370話「身の程知らず」
「陛下、何かお飲みになりますか」
挨拶が途切れたタイミングでガーネがディアマントに声を掛けると、少し悩んだ様子で小さく頷いた。
「果実酒にする。お前は?」
「護衛中なので、お心遣いだけ頂戴します」
ガーネが指先で給仕を呼び「陛下に」と声をかけた。
「陛下、どれにするんですか」
「白葡萄」
ディアマントの言葉に給仕がグラスに酒を注ぎ、それを差し出すとディアマントが手を伸ばす前に先にガーネが受け取った。
グラスの不自然な曇りがないかを確認し、鼻先を寄せて香りを確認した。グラスの中で軽く酒を揺らして色味や異物がないかを目視で確認してから口を付けて一口口に含んだ。
口の中での違和感が無いことや味がおかしくないかを数秒確認してから喉を通過させ、建前としてはグラスの縁を押さえるかしてから渡した方がいいかとは思いつつも敢えてそのままディアマントへと差し出した。
「問題無いです。お飲みください」
「うむ」
ガーネから受け取ったグラスに、ディアマントは何の躊躇いもなく当たり前のように口を付けて葡萄酒を飲んだ。数口飲んだところで侍従が次に挨拶をしたい貴族の打診を伝え、ディアマントは了承するように小さく頷いて傍に控えていた侍女長に飲みかけのグラスを持たせた。
以前ガーネが懲戒処分にしたファルの家、ローウェン子爵家の評判が落ちたことで、同じ子爵内でも勢いを付けたらしい家が妻と娘を引き連れてディアマントの前に歩み出ると深く一礼をしてから新年の挨拶を述べた。
「陛下、謹んで新年の賀を申し上げます。陛下は相変わらずお美しい」
含みのあるような視線をちらりと一瞬だけガーネに向けてから、まるで関係でも探るようにディアマントに視線を向け直した。
「…近頃、ますますお綺麗になられたのでは?宝石のようだ。本日お召しのルビーも、陛下の白い肌に良く映えて一層陛下の美しさを際立てますね」
「妾はいつも美しい。今日の装飾品はとある家からの献上品じゃ、『美しい妾のために妾の美しさが最大限引き立つように』と職人に仕立てさせた最高級品じゃ。妾が身につけるからこそ美しく、美しい妾がつけるからこそ宝石も美しい」
「陛下ほどのお美しい方には良縁が絶えぬでしょうな。我が息子もまだ独り身でして」
妙におべっかを並べると思えばやはりそっちか、とガーネがぼんやり頭の片隅で考えると、開庭招宴の時ほどディアマントへの縁談打診に苛つかなくなったなということになんとなく思い至った。勿論全く腹が立たないかというとそういうわけでは正直ないが、開庭招宴の時とは明確に関係値が異なることと、ガーネから見てもディアマントはガーネにべた惚れであった。建前でも曖昧な返事をすることは有り得ないと理解している安心感のようなものからそこまで苛立たないのかと自分で整理すると、少しだけ苦笑いが漏れた。
「そうか。良縁に恵まれるとよいな」
ディアマントが比較的すっぱりとあしらうのに対し、子爵は無謀にもめげずに口を開いた。
「もし陛下のお目に留まれば」
「フン、妾の伴侶は妾が決める」
「…でしたら是非、末席にでもお加えいただければ」
「王の側に侍る者は、家の都合で加えるものではない。必要があれば、相応の手続きを踏ませよ」
なかなかガッツがある厚かましさだなとある種ガーネが感心したところで、警備のために動かしていた視線が子爵の連れている娘と一瞬絡んだ。視線に気付いてはいたものの、このタイミングで目が合うということはずっとガーネを見ていたということだろうと、敢えて視線を外し笑顔の消え始めたディアマントの横顔に視線を向けた。
そろそろ前に出るか、と思ったところで、子爵はガーネに視線を移した。恐らく『こっちが本命』とばかりに娘を一歩前に出させた子爵は再度話し始めた。
「それと、娘の方も。是非特務総監殿へ」
周囲の貴族も来賓も、警備で立っている衛兵・近衛や特務もどこか呆れたような顔をして成り行きを見守った。
先程の昼餐会で侯爵が空気を読んだ牽制をした意味が全くわかっていない様子の子爵は満面の笑みで娘を差し出すようにガーネに向かって口を開いた。
「見目も悪くないかと。礼儀作法も一通り仕込んでおります、控え目で殿方を立てる娘です。何より、健康ですし年頃も釣り合うかと」
「ご紹介はありがたいのですが、職務柄あまり女性と個人的なお付き合いを増やすつもりはございません」
「特務総監殿ほどのお立場なら、そのように仰るのも当然でしょうな。ですが娘も、特務総監殿の武勇には大変憧れておりまして。是非一度だけでもお話の機会を」
尚も食い下がる子爵の言葉に、ディアマントがあからさまにむっとし始めた。
「娘さんのお気持ちは光栄ですが、期待に応えられる話ではありません」
再度ガーネが断りの言葉をぶつけるも、子爵はガーネの返答の文脈を理解していないのか少し必死な様子で続けた。
「騎士にも理解があります。危険な職務にも口出しはいたしませんし、『身の回りのお世話』も」
遠回しに便利な女・嫁として必死に売り込む様子に、ガーネはそれまで貼り付けていた建前を取り払うように薄く口元に笑みを浮かべた。どちらかと言うと失笑に近いそれであったが、それまで仏頂面の真顔だった表情から一変したことで子爵一家は何かを勘違いした様子だった。
ディアマントはおもむろに隣に立つガーネの肘に手を添えて腕を組むようにしながら真顔で子爵家を一瞥したことで、ガーネは思わず小さく肩を揺らして笑った。
「…ご息女を軽んじるつもりはありませんが、さすがに些か無理筋でしょう。恐れ入りますが、『家格の釣り合い』というものをお考えになった方がよろしいかと。…『身の程を弁えろ』とまでは言いませんが、少なくとも王城で口にするにはいささか軽率ですね」
「……な、…え、は?」
「その程度の覚悟と見立てで踏み込む相手ではありませんよ、俺は。…失礼、陛下もお疲れのようですのでそろそろ」
ガーネの目配せで侍従が前に出て、子爵一家に下がるように促した。
「あの、ガーネ。ちょっといい?」
話の切れたタイミングを図ってかサイフィルが珍しく少し遠慮したような顔で声を掛け、ガーネは離れる気配のないディアマントをそのままにサイフィルに顔を向けた。
「なんだ、どうした」
「ガーネに贈答品預かって欲しいって、僕とかエイミーちゃんに言ってくる人がいてどうしたらいいかわかんなくて」
「俺宛の個人贈答は全部断われ、特務宛なら女官長か侍従長通させろ。お前もアメジも『警備業務中だ』って相手すんな。どうせ特務の女相手だと断られんのわかってるからお前らに来てんだろ。正規手順踏ませろ」
「わ、わかった」
ディアマントはこれ見よがしにガーネの腕に抱きつき、一部で噂になっていたディアマントとガーネの関係についてのある意味での答え合わせのような状況になりつつあるものの、当の本人たちは全く気にした様子もなく、ガーネもディアマントを腕に絡ませたままその後の貴族や来賓の挨拶の『護衛』をしていた。
「陛下、護衛の邪魔なんですけど」
「問題ない」
「いつまでそうしてるおつもりですか」
「ずっとじゃ!開庭招宴の時より、お前宛の縁談の話が増えた!」
「そりゃ、グリーチェウトの家督継いだら多少はそうでしょうね。俺も自分で言うけど若いし適齢期っちゃ適齢期だし、官職だし」
「お前は妾の犬じゃ!」
「当たり前でしょ、俺ほど忠誠心の深い男なかなかいませんよ」




