368話「お姉さん」
「侍女長、陛下の着替えと休憩」
「かしこまりました。陛下、お疲れ様でございました。お召し替えに参りましょうね」
ディアマントを侍女長を筆頭とした侍女に託し、ガーネも少しだけ休憩をしようかと溜息を漏らしたところで、ヘルソニアがガーネに声をかけた。
「ガーネ」
「…はい」
「先ほどのエルフ連中、何を言った」
「あぁ…『美人と聞いてたけどただの小娘、ウチの国の女王の美しさには及ばない見た目が若いだけのただの子供』……みたいな感じですかね」
「ふむ。で、其方はなんと返した」
「俺ですか。『そのガキに国境押し返され続けてるテメェの国はさぞ立派なんだろうな、少なくともウチの国はよその国の女王サマを品評する無礼者を使節に据える礼儀知らずじゃねーよ。お前の国の女王が俺の可愛い女王に随分とライバル心持ってんのはわかったけど喧嘩売ってんのか、その気なら買ったろかブチ殺すぞ』────ですかね?端的に言うと」
昼餐会の警備配置の確認のためにガーネの周辺に自然と集まっていた一同は思わずガーネの顔を見つめて黙り込んだ。
「え、なに」
突然黙られて居心地の悪さを感じたガーネは、エナの用意した水を飲みながら怪訝な顔をして一同を見回した。
「…ガーネ様、エルフの国の言葉わかるの?」
アメジが控え目に口を開き問いかけると、ガーネは『そんなことか』と小さく頷いた。
「日常会話に困らん程度だ」
「シェマードン語って、たしかあそこの国の中でも古語に分類される言語じゃない?だってあの国、『言語不慣れで』みたいなこと言ってたけど公用語はウチの国と同じじゃない」
「らしいな」
スメイラの指摘にもあっさりと返答し、空になったグラスを近くのテーブルに置いてオットマンに腰を下ろした。
ヘルソニアが侍女の用意した軽食のサンドイッチに手を伸ばして一つを齧りながらガーネに視線を向け、再度問いかけた。
「ガーネ、其方何ヶ国語話せる」
「あー、ウチの公用語抜いたら4ヶ国語ですかね。あの舐めた公国の公用語のケーレイン語とエルフのシェマードン古語、北方の魔術部族国の言語と魔女の始祖言語。他は読み書きはそれなりに出来るけど聞き取りはいまいちです、特に妖精種と海棲種。発音が特殊過ぎて単語並べるだけの雑な会話しか出来ません。……おいお前ら、どうせまともに飲み食いする時間も余裕も無い、今のうちに腹に入れとけ」
ガーネもヘルソニアと同じようにサンドイッチを一つ手に取り口に押し込めると、ヘルソニアは妙に感心したように小さく頷いた。
「どこで言語習得をした?」
「…北方部族言語はガキの頃屋敷に使節の人間がよく来てたんで、聞いてるうちに覚えました。始祖言語もまぁ似たような理由ですかね。ケーレイン語とシェマードン古語は趣味の範疇です。文法がウチの国の公用語とほぼ同じで、違うのが助詞と副詞の使い方くらいなので習得は比較的易いですよ」
「其方、ますます政治家向きだな。陛下に進言しておくか」
「冗談でしょ。この世で一番興味関心がないのが『政治』なんですけど」
「…ガーネほど王権に忠実な者はなかなかいないと思うが」
ジェレイドが少し呆れたような顔で口を挟みながら小さなパンを手に取って品良く一口大にちぎってから口に運んだ。ジェレイドの言葉にガーネは鼻であしらうように笑いながら立ち上がり、一同を一瞥してから女王の執務室の方へと足を向けた。
「俺は『女王の犬』だからな」
遠回しに『極右の皮を被った女王至上主義』であることを含ませながら執務室の扉をノックしてから1人中に入っていく後ろ姿を見送った。
一同はナッツやサンドイッチ、スープなどの軽食を摂りながらガーネという男に改めてなんとも言えない感情を抱いた。
「あの男ほんと出来ないことないんじゃないの」
「でもほら、『愛想良くすること』と『趣味を見つけること』と『女の子の髪結い』は出来ないって言ってたじゃん」
ラズリが前室のソファに腰を落としながらサンドイッチを齧り、前室から続く執務室のドアを眺めて小さく呟いた。その呟きを拾ってサイフィルがラズリの隣に腰を下ろすと、いつだったかガーネ自身が自分には出来ないと羅列していたことを挙げて謎のフォローをするも、ラズリは小馬鹿したように鼻で笑った。
「素の状態では確かにあのガキ愛想なんか微塵も良くないわね。けどここにいる全員知ってるでしょ、『外面統裁官』を。それにあのガキ、なまじ器用だから趣味に発展しないだけで『出来ないことを習得する』のが多分趣味なのよ。習得したら満足して終わるタイプね、だから多分女の子の髪も弄ってるうちに出来るようになるんじゃないの。…どうでもいいけど、ああいうのが国を滅ぼすのよね。頭が異常に良すぎる」
ラズリの発言に一同しんと静まり返り何も言えないまま、ヘルソニアだけが小さく笑みを浮かべて肩を竦めていた。
「着替え終わった?」
執務室内に入ったガーネはソファで休憩を取るディアマントに近寄り声を掛けた。
先程とは異なり、銀青のエンパイアドレスに着替えヘアスタイルもハーフアップに結い直したディアマントが振り返ると、待っていたかのようにちょいちょいとガーネを手招きした。侍女長はディアマントに出す茶の用意に一度下がっており、室内は意図せず2人きりであった。
促されるままにディアマントの足元に跪いたガーネは視線を合わせるように顔を見上げ、何を言われるのかと口が開かれるのを待った。
「お前は、妾を侮辱されて怒ったのか」
「また聞いてたのか。当たり前だろ、誰がテメェの女貶されてヘラヘラ笑ってんだよ。お前は可愛いよ」
「ふ、知っておる。……お前は休んだのか」
「さっき水飲んでサンドイッチ一切れ食いました。1分だけ膝借りていいですか」
「よい、許す」
「じゃあちょっとだけお邪魔します」
ソファに座るディアマントの細い腰に抱きつくように膝元に顔を寄せた。抱きついた瞬間に張っていた肩の力がふっと抜け、華奢ながらも柔らかい感触にほんの少しだけ邪な気持ちを抱きつつ午前中だけでしっかりと疲れ果てたガーネは、数十秒目を瞑ってその感触を甘えるように堪能し、きっちり1分で顔を上げいつもの顔に戻って立ち上がった。
「茶飲んだら行きますよ」
「忙しない男じゃ。お姉さんである妾がせっかく甘やかしてやっておるのに」
「後でな、後で」




