374話「秘めはじめ」
サイフィルとアメジと共に年始でも営業しているラーメン屋でようやく本当の食事を終えたガーネは、自室に戻りシャワーを浴びて深く溜息を吐き出した。
病み上がり後の久々の大きな仕事に、たったこれだけのことでここまで疲弊するかとすっかり体力の落ちた身体に忌々しく舌打ちが漏れた。
正直な話、翌日は休みでこのままベッドに転がって眠りたいところではあったが、あんな人前で部屋に来いと言われてしまえば期待に応えてやりたくて仕方がない。今日だけで何度可愛い顔を見たかと思うとさっさと部屋に行って甘やかして、疲れたのでそのまま抱き枕にして寝てやろうと着替えをしてから立ち上がるとディアマントの私室へと足を運んだ。
部屋のドアをノックし、中から応答されるといつものように部屋のドアを開いて中に入った。
既に寝支度を整えガーネ好みの可愛らしくも少し色気のあるネグリジェ姿でベッドに転がって読書をしていたディアマントは、横柄にぽんぽんとベッドの隣を叩きガーネを誘った。
「一応聞くけど、またくだらねぇ恋愛小説読んでねーだろうな」
「くだらぬものは読んでおらぬ。今日読んでるのは『雪華宮の秘め事』というちょっとだけいかがわしい内容ではあるが、お姉さんの妾にピッタリな小説じゃ」
「くっだらね。お前、仕入れる知識が全部小説由来だから半端なんだよ」
「そんなことはない!妾はお姉さんだからお前をり、リード?する必要がある!」
「へぇ?じゃ、その本でどんなエッチなこと書いてんのか俺に教えてくれよお姉さん」
ガーネはベッドの上に座ってディアマントを見下ろし、僅かに何かのスイッチが入ったような声で促した。
ディアマントは『教えてお姉さん』と言われたことで得意げになって身体を起こすと、読んでいた箇所に栞を挟んでから前の方のページを捲って内容をガーネに伝え始めた。
「まずはキスじゃ!恋人だからキスをした!」
「あっそ」
「舌を入れるのじゃ、妾もしたことがある!お姉さんのキスじゃ」
「ぶ、そうですか。俺が教えたんだけどな。で?それだけ?」
「あとは抱き締めて寝台で一緒に眠った!」
「フーン。随分健全な小説だな。つまんなそう」
「ち、ちがう!」
ガーネは笑いを耐えながら胡座をかいた膝の上で頬杖をつき、本の内容を一生懸命に説明するディアマントを眺めて小さく笑った。
「違うって、なに。きちんと説明してくれないとわかんねぇんだけど」
「もっと色々しておった!」
「例えば?」
「え、ええと…脚を撫でたり首筋に口吻たり耳を噛んだり、し、下着を…」
「ん?なんて?聞こえないんだけど」
話しているうちに普段自分が閨でされていることと結びついてしまった様子のディアマントの声が少しずつ小さくなっていった。
ガーネはわかっていながらすっかりドSスイッチの入った顔でディアマントを愉しげに見つめ、ディアマントの手元から本を取り上げるとパラパラと中身を確認してなんとも言えない絶妙な圧で続きを促した。
「下着がなに」
「下着を…その、脱がせて、それから肌に触れて」
「…で?どういうことされたいの?」
「や、優しくして欲しい」
「俺お前抱くとき比較的優しいと思うけどな。まだ無茶な抱き方したことないし。ただお前が『こういう』ちょっと乱暴な抱かれ方されたいなら吝かではないけどな。どっちかっつーと俺の得意分野だし」
雑に本を閉じてベッドのサイドテーブルに置くと、すっかり赤面したディアマントの顔を見てあまりの愛らしさについ笑ってしまった。
「笑うな!」
「だって可愛いんだもん」
むくれた顔で赤面したまま睨みつけたディアマントの髪を撫で、そのまま首筋に指を滑らせた。
一瞬だけぴくりと身体が跳ねたが、ガーネはディアマントの顔を見つめて手を引っ込めた。
「な、なぜ手を下げる」
「別に。何して欲しいか言えば?」
「し、して欲しい?」
端的に『言わせたい』のかと察したディアマントは一気に口籠り、なんとか自分のペースに巻き返さなければと考えを巡らせた。
「し……して欲しいことを言えば、してくれるのか」
「そりゃあ、可愛い可愛い恋人のオネダリだし?」
「なら、交換日記じゃ!」
「……は?え?なんで?」
唐突な交換日記要求にガーネは思わず力が抜け、またなんの入れ知恵なのかと先に要求を聞いてやると言ってしまった数秒前の自分を殴り倒したくなった。
「侍女たちが言っておった。恋人は交換日記をすると」
「しねーよ、騙されてんだろ。今日日そんなカップル見た事ねーぞ」
「したい!したいしたいしたいしたいしたい!!」
「書くことねーよ」
「いやじゃ!嘘つき!妾のして欲しいことを言えばしてくれると言った!嘘つき!!嘘つきーっ!!」
「心外過ぎる」
先程までの抱いて可愛がってやろうという気持ちが一気に萎え、部屋に来る前に思い描いた抱き枕にして眠ってやろうの方向に気持ちがシフトすると面倒そうな顔で溜息を漏らしてベッドに横になって普段ディアマントが使用している枕を引き寄せた。
「毎日は無理、長く書くのも無理。それでいいならやってやる。返事の催促を毎日した時点でやめるからな」
「わかった!なら早速今から」
「1日一緒にいてお前の行動は全部見てる。明日からにしろ」
ほんの少しだけ拗ねた顔をしたディアマントが、すっかり寝る体勢になっているガーネを見下ろし唇を尖らせた。
「なぜ寝ようとしておる」
「疲れたから」
「わ、妾の部屋になにをしに来た」
「お前が来いって言うから寝に来たんだろ」
分かりやすく頬を膨らませたディアマントを見て正直可愛いと思いはするものの、交換日記のせいですっかりその気が疲労に変換されたガーネは面倒さを隠さない顔でディアマントを見つめた。
するとなにを思ったのか、おもむろにディアマントがガーネの腰元に跨るように上に乗り上げ、ガーネの頬に触れた。
「……そういうのは教えてないけど、俺。誰に教わった」
「侍女じゃ、『恋人をその気にさせる時は上に乗る』と言われた」
「俺、女に跨られんの好きじゃねぇんだけど。ついでに俺が教えてないこと実践されんのは些か面白くねーな。大体、その気にさせてなにする気だ」
「ひめはじめ?というのをすると言われた、侍女に」
「………」
本日2回目の突拍子もない発言にガーネは思わず無言になってしまった。意味をわかって言っているのか、わからずに言っているのかがガーネ自身もわからず探るように上に跨るディアマントの腰に手を添えて愛らしく美しい顔を見上げた。
「姫始め、ねぇ……意味わかってんの?」
「知らぬ!ガーネに習えと言われた!」
「フーン」
再び何かのスイッチが入った顔をしたガーネが身体を起こすと、対面で身体が密着するような形となりディアマントは身体のバランスを取るために慌ててガーネの首元に腕を回して抱きついた。
「なら、姫始めでもしましょうかお姫様。明日俺は休みだ、覚悟しろよ」
「……?ひめはじめとはなにをするのじゃ」
「お前が望むいかがわしいこと全部だ、キスして舌絡ませて、首筋と耳噛んで下着外してだろ?責任持って教えてやる、俺が」
「え?ちょ、んんっ、待っ…あっ」
低くなったガーネの声が直接鼓膜を震わせるように耳元で響き、触れる吐息と掌の感触にすぐにディアマントは上擦った声を上げた。




