378話「律衡評定」
「楽にせよ。午前は成誓式の参加大儀であった。座ってよい」
ディアマントが短く述べて着席すると、一同も静かに椅子に腰を下ろした。
全員の着席を確認し、ヘルソニアが立ち上がって会場内を見回して口を開いた。
「今回の律衡評定は、15年振りの開催となる。加えて、初参加となる者も少なくない。故に本日は、直近15年間における国内外の情勢変化、魔女および律衡家に関わる案件、ならびに主要関係者についての共有を中心に進行する。まずは顔合わせを兼ね、互いの立場と現状認識を整理しておきたい」
妙に空気の固い室内にディアマントも小さく苦笑いをして肩を竦めた。
「堅苦しい場ではあるが、不要な遠慮や憶測は混乱を招く。疑問があればこの場で確認せよ。では、律衡評定を開始する」
ディアマントの声で評定が開始し、ガーネは正面の嚆矢の魔女の顔を冷えた目で一瞥した。
「ではまず、終焉担当から」
「めんどくさい」
アミュがぽつりと呟き、狐を腕に抱いたまま静かに立ち上がった。
「アミュ・アティム・パシアフ。『終焉』。このこはアミュのきつねの『きつね』。…ディアマント、なんだっけ。270年分のげんじょう?」
「15年分じゃ」
「15年。みじかい。このまえ、ガーネがアミュの結界壊してアミュの庭にきた。アミュの蛇、ぜんぶやきころした。あとアミュの妖精の羽むしった。あとアミュにてっぽうむけた」
「毟ってねーよ、まだ。それに毒蛇駆除だ、凍土蝮数千匹だぞ。特務含めて即死すんだろが。人聞き悪い雑な情報喋るんじゃねぇ」
「────…おまえたちにんげんが『まちがえたら』、世界おわる。邪教のわるものが、ガーネたちころす。ガーネがしんだら、ディアマントもころされる。そうしたら、ぜんぶおわる。アミュにはわかる。『終焉』がみえる。でもアミュはエルフだから、もう少し生きる。にんげんは80年くらい」
しん、と評定の間の空気が冷えて凍った。ガーネ自身も腕を組んで『終焉の魔女』が世界のどんな終焉を見据えているのかと目を細め、子供の容姿には似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべて会場を見回し、最後にガーネを見つめた。
「ガーネがしんだら、たましいはアミュのもの。やくそくした」
「『無駄に死んだら』って約束だろが」
「ふふ、せいぜい、もっともっとくるしめガーネ。かわいいガーネ」
「怖いんだけど。やばくねあの女」
隣に座るジェレイドに冗談交じりに声を掛けたガーネだったが、ジェレイドを始め会場内のほとんどの人間が『魔女』の圧に顔が引き攣って息が詰まっていた。
15年振りとは言え、毎度毎度こんなに魔女に怯え散らかして評定を行っていたのかと、参加経験のあるであろう侍従長と魔導師長、巫術官長に目を向けると、物言いたげななんとも言えない顔でガーネ視線が絡んだ。
「……次、嚆矢担当」
ディアマントの静かな声が室内に響き、リエーブがその場にゆっくりと立ち上がった。
「15年振りの方と、はじめましての方。『嚆矢』担当の魔女、リエーブ・ウェイシェイト・ヘイルズと申します。15年、私は封印の任で魂ごと凍結しておりました。なので開示出来る情報はほぼございません。お久しぶりの副侍従長…今は侍従長ですか、それと魔導師長と巫術官長。『年齢を含めた時間ごと』凍結しておりましたので、見目が15年前と変わらず驚かれているかもしれませんが」
淡々とした相変わらず感情の読み取れない声で最低限のことだけ伝え、一礼して静かに着座した。
「聞いての通りじゃ。リエーブは15年、時が止まっておった。それも含めての此度の評定故、今後の国家安全の運用上何か懸念や意見・疑問があれば都度述べよ。アミュの言う通り、『手段を間違えれば全て終わる』ことを忘れるな。…ガーネ」
「はい」
ディアマントに名前を呼ばれ、目の前に置かれたグラスの茶を一口飲んでから立ち上がったガーネは会場を見回し小さく息を漏らした。
「異界対策特務局責任者、役職は特務総監です。…まず特務としての報告から。特務発足後の均衡教徒の動きは細々とした『雑魚』のけしかけ、異界異物を用いての揺さぶりが主です。向こう360年遡り均衡の連中の動きを洗い直しましたが、同じように細々した活動はあれどここまで活動的ではない。ここまで動きが活発化したのは、この1年以内のことです」
「特務総監、よろしいか」
「はい」
「360年遡ったとのことだが、なぜ360年なのだ」
純粋にその数字に疑問を感じたらしい巫術官長が挙手をして質問をしてきたが、ガーネは少しだけ考えて返答を口にした。
「『王命最重要秘匿事項』です。その数字の『根拠』は、陛下のご命令で今はここの場では明かせません」
「…そうか、話の腰を折ってすまんの」
「いえ。…特務としての懸念をお伝えします。特務と陛下でノルデンに行く直前…約2ヶ月半程前から、均衡の連中の動きが今日まで1件も発生していません。……特務でも目下警戒中ではありますが、いかんせん情報が無さすぎる。特務所属の聖女にも教会関連の懸念を調べさせている最中です。…『特務は』以上です」
均衡対策の長、ガーネの口から発せられる言葉が室内に不穏さを刻み込むように響き、再び評定の間はしんと静まり返った。




