364話「釈放」
帰城しての入院措置から早1ヶ月が経過した。
王城内はすっかり年末の忙しさにバタついており、年明け早々にある『新年会』、『成誓式』、そして15年振りの開催となる『律衡評定』の準備で各部署が忙しく過ごす中、12月中旬のとある日の夕方、ガーネはようやく『退院』の扱いとなった。
「あー、やっと出所出来た」
「脱獄だの出所だの、監獄みたいな扱いやめてくれる?」
「似たようなモンだろ」
1ヶ月以上ぶりに特務室の自席に着席したガーネは、自分の権限が必要な書類は適宜療養室に回させていたとは言え想定以上に書類が机にないことに思わず眉を寄せた。
特務の一同も、ラズリ以外には『宿題』を出していたがやはり暇なことは変わりない様子であった。
「ねーガーネ、超暇だよ」
「暇なら暇なりに過ごせばいいだろが、別に俺は遊ぶなとか休むなとかは一言も言ってないだろ」
退屈そうに訴えるサイフィルをあしらいながら書類を一旦確認したガーネは背もたれに深く寄りかかるように座り直し、盛大に溜息を漏らして自分の腕を眺めた。
体力の衰えが自分で自覚していた以上に顕著であり、さすがにこの程度で疲労を感じて伏せるほどではないものの、明らかに体重も筋力も体力も落ちておりやや細くなった腕を見て再度溜息が漏れた。
「どか食いしたら手っ取り早く身体戻るかな」
「ガーネ様が戻したいのは脂肪じゃなくて筋肉でしょ。ただのどか食いなら体重は増えるかもしれないけど。どのくらい落ちたの?」
アメジが少し呆れたような顔で視線を向け、見た目にもかなり痩せたガーネの身体をまじまじと見つめた。
「体重は6kg減、握力も多分今60前後じゃねぇか、元々80か90くらいあったハズだけど。ベンチも100は上がらねぇだろうな。130くらい上がったのに」
「十分じゃない?なに握り潰してなに持ち上げる気?」
「踏み込みが軽すぎる。握りが弱いと武器すっぽ抜けるし打撃の威力も落ちるし、衝撃に負けるし手首や指痛める。拘束も弱くなる。押し負けるし組み伏せも甘くなるし、防御で体勢が崩れる。全部それ込みで身体作ってんだよ俺は」
現状の自身の身体の衰えを忌々しそうに返しながら書類の処理を終えると壁にかかったカレンダーを眺め頬杖をついた。
「……それにしても、連中の音沙汰がなくなって1ヶ月半近くか。気持ち悪ィな」
「それならそれで別にいいんじゃない?とは思うけど」
スメイラもガーネの指示した過去の事件の記録をまとめる以外は特にすることはないため、比較的普段よりも暇そうな様子で優雅にコーヒーを飲みながら返答をした。ガーネ自身、別に脅威が無いに越したことは全くもって無いため、来ないのであれば来なくても一向に構わない。ただ、嵐の前の静けさが過ぎる状況に不振感もありつつ、『お払い箱か』とほんの少しだけ自嘲を禁じ得なかった。
「……もしほんとにそうなら特務は解散かね、となると俺は警察官に戻るのか」
「騎士は?」
「あー、どうすんだろな。…ところでスメイラ、3日くらい籠ってもいいか」
自分で言っておいて『用無し』になるのかと少しだけ息が詰まるような感覚に、半ば無理矢理話題を変えた。
「え?別に、今更構わないけど。…今度はどこ行くのよ」
怪訝そうな顔をしたスメイラが思わずラズリに視線を向け、ラズリも腕を組んでガーネを見た。
「どこも行かねぇよ。城ン中にはいる。……来月の律衡評定の準備、年末のうちにしとかねぇと」
書類の束をまとめ直したガーネが少しだけ面倒そうな顔をしたのを見て、一同肩を竦めた。
「『御当主様』だもんね」
「継ぐと決めた以上覚悟はしてたが、面倒は面倒だよな。なんやかんや1月は忙しそうだし、珍しく陛下も新年のお手振り出るとか言ってるから、そうなると警備も考えねーといけないし。今更愛想なんざ振り撒かなくてもいいと思うんだけど」
とりあえずはすべきことをするしか無いと、新年の行事においての諸々の警備案やらの仕事に取り掛かったガーネは、退院当日にも関わらず自室に戻ったのは23時を過ぎていた。
ポケットからキーケースを取り出し、部屋のドアに鍵を差し込んで回した。部屋に戻るのは数週間振りであるが、違和感に眉を寄せた。
侍女であるエナが部屋を整えているのは把握しているが、『明らかに普段と異なる』違和感にガーネはホルスターに納めた拳銃を右手に構え、足音を立てないように私室へ続くドアへ近寄った。
ゆっくりとドアノブを回し、無人のはずの室内から明かりが漏れる様子に息を潜めた。
中にいるのは1人と気配で察し、ドアを蹴り開けて銃を向けた。
「……なんじゃ物々しい」
「………………は?なにしてんのお前」
ソファに寝転がって読書に興じていたディアマントが背もたれ越しにちょこんと顔を覗かせ、ガーネは脱力しながら銃を下ろした。
「そういや、合鍵持たせてたな。なに、何の用」
「何の用とはなんじゃ!『恋人の帰りを合鍵で待つ』やつじゃ!」
「なにお前、その格好」
「ふふん、『彼シャツ』じゃ!」
ソファに座り直したディアマントの隣に座ろうと正面に回ると、退院直後のガーネには目に毒過ぎるディアマントが得意気な顔で腕と脚を組んで座っていた。
体格差があり過ぎる故に相当にブカブカな自分のシャツを纏いこれ見よがしに脚を露出した姿にガーネは盛大な溜息を漏らしながらシャツの裾を掴んだ。
「この下なに着てんの?……フーン、黒か。いいじゃん」
「嬉しいか」
「嬉しくない男なんているのかね」
ディアマントの身体を抱き上げて膝の上に乗せると、肌の感触を堪能するように腰を抱いて脚を撫でた。
「で?なに、今日は『お泊まり』なのか」
「うむ!お前が戻るのが遅いから妾から来た。今日療養室を出たのに働きすぎではないのか。特務は今暇であろう」
「特務が暇でも俺は忙しいだろ。お前が新年に民衆に愛想振りまくとか吐かすから警備考えなきゃいけないし、律衡評定の準備もしなきゃいけねぇだろ。つーことで前約束した通り明日から3日部屋貸せよ」
「妾も行く!」
「だーめ」
「いやじゃ!妾も!」
「律衡監査だぞ、だめだ。さすがに王族でも同席させられない」
「一緒がいいっ!妾もーっ!!」
「なら部屋貸さなくていい、10日くらい出る。家帰るか南に行く」
「もっといやじゃ!!」
「どうする、10日会えないのと3日だけ我慢するの」
「……み、3日我慢する…」
「いい子。じゃあ今日は少しだけ可愛がってやろうかな」
すっかりガーネのペースであしらわれたディアマントはむくれた顔をしてガーネを睨みつけるものの、ガーネにとってはただただ『可愛い』だけであった。
「はは、可愛い。好きだよ」




