372話「柘榴と毒」
夕食会の会場である広間に到着し、控えの侍従がドアを開けた。
昼間のように貴族含めた来賓はなく、王城責任者のみの完全に身内の席であった。
女王の登場に会場内の一同は頭を下げて出迎え、ガーネは中央付近までディアマントをエスコートしてから一歩下がり同じように一礼した。
「よい。みな、頭を上げよ」
ディアマントの声で一同がゆっくりと頭を上げ、中央へと視線を向けた。
「今日は朝から大儀であった。新年拝賀式、昼餐会、来賓対応まで、大きな混乱なく終えられたのはお前たちの働きあってのことじゃ。改めて礼を言う。今宵は身内の席じゃ、堅苦しいことは抜きにしてよい。よく食べ、よく飲め。今年も妾の王城を頼むぞ…ただし、飲みすぎて明日に響かせぬように」
「陛下、今日の年賀の品からどれか開けましょうか」
ヘルソニアが合図し、年始の挨拶に献上された酒の瓶が台車に乗せられて運び込まれた。
「ふむ。今年は珍しいラベルが目立つな」
目についた1本を手に取りラベルを見たディアマントは、そのまま侍従長へと手渡した。
侍従長はラベルとリストを照らし合わせてどこからの献上品かを確認し、ディアマントに目を向けた。
「こちら、贈り主代表がハインテランド区の教会司祭になっておりますね。特産の柘榴と、香草を配合した果実酒みたいです。今年から新しく売り出すそうで」
「柘榴か、ならこれを開けよ」
ディアマントが侍従長に指示をすると、目の前で封を開栓して試飲用のグラスに注ぎ毒見役に手渡した。毒見役は一通り色味や香りなどを確認してから一口口に含み、痺れや異常がないかを確かめて飲み込んだ。少しだけ緊張した面持ちで数秒待ち、「異常ありません」と侍従長に告げてから下がっていくのを見届けてから新しいグラスに柘榴酒を注ぎディアマントへと差し出した。
「待て、貸せ。侍従長、ボトル寄越せ」
ガーネが間髪入れずにディアマントの手からグラスを取り、侍従長から受け取ったボトルから直接香りを確認した。柘榴に混じって特有の清涼感のある香りが鼻に抜け、後から別の香草の香りが鼻の奥に残った。ラベルを一瞥してから近くの台に置き、グラスを揺らして酒の色味を凝視した。
「コルクと封蝋も見せろ」
「は、はい」
侍従長が慌てて開栓して抜いたコルクと封蝋を盆に乗せてガーネに差し出し、受け取ったガーネは封蝋に異常がないことを調べコルクの匂いを嗅いだ。
「と、…特務総監。毒見役もそうですが、一応我々も検閲しておりますので」
「んなことわかってる。ウチの目であるサイフィルも貸しただろ」
そう言いはしたものの、ガーネはグラスに口を付けて一口含んだ。そのまま喉を通過させ、感じた違和感を確認するようにそのままグラスの半分程を一気に煽るように飲んで違和感の正体を探った。
「ガーネ、お前酒は飲めるのか」
「飲めるか飲めないかで言うと不味いから飲みたくないだけで飲めますよ。この程度の度数なら数本開けたところで酔わないんで心配しないでください。…サイフィルとアメジ、お前ら来い」
一気にグラスの半分を飲んだガーネに普段飲まないことを知っているディアマントが多少不安そうに声を掛け、ガーネが特務のメンバーを呼びつけたことで会場内がやや緊張したように空気が張り詰めた。
毒に耐性があり全く影響のないサイフィルは平気な顔をして素直に歩み出たが、まさか自分も毒見役まがいに名前を呼ばれるとは思っていなかったアメジは緊張した顔でガーネに近寄った。
「お前らこれ飲め」
「わかった、どのくらい?」
「一口でいい」
ガーネからグラスを受け取ったサイフィルはそのまま口を付けて口に含むと、一応ガーネと同じように違和感がないかを確認してからごくりと飲み込んだ。
「…?なんでもないよ。普通に、柘榴の甘くてすっきりしたハーブの入った美味しいお酒」
「おし、アメジ飲め」
「あ、あたしも?死なない?」
「お前みたいなゴリラが死ぬかよ、早く飲め」
「死んだらどうするの!?」
「どうもしねぇよ、早く飲め」
「ガーネ様惜しんで泣いてくれる!!?」
「泣かねぇよ早く飲め、総監命令だ」
「エイミーちゃん大丈夫だよ、美味しいよ。毒はないよ。あとガーネと間接キスだよ」
やたらと警戒していたアメジだったが、サイフィルの『間接キス』という余計なワードにガーネが口を付けた箇所めがけて自分も口を付け、意を決して一口飲み込んだ。
「……」
「なんともないか」
「え?う、うん。美味しい」
アメジがグラスの酒とガーネを交互に見遣り、不思議そうに首を傾げた。サイフィルの言う通り毒の気配も無く、ガーネが何に警戒をしたかわからなかったからである。
「陛下とヘルソニア様、あとは巫術官長とラズリ。飲まない方がいいな、微弱だけど霊力干渉する」
「ほう」
ガーネの判断に感心したように声を漏らしたヘルソニアが、アメジの手元のグラスを取り興味深そうに香りを嗅いだ。
「毒か?ガーネよ」
「いえ、毒ではないです。多分香草と柘榴の組み合わせと微妙な配合でしょうね」
「ガーネ様、ほんとに霊力干渉するの?ラズリちゃんに確かめてもらわなくていいの?」
「馬鹿かお前は、医官のラズリに何かわかんねぇもん飲ませられるか。毒見役が飲んで異常無くて、毒耐性のあるサイフィルの判断も問題ない、魔力要員のお前が飲んでなんでも無いってなったら霊力回路に障ってんだよ。病み上がりでどっちがどっちなのかわかんねーからお前を使っただけだ」
「え、もし魔力干渉があってあたしが倒れちゃったらどうすんのよ!」
「だからラズリ残してんだろ。それに、ハインテランド区の教会は終焉の魔女アミュの世話役だ。魔女のアミュも飲んでるだろうし、あの女が問題あると思ったモンを献上して来ないだろ。ハインテランド区教会司祭からってことに建前はなってるが、贈り主は『終焉の魔女アミュ・アティム・パシアフ』だ。…ですよね陛下、ヘルソニア様。それと侍従長と女官長」
「ガーネの言う通りじゃ、ハインテランド区教会からの献上品は基本アミュからじゃ」
「まぁ毒はない、霊力回路に触るくらいで大量に飲まなければなんてこと無いが飲まないほうが無難。飲むなら自己責任、俺は警告したぞ」
「せっかくじゃ、一口だけ飲みたい」
「一口だけですよ。侍従長、新しいグラスをくれ」
「それでよい」
ヘルソニアの手元にある3人の男が回し飲みをしたグラスを指差したディアマントだったが、ガーネに間髪入れずに「駄目」と言われややむくれた顔をした。
そのやり取りを笑いながら見たヘルソニアは手元のグラスを給仕に下げ渡し、ガーネの強烈な監視下のもとに一口だけ含むように柘榴酒を味わいすぐにグラスを没収され、再び拗ねた顔をしたディアマントを見て肩を揺らした。
一瞬毒が盛られたかと冷えた会場内だったが、ガーネの特務メンバーの扱いの雑さに加え毒見まがいのことまで平気でする様子に呆れを通り越して恐怖のような何かを感じ、中央へと視線を向けていた。




