366話「機嫌の治し方」
「なんでお前はそんなむくれてんの」
バルコニーでの顔見せを終え、貼り付けた笑顔のまま室内に戻ったディアマントは不貞腐れた顔をしてガーネを睨みつけた。
「ふん!」
「ふん!て、小娘かよ。……スメイラ、どうだった」
小娘のように拗ねた態度を取るディアマントを放置して報告に戻ってきたスメイラへ視線を向けると、声を掛けていいのかと気にかけたような顔でディアマントを見ながら遠慮がちにガーネに近寄った。
「キリ無いから気にしなくていい」
「え、えっと……発火型の呪符持ってた。から、先輩と巫術官と衛兵で確保して連行済み」
「フン、やっぱりな。でも想定してたよりそういう連中少ねーな、平和で何より」
「まあ、あの区画に行く前に持ち物検査とか念入りに実施してるからね」
「妾を無視するな!!」
ガーネの腕を引いたディアマントが声を上げると、侍女長は堪らず小さく笑い声を上げた。
「ミモゼ!!」
「ふふ、……すみません陛下。あまりにもお可愛らしくて、つい」
「で?なんで拗ねてんのかな、お姉さんは」
「女にキャーキャー言われおって!!」
「はぁ?めんどくせーな。俺はお前みたいに愛想振り撒いてねーだろが。新年早々くだらねーヤキモチ妬いてんなよ」
「や、妬いてなどおらぬ!お前は妾の犬じゃ!!」
それをヤキモチというのでは、という言葉を一同は飲み込みつつ執務室へとディアマントを下げ、外の民衆が落ち着いた頃合いで入れ違いに王城へと挨拶に訪れる貴族や来賓の対応前に多少の休憩をさせるためにソファへと座らせた。
「陛下、何飲みますか。外寒かったし温かいのでいいですかね、ミルクティーでいいですね。侍女長、ミルクティーを」
「かしこまりました。特務総監様はいかがなさいますか」
「俺はいらねぇ、護衛中便所行きたくなんだろが」
勝手にディアマントの飲み物を指定し侍女長を下げさせて2人きりになると、ガーネはディアマントの足元に跪き、自分の左腕を伸ばしてディアマントの左手を取った。
「…………なんじゃ」
「機嫌、治す予定は?」
「ない!ふん!」
「まじか、困ったな」
ちっとも困った様子を見せないガーネのセリフにディアマントはますます頬を膨らませた。
「機嫌治せないならこれは外した方がいいかな」
「……これ?なんじゃ」
「俺の手袋、ズラしてみ」
勿体つけたような物言いをしたガーネを一瞥したディアマントは、外気で冷えた細い指先をガーネの左手に伸ばして儀礼用の白手袋を少しだけずらした。
ガーネの手首には、少し前にノルデンでの『デート』でディアマントがねだったお揃いのブレスレットが付けられており、ディアマントはぱっと顔を上げてガーネの目を見つめた。
「機嫌治った?朝からずっと付けてんだけど、俺」
そう言って手の甲では無く手首の揃いのブレスレットに口付けを落としたガーネはわざとらしく首を傾げてディアマントを見上げた。
素直に小さく頷いたディアマントを見て、ガーネは『こんなに御しやすくて大丈夫かこの女』と思いながら肩を揺らして笑って立ち上がった。
少しして侍女長が持ってきたミルクティーのカップを、ディアマントは両手で包むように持ち上げ指先を温めながらゆっくりと口に含んで飲んだ。
少し甘く味を整えられたミルクティーを飲んで小さく息を漏らしたディアマントがガーネを見上げて声を掛けた。
「ガーネ」
「うん?なに」
「このあとも、妾の隣におるか」
「いるよ。反対側にはヘルソニア様もいるから安心しろ」
「ヘルソニアは最近すぐ妾を叱る」
「お前が小娘だからじゃねーの」
「小娘ではない!」
「……と、悪い。ちょっと侍女長とここいてくれ」
部屋のドアのノックする音の少し後に呼びかけるカルセの声に反応したガーネがその場を離れると、謁見の間での配置についての確認の対話をしている様子にディアマントは再度息を漏らした。
「お疲れですか、陛下。外お寒かったでしょう」
「少しだけじゃ。妾はまだ平気じゃ」
侍女長がディアマントのドレスの上に着せていたケープを外し、風で少し乱れた髪を整えた。
少ししてガーネが執務室内に戻ると、時計に目を向け時間を確認しながら声をかけた。
「あと10分で移動するぞ。便所いいのか、次また長いぞ」
「べんじょとはなんじゃ」
「お手洗いですわ、先に少し下がってお化粧直しもしましょうね陛下」
「さっさと支度済ませろ、廊下で待ってる」
「かしこまりました」
廊下に出て深々と溜息を漏らしたガーネを見て、入口付近に控えていたジェレイドが苦笑いを漏らして顔を向けた。
「陛下のご機嫌は治せたのか、ガーネ」
「あの程度ならな、あの女チョロいから。可愛いだろ」
「……ガーネ」
「あ?なに」
「その……いつから、陛下と?先日聞きそびれてな。興味本位だ」
「あー、うーん……ちゃんと『付き合う』みたいになったのはノルデン行く前だから、2ヶ月くらい」
「そうか、おめでとうと言っていいのか」
「なんだそれ。……ジェレイド、今更好きだのなんだの言ったとこで絶対譲らねぇからな」
「……何を、君は」
ジェレイドがかつてディアマントに思慕の念を抱いていたことを知っているガーネは釘を刺すように牽制しながらわざとらしく鼻で笑ってあしらった。
「アレは俺の女だ」
「…今更、君たちの間に割って入るほど私もバカじゃない。それに、陛下には確かに多少の憧れのような気持ちは抱いたことは間違いないが……君の陛下に向ける感情とは、全く異なるだろう。見ていてわからないか」
「わかんねーから牽制してんだろ。あの女も比較的面食いらしいし」
「顔で言うなら君の方が整っているのではないか」
「そうかぁ?まぁ、まずそもお前と俺とじゃ顔面の系統がちげーからな。俺の顔はよくわからんが、お前の顔は割と整ってると思うけど」
男同士で繰り広げられる新年早々の雑な会話をしている最中、背後の扉が開かれて侍女長とディアマントが顔を出した。
「なんの話じゃ」
「聞こえてたクセに。お前の悪口」
「そう言えばガーネ、お前よく妾の悪口を言っておるな」
「あー、『理屈も力も全部揃えてその上で平然と無茶を通す傍若無人というドレスを纏ったとんだワガママ女』とかか。なかなか冴えた悪口言ったと思うぞ俺」
「妾の顔が可愛くなければ泣かすとも申しておったな」
「こないだ泣いてたじゃん。可愛かったな。まあでも俺が見たいのはそういう泣き顔じゃねぇからな、ははは」
「覚えておれ!!」
謁見の間へ向かう長い廊下を歩く最中で軽口を叩き合い、ディアマントはすぐに拗ねた顔をした。しかし、先程までの拗ねた顔とは異なり単純にガーネに言い負かされた時の拗ねた顔であり、ガーネは可愛らしさに肩を揺らして笑いながら化粧や髪が崩れないようにそっと頬を撫でた。
「さ、ここから先は『女王陛下』の顔でお願いしますよ、陛下」
御前控室にディアマントを通し、一度ソファへ座らせた。
覗き格子から広間を確認し、室内で待機していたヘルソニアに視線を向けた。
「ヘルソニア様、国内貴族今回どのくらい御前に出しますか」
「前後はするだろうが50くらいか。その後教会側と国外来賓だな」
「かしこまりました。陛下、会話に困るようでしたら目配せを。ヘルソニア様と俺で処理します」
「うむ」
「エナ、出る前に俺に水くれ」
「かしこまりました」
グラスに入った水を受け取ったガーネは口を付けてほんの一口だけ唇を濡らすように口に含みすぐに下げさせようとするも、ディアマントがそのグラスに手を伸ばした。
「なに、飲むのか。新しいの貰え。エナ、もう1杯」
「これでよい」
ガーネの手からグラスを取り上げたディアマントは、同じように一口だけ口を付けてエナに手渡した。
そのままガーネに得意気な顔を向けたディアマントは、室内にいる侍女や侍従、女官たちからなんとも言えない顔を向けられ、ガーネは思わず苦笑いを浮かべた。
「大概にせーよ、小娘が」




