375話「15年振りの魔女」
「…ひさしぶり。よくねた?」
「ええ」
それ以上の会話も無く、しんとした馬車の客室内の空気は葬式のように重苦しかった。
来賓用の豪華な馬車の客室を見上げ、退屈そうに少しだけ脚を揺らして膝上で丸まる毛並みを柔らかく撫でた。
「はなし、したの」
「……少しだけ」
「そ。どうだった」
「…わからない、本物だと思うけど、『見覚えがない』から」
「かわいい?」
「………」
再び無言になった車内に、馬車の車輪が転がるカラカラという音と振動が響いた。
程なくして、馬車は王城の正門に到着し停車した。御者が門衛に声を掛ける声がくぐもって聞こえ、少しして再び車輪が回り始めた。
坂を登り、いくつか門を通過し、ようやく王城の正面玄関前の馬車寄せに停車し、少ししてから客室のドアがゆっくりと開かれ、それまでカーテンの引かれていた薄暗い車内に朝の明るい日差しが差し込んだ。
御者に手を差し出され、1人ずつ順に降車した。
「お久しぶりでございます。遠路はるばる、ご足労痛み入ります」
王城入口前に整列した侍従長と女官長が恭しく頭を下げて出迎え、少しだけ周囲がざわついた。
「もともと毎年1回してたこと。今日がひさしぶりなだけ」
「しかし久しいな。15年ぶりともなると…まぁ、其方たちは全く変わらないか」
「おまえもかわらない、ヘルソニア」
「そうだな。────今年は、15年振りなのもあるが普段とは『色々と』状況が異なる。覚悟して臨め。アミュ、リエーブ」
「アミュ、いつもがんばってる。アミュはいつも通り」
「……」
喪服のような褪せた黒色のワンピースを纏い、尻尾の付け根に黒いレースのリボンを結わえた真っ白な毛並みの陽炎狐を腕に抱き、首元にはチョーカー代わりに狐と揃いの黒いレースのリボンを結んだ少女のような見た目のエルフ、『終焉の魔女』アミュ・アティム・パシアフ。
同じく真っ黒な細身のドレスにレースのヴェールで顔を隠し、長い真珠灰色の髪を風になびかせ小さく一礼した『嚆矢の魔女』リエーブ・ウェイシェイト・ヘイルズ。
ヘルソニアたちの案内で王城内に15年振りに足を踏み入れ、王城内は一層のざわめきとどよめきが広がった。
「あれが、魔女」
王城勤務者の20歳の成年を祝い新たに成年として誓いを立てる『成誓式』、午後からは15年振りの『律衡評定』が開催される。
一般的な国内の人間にとっては魔女とは国に2人しか存在しない、『始まり』と『終わり』を司る畏怖べき存在である。その嚆矢と終焉の天秤の軸の役割を果たすのが、律衡家の役目であった。
先の新年拝賀式から1週間、1月7日。
奇しくも、この日は偶然にもガーネの20歳の誕生日当日である。
既に王城責任者と招待貴族・旧家が着席している礼拝堂に、ヘルソニアと侍従長、女官長に案内されたリエーブとアミュが来賓用の席に着席した。
そこでリエーブが顔を覆い隠していたヴェールを外すと、室内のざわめきが一層大きく広がった。
「…特務総監様に、お顔立ちがそっくりでは」
「でも、家名は『ヘイルズ』だし」
「年の頃も近そうだし、ご姉妹とかご親族とかか?20代半ばだろう、どう見ても」
様々な憶測が飛び交う中、同じく参列者席に腰を据えていた特務の一同にも視線だけが注がれた。
ラズリは面倒そうに小さく舌打ちを漏らし、横柄に足を組んで高位職者席のカルセに視線を投げた。
耳の良いカルセはラズリの小さな舌打ちもしっかり拾っており、一般参列席の特務の面々に顔を向けると「こちらも同じですわ」と口パクで伝え、互いに正面を向き直した。
今年の王城勤務者の成年対象は全部で28名、それぞれが正装した状態で侍従に促され着席した。
普段の特務総監としての官服を正装仕様に飾緒や肩章で飾り腰に儀礼剣を佩いたガーネは、普段よりも重厚感のある侍女の正装の出で立ちのエナの隣に腰を下ろした。
「なんだか、こうしてガーネ様と並んで式典に出るのが変な感じがします」
「はは、確かに。たまに忘れるけどお前同い年だったもんな」
「そうですわ、最初は歳の同じ殿方のお世話係なんて不安でしたのよ。今は別の不安が大きすぎます。怪我は絶えないですしまともにお休みにならないですし油断するとお食事も平気で抜かれますし」
「ハイハイすみませんでしたエナちゃん」
「もう!」
女王が会場に現れるまでの間にある意味のざわめきに乗じて雑談をしていたガーネとエナだったが、エナ自身も会場のざわめきの理由は分かっていた。その上で全く関係の無い話題を振って来る辺りにガーネは「さすが侍女長の娘だな」と妙に感心した顔でエナの顔を見た。
「なんか今日、いつもと化粧ちげーな」
「式典ですもの。ガーネ様や母と違って普段は表に出ることも無いですし、少し張り切ってしまいました。……変でしょうか」
「いや、大人っぽくて綺麗だよ」
「……まぁ。あまり女性にそういうこと言うものではございませんよ、ヤキモチ妬く方がいらっしゃいますでしょう?」
「ヤキモチで思い出したけど、お前らあの女にくだらねー小説貸すんじゃねーよ。お陰で知識が中途半端でこないだなんか『交換日記がしたい』とか言われたんだけど」
「こ、交換日記ですか。……お…お可愛いらしいのでは」
「引き攣ってんぞ。ま、返事返してねーけど。忙しくて」
「お可哀想に。拗ねてしまいますわよ?」
「返事の催促したらやめるって言い聞かせてるからな、拗ねさせておけばいい。可愛いから」
「まぁ」
程無くして、侍従の声と共にディアマントが礼拝堂へと姿を表し、一同は起立して頭を下げた。
「一同、ご着席を。これより、成誓の儀を執り行います」




