367話「新年拝謁」
新年拝謁の時間となり、謁見の間にずらりとならんだ貴族や来賓たち。
順に呼ばれて女王の前に歩み出て、新年の挨拶口上を述べていく。
「新年に際し、陛下の御前へ賀を奉ります。本年も王国の安寧と、陛下の御代の弥栄を心よりお祈り申し上げます」
「賀を痛み入る。本年も其方らの忠節に期待しておる。領地と民を良く治めよ」
「はっ、ありがたき幸せにございます」
挨拶を終えた侯爵家が敬礼をして下がり、元いた立ち位置へと戻ったタイミングで、侍従が声を上げた。
「ゲルブ辺境伯、御前へ」
「は」
トーパスが意味有り気にガーネを一瞥し薄く笑みを浮かべて短く返事を返し、歩を進めてディアマントの前へ歩み出た。
「謹んで新年の賀を申し上げます。我が領と民、変わらず王家への忠誠を尽くすことをここにお誓いいたします」
「うむ。先の外遊は世話になった。その後変わりないか」
「はい、問題ございません。ヘルソニア殿も御健勝のようで何よりです」
「ああ、其方も遠路はるばるご苦労」
「…特務総監殿も。先日はどうも、ありがとうございます。家督の件と、今年ご成年とお伺いしております。おめでとうございます」
「………ありがとう存じます」
「機会がございましたら、是非また一勝負」
「はは、…検討しておきます」
終始嫌味な笑顔をガーネに向けたトーパスが一礼し、ディアマントに最敬礼の姿勢をとってから下がって行く。
警備配置についている特務一同と、外遊の際の謎の因縁を目の当たりにしているジェレイドとエーリックはなんとなく肝の冷えるような思いをしながらトーパスの横顔を眺めていた。
「ジェスチェルト伯爵、御前へ」
侍従の声で、ジェレイドの父君であるジェスチェルト伯爵が妻と長男・長女を伴い一礼をした。
「新年に際し、陛下の御前へ賀を奉ります。本年も我が家一同、王家への忠節を尽くす所存にございます」
「賀を受け取った。伯爵家の忠勤、今年も頼みにしておる。お前の家より優れた近衛を得て、妾も心強く思っておる」
「ありがたきお言葉にございます。…ガーネ殿も、この度はグリーチェウト家ご継承、それとご成年の年とのことで、誠におめでとうございます。新たな当主としてのご繁栄とご武運を、心よりお祈り申し上げます」
「その節はお力添えをいただき、ありがとうございました。お陰様で滞りなく継承を終えることができました。…それと、職務上は従前の名を通称として用いるつもりです。今後ともお含みおきください」
ガーネ自身もジェスチェルト伯爵に一礼し、互いに礼をし合った。
そのままジェスチェルト伯爵一家はディアマントに敬礼をし、下がっていった。
その後も次々と貴族が挨拶を述べ、簡単に対話を済ませるというやり取りをおおよそ60家程繰り返し、貴族の挨拶と教会代表を終えて来賓挨拶へと切り替わった。
「ティエラル共和国使節団、御前へ」
隣国のティエラル共和国は主に獣人族が多く住まう国であり、使節団として狼族と鳥族の大使が前に進み、ディアマントの前で深く一礼をした。
比較的友好的な態度を取るティエラル共和国は、多少の訛りもありつつも当国ヴェルーティン王国と一部周辺国の公用語である言語で祝辞を述べた。
「新年を迎えるにあたり、我が国を代表し陛下へ祝意をお伝えいたします。貴国と王家の更なる繁栄をお祈り申し上げます」
「遠路よりの祝意、感謝する。其方らの国にも平穏と実り多き一年が訪れるよう祈っておる」
「いずれ両国の友誼を更に深める機会として、ぜひ我が国へお立ち寄りいただければ幸いにございます」
「以前よりそなたらの国の文化には興味があってな。機会が合えば、ぜひこの目で見てみたいものじゃ」
「いつでも、お待ち申し上げております。では本日はご挨拶故、これにて御前を失礼いたします」
次いで、辺境伯であるトーパスが軍事的に抑え込み表面上は友好条約を結んだ隣国、ケーレイン公国の大公とその妻が侍従に呼ばれ、前に歩み出て一礼をした。
「貴国王都にて新年を迎えられましたこと、誠に光栄に存じます。陛下の御代に、更なる安寧と栄光のあらんことを」
「新年の賀、痛み入る。両国の安寧と繁栄のため、本年も良き関係を築けることを期待しておる」
「ゲルブ辺境伯殿のお力添えもあり、貴国とは友好条約でよい繋がりを持つことができ光栄に感じております。…此度お見受けして、ますます確信いたしました。特務総監殿ほどのお方であれば、我が公国の姫をお預けするに相応しい。若くして王家の近衛を担い、名家の当主として立たれ、その上これほどのお姿をお持ちとは。いやはや、まこと羨ましい限りにございます」
「…妾の騎士じゃ。当然じゃ」
「辺境を治める武人として名高い辺境伯殿も、さぞご安心でしょうな。これほど優れた若君が王都におられるのですから。……それに、女王陛下もまだお若い。今後の王国を支える柱は、多いに越したことはありますまい。特務総監殿、いかがですかな。ぜひ我が公国との友誼の証として、特務総監殿と公女とのご縁をお考えいただきたい」
この場でガーネに直接縁談話を捩じ込む遠慮の無さに、貴族を始め警備で同席した一同は一瞬言葉を失うように空気が冷えた。
名指しされたガーネはというと、鼻であしらうように小さく笑みを浮かべてディアマントを一瞥すると、あからさまにむっとした顔のディアマントと視線が絡んだ。その拗ねた顔の自覚があるのか、扇を広げて口元を隠しながら脚を組むのを見てガーネは少しだけ肩を竦めて口を開いた。
「過分なお言葉、痛み入ります。ですが、王家と辺境を軽々しく切り分けて語られるのは感心しませんね。少なくとも辺境伯は、その程度の認識で王国を守ってはおりませんので。それに、陛下をお支えする柱がどうこうと仰るのであれば、まず女王陛下への敬意を欠かれぬことです——縁談のお話につきましては、謹んで辞退申し上げます」
低くはっきりとした声が謁見の間に響き、すぐにしんと静まり返った。
明らかに公国側に舐めたことを言われたトーパス自身もガーネの返しに思わずと言った様子で小さく笑い、それが伝播するように失笑が僅かに響いた。
大公はまさかここまでの返しをされるとは思ってもみなかったらしく、一瞬唇を震わせ取り繕うようにディアマントを見つめた。
「こ…これは、失礼を。つい、特務総監殿のお噂があまりにも華々しいもので。女王陛下にも、もちろん最大限の敬意を払っておりますとも」
「そうですか」
ガーネのあしらうような一言に、一層失笑が増えた様子で大公夫妻は慌てて一礼をして下がった。
すぐさまガーネが玉座で不機嫌そうに扇で口元を隠すディアマントに傍寄り、耳元に口を寄せて小さく声を掛けた。
「……陛下、あの公国との交易比率、あとで確認させてください。場合によっては少し締め上げた方が良さそうですね」
「妾が許す」
ガーネの一言であっと言う間に機嫌の直ったディアマントがぱちんと音を立てて扇を閉じると、次に呼ばれた周辺諸外国の大使や使節団らは空気を読んだ様子で当たり障りのない挨拶口上を述べていった。
「────シェマードン王国、大使。御前へ」
南方のエルフが多く住まう国、シェマードン王国は、ディアマントが治めるヴェルーティン王国と同じく女王統治の国である。エルフの女王はディアマントと同じ4000歳相当であり、この新年拝謁に代表として来たのは長老会使節の男と『通訳代わり』の側近だった。
鮮やかな金髪とエルフ独特の尖った耳、年齢を感じさせない20代半ばの容姿の二人組はディアマントに深く一礼したあと形式的に新年の挨拶を口にした。
「これほどお若く美しい女王陛下にお目にかかれるとは光栄です。王国の行く末も、さぞ活気に満ちたものとなりましょう……お傍に控える騎士や側近方も随分お若く見受けられる。いやはや、実に勢いのある王国でいらっしゃる——新年の賀を申し上げます」
広間にいる参列者のほとんどは、この『嫌味』の意味が通じずに一瞬だけ空気が止まった。
ガーネはあからさまに目を細め、ディアマントは口元に笑みを浮かべ、ヘルソニアも薄く小さく笑った。
「ほう、随分と率直な祝辞じゃ」
「若さだけで国が成り立つのであれば、どの国も苦労は致しませんよ。もっとも、我が国は幸い『見た目』だけで人を判断するほど浅い国ではありませんので」
珍しくヘルソニアもちくりと嫌味を返したところで、長老会使節の2人はにこりと笑みを浮かべて一礼した。
「申し訳ございません、王国の公用語が不慣れなもので。貴国に滞在している以上は貴国の言語をしっかりと扱えるようにならないとですね」
わざとらしく流暢な公用語で返答し、肩を竦めあった2人は少しだけ含みのある目でディアマントを一瞥して再度口を開いた。
「大層美しいと聞いていたが、とんだ小娘だ。我が国の女王の美しさには遠く及ばない。ただ見目が若いだけの子供だな」
長老会使節の男が侍従に対し、『シェマードン語』で語りかけた。
ディアマントたちの後ろに控えていた通訳もエルフの言語には慣れておらず、ましてそれまで公用語で話していたために通訳が間に合わずにいたところ、間髪入れずにガーネが口を開いた。
「────ならば、その『子供』に国境を押し返され続けている貴国は、随分と立派な国なのでしょうね。少なくとも我が国では、他国の女王を品評して回る程度の礼儀しか持たぬ者を、使節には据えません」
ガーネの流暢過ぎるシェマードン語での返しに、長老会使節の2人は表情が固まった。
使節の2人だけでなく、ガーネがなんと言い返したのかわからないながらも国の公用語以外の言語で何かしらかを返答したガーネに一気に視線が集まった。
「貴国の女王陛下が、我が女王陛下に並々ならぬ関心をお持ちであることは理解しました。ですが、容姿を引き合いに御前で侮るなら、それは祝辞ではなく挑発です」
続け様に発されたシェマードン語での威圧に、長老会使節の2人は何も返答が出来ずにいた。
侮辱の意図は明確にあったとは言え、まさか4000年近く生きているエルフの年配者くらいしか知らないような、シェマードン王国内ですら古語の扱いになるシェマードン語をここまで流暢に扱われるとは思ってもみなかったからである。
あからさまに声が低くなって視線で相手を殺すのではと言う程に冷ややかに細められたガーネの双眸は真っ直ぐに2人を捉え、玉座の少しだけ後ろに控えていた脚が一歩大きく踏み出て玉座の前に出た。左手は腰に下げた剣の柄に触れられており、いつでも抜刀出来る状態を明確に見せつけてから、ガーネは改めて口を開き一同にもなにがあったか察せられるように公用語で言葉を発した。
「なお続けるのならば、先の『発言』を不敬として正式に取り扱う。────王室近衛騎士であるこの俺の前で、まだ何か言えるのならば聞いておこうか」
「……我が国と貴国では礼節の感覚に差異があったようだ。…先の発言は撤回しよう」
「結構。ならば我が国も、これ以上は無礼を問わない」
顔を引き攣らせた長老会使節2人が形式的に深く一礼し、元いた場所へと下がっていくのを睨みを利かせながらガーネも剣の柄から手を離し元の立ち位置に戻り、視線をヘルソニアと侍従へと向けた。
「…こ、これにて新年拝謁を終了いたします。昼餐会へご招待の皆様は、係の案内に従い大広間へお進みください」
侍従の締めの案内と共に、近侍護衛に戻ったガーネはディアマントの玉座の半歩前に改めて歩み出て手を差し出した。
ディアマントはガーネの手を取り立ち上がると、一同が敬礼する中御前控室と下がっていった。




