369話「昼餐会」
昼餐会は大広間での格式張った席となり、ガーネの指示で先程問題発言をした公国の大公夫妻とエルフ族の使者の席次を急遽変更させ、それに伴って監視の意味での警備配置を変更した。
肝心のガーネはディアマントの近侍護衛として、斜め後ろに起立したまま向けられる視線をあしらい、食事をするディアマントを視界の端に常に置き、真顔のまま周囲の警戒に目を向けていた。
女王の座す卓では比較的穏やかに今後の外遊予定やそれに絡んだ公式公務についてなどの対話がなされており、互いに当たり障り無く歓談し食事が進んでいった。
「近年は公務へのご出席も増え、民も喜んでおりましょう。何か心境の変化でも?」
当然、女王本人もヘルソニアもガーネもこの類の質問は来ると踏んではいた。質問を投げた公爵はちらりとガーネを見てからすぐに女王に視線を戻し、返答を待った。
「民の前に立つのも、王の務めじゃ。……昨年は特に、王都も国内も慌ただしかった。妾自身の目で見て、声を聞く必要があると判断した。それに、以前より頼れる騎士や臣下も増えた故、外へも出やすくなった」
カトラリーを置いてシャンパンを一口飲んだディアマントがすぐ傍に控えているガーネに視線を向け、得意げに笑った。その顔はどこか小娘のような顔をしていたが、周囲も何故かなにかを納得したような顔をしてから小さく頷いて公爵も笑顔で返した。
「王国にとって、喜ばしい変化ですな」
「ロット卿…グリーチェウト卿の方がよろしいですか」
「職務上は色々とややこしいので旧姓で通しておりますがどちらでも構いません」
公爵に続いて侯爵がやや遠慮がちに探るような態度でガーネに声をかけるも、ガーネ本人はさもどうでもよさそうに返答をしたことで侯爵は顔が引きつった。
直前の新年拝謁でのやらかしを2件目の当たりにし、その上でのあの頭の回転の異常に速い切り返しと流暢過ぎる外国語での牽制と護衛としての威圧を思い返し、『どちらでもいい』で済む家格ではないと状況をわかっているのかいないのかわからない別卓の貴族の視線を背中に受けた。
「…特務総監殿はそう仰るが、少なくとも我々は、グリーチェウト家の新当主として敬意を払っている」
「ありがとうございます。…侯爵閣下、私も陛下の『犬』として牙を向く相手や剣を抜いて銃口を押し付ける相手は見誤りませんよ。そんなに怯えなくても大丈夫です、ははは」
冗談なのか笑っていいのかわからない返答ではあったが、先の拝謁でのジェスチェルト伯爵やゲルブ辺境伯への対話を見ると礼節を弁える相手にはそれなりの対応はしていたし、それは数ヶ月前の開庭招宴の際も同じであったことを思い出した侯爵は隣の公爵と共に視線を見合わせ小さく笑った。
「頼もしい御仁ですな、ディアマント女王陛下」
「妾の犬で騎士じゃ。当然よ。腕も立つ、頭もよい。それに美しく愛らしい妾の隣に立たせて見劣りせぬ。つまり、妾が選んだ男じゃ。優秀じゃ」
「陛下そのくらいに」
突然の小娘ムーブの『彼氏自慢』のような口の回り方をし始めたディアマントに対しガーネも『まじかよ小娘』という顔を一瞬浮かべて声をかけるも、ディアマントは止まらなかった。
「先の外遊でも、均衡教徒を30人くらい?だったか、1人でそれだけ始末しおった。10分未満じゃ」
「陛下、30じゃなく21です。盛り過ぎです。制圧と言ってください」
ディアマントの盛り過ぎた評価に同卓の貴族は『寵愛人事』の噂を思い出し、少しだけ苦笑いを浮かべた。しかし、裏付けのように小さく笑ったゲルブ辺境伯がシャンパンを飲みながら口を挟んだ。
「盛ってなどいないでしょう。私は当領当主として実際現場で彼の戦いっぷりを目の当たりにしていますが、見事なものでしたよ。制圧というよりは蹂躙でしょうな」
トーパスへと視線を向けたガーネが『余計な口を挟むな』と目で訴えるのを、喉奥で小さく笑いながらあしらい、煽るような目でガーネを見返した。
「戦だけでなく頭も大層切れる。ビリヤードもポーカーも、彼にはボロ負けしましたよ。この私が」
「妾の犬はチェスも強いのじゃ!妾も一緒に遊ぶ時はいつも勝てぬ!神経衰弱もババ抜きもこの男は強いのじゃ!今度オセロで遊ぶ約束もしておる!」
「陛下、なんでそれ今言うんですか。急な我が家の犬自慢みたいなのやめてくれませんか」
「何故じゃ!」
「…もういいです、早く食事進めてください。他の参列者に食事のサーブが進まなくなります」
引きつった顔で苦言を呈しているとディアマントの隣で明らかにヘルソニアの肩が揺れていた。
唐突に小娘化したディアマントをうまくいなしながら食事を終え、別室で歓談の茶会へと移った。
昼餐会では同卓を比較的友好的な人間で固めたため恙無く食事が終わりすっかり機嫌が良くなったディアマントはガーネの半歩前で侍従から引き継いだ貴族や来賓と言葉を交わし、ガーネは相変わらずディアマントの傍での護衛に徹していた。
「特務総監様」
侍従がガーネの傍に寄り、挨拶をしたいと打診が来ていると声を掛けられた。その人物を聞いてガーネは小さく頷くと、丁度会話が切れたタイミングのディアマントへと声を掛けた。
「陛下、ウチの筆頭分家夫妻が挨拶をしたいと」
「インテグリータ家か。妾も話したい、通せ」
「ありがとうございます」
侍従に了承の目配せをしたガーネは、次いで近くに控えていたスメイラへも合図を送った。
筆頭分家の女当主が促されてディアマントの前へ歩み出て流麗なカーテシーで静かに頭を下げた。
「グリーチェウト家筆頭分家に昇格させました、インテグリーテ家当主のキャメリエ・リーティ・インテグリータとその夫のリチータです。俺の従伯母に当たります」
「新年のめでたきこの日に御前にてご挨拶叶いましたこと、恐悦至極に存じます」
「ガーネの身内ならばそう堅くなることもない、楽にせよ。…あの家とは違うのであろう?ガーネ」
「雲泥の差です。大体、脛に傷のあるような家を俺が筆頭に据えるわけないじゃないですか。当主は俺ですよ」
「違いない。キャメリエ、グリーチェウト家をよく支え王国のために尽くせ。期待しておる」
「ありがたきお言葉に存じます」
「伯母上、ことのついでなので紹介します。特務の連中で、俺の部下です。これは俺の補佐」
「はじめまして、総監補佐のスメイラ・フレイブ・グリウと申します」
「まぁ、ガーネちゃんの。こんなに立派に部下を持つようになっただなんて。…ご丁寧にありがとうございます」
スメイラに視線で指示して整列させた特務を一応と紹介し、代表してスメイラが一礼をした。それを受けたキャメリエはどうにもまだ幼少の頃のガーネの姿がちらついているのか、感慨深そうに立派に騎士服を纏ったガーネと『部下』と紹介された面々を見て深々と頭を下げた。
「伯母上。ガーネちゃんはやめてくんない」
「ま、いけない。つい癖で。…では、陛下。本日はお時間頂戴いたしましてありがとうございました」
「うむ。また改めて、機会があればゆっくりこの男の幼少の頃の話でも妾に聞かせよ」
「ふふ、承知いたしました。では」
再度カーテシーをして下がった従伯母を見て、呼びつけておいて雑に「お前ら散れ」と指示をしたガーネにラズリは小さく舌打ちをもらした。
「はいわかりましたガーネちゃん」
「ぶん殴るぞラズリ」
「え、こわ。パワハラ」




