないか、嬉しいか」
「嬉しいかどうかでいうとちょっとわからんけど。…正直に言っていいのか」
「よい、許す」
「2人だったら、なお嬉しかったなと」
「わ、わ、妾と?」
「当たり前だろ。…あー、でもお前が困るか」
給仕から受け取ったジュースを飲み、小さくぽつりと呟きながら周辺を見回し頃合いを見てさっさと部屋を出ようと考えてタスキを取ってディアマントの肩に無理矢理掛けさせた。
「…ガーネ、来年は2人にしてもよいか。予約じゃ」
「はは、光栄だな。でも毎年1月7日って成誓式からの律衡評定だろ。忙しいんじゃねぇの」
「夜は空いておる。だから、予約じゃ」
ようやく小さく笑ったガーネが足を組んで背もたれに寄りかかり、『もう少しだけいようかな』と考え直したところで少し遠巻きに2人の様子を見ていたエナがガーネに料理を取り分けて持って来た。
「はい、ガーネ様」
「サンキュ」
手元の皿を近くのローテーブルに置き、皿の上を吟味した。
「俺、おかずに果物入ってんの嫌いなんだけど。果物は果物で食わせろよ」
毎度のことのように食事に文句をつけ嫌いなものをフォークに刺してディアマントの口元に差し出した。ディアマントはどうにも呆れた顔をしながら小さく口を開き、もぐもぐと咀嚼して飲み込んでから反論すべく言い返した。
「お前は成年になったのだから、好き嫌いを少し改めよ」
「公的な場では食ってんだろ。出された飲み物で丸飲みして」
「妾が作った料理ならどうするのじゃ!」
「だから言ってんだろ、『不味い時は不味いって言う』って。多分普通に不味いって言うと思うけど」
「こ、この野菜は妾が星型にした!」
「あっそ、…イラネ。くり抜いただけでお前が作ったわけじゃねーだろ。あとこれ酸っぱくて不味い」
「ガーネ様、ドレッシングのビネガーですわ…」
エナが呆れたように肩を竦めながら、『イラネ』と言いつつ一応一口は食べたガーネを見て小さく笑ってディアマントを見た。
「ガーネ、好き嫌いばかりしたおると大きくなれぬぞ」
「比較的デカい方だから別にこれ以上成長しなくていいだろ」
「それもそうか…」
「お前、そんな簡単に言いくるめられて大丈夫?」
苦笑い混じりに返しながらパンを一口齧っていると、少ししてからディアマントが侍女長とエナと共に料理を取りに立ち上がり、それを見計らったかのようにリエーブがガーネの傍に寄った。
「……ガーネ」
「なに」
「…誕生日、……おめでとう」
「どーも」
ガーネの素っ気ない態度に、リエーブ自身もどう対話していいかわからなそうに少しだけ視線を泳がせてから敢えてディアマントが離席した場所に腰を下ろした。
「……15年は、大きいですね。知らない人みたい。でもちゃんと面影もあるし、ルイにも似てる」
ディアマントの耳にはおそらくと言わずとも会話の内容は聞こえているだろうが、敢えてこちらを見ないように侍女長とエナと共に料理を眺めて『どれならガーネが好き嫌いせず食べられるか』と会話をしており、他の面々も好き勝手料理や酒を楽しんでいる様子でガーネの方は誰も注目していなかった。
「…1個だけ、聞いていいか」
「なんですか」
ガーネが小さな声でリエーブに声を掛け、少しだけ声を震わせて口を開いた。
「…………俺を産んだこと、後悔してるか。忌み子だと」
「する訳がないでしょう。……ルイと、愛し合って、望んで産んだ子です。…『忌み子』と呼ばれる男児であることは、わたしも驚いてはいます。でも、だからと言って貴方を産んだことを後悔なんて、一度もしたことありませんよ。……強いて、『後悔』と言うのなら…評定でも聞きましたが、わたしが貴方を守ろうとして封印したことが結果無駄になっていたことと、貴方の成長をこの目で見届けられなかったことです」
「……そうか」
「……ガーネ。また、ゆっくり話しましょう。今回はわたしも、王城には『仕事』で来ています」
「時間が取れたらな。悪いけど俺はそれなりに忙しいし、公私混同はしない主義だ」
「わかっています。午後の評定を見れば、貴方がどう仕事をしているかなど一目瞭然です」
相変わらず感情の読み取れない声色で淡々と会話をし、立ち上がって元の壁際に戻ったリエーブの後ろ姿を見て、ガーネはディアマントの飲みかけのワインを勝手に煽るように飲み干した。
幼少の頃はとにかくあの淡々とした抑揚の無い喋りが怖かったなということを思い返し、取り分けたグラタンやカルパッチョなどを持って戻って来たディアマントの顔を見てなんとなく安心したように小さく息を漏らした。




