363話「脱獄」
「…ガーネ、君は一体何を」
見舞いに来たジェレイドがやや引いたような顔をしてガーネを見た。
「あん?アレだ、なんか身体が鈍ってて」
真顔で警棒を握って素振りをするガーネはしれっと言い返しながら小さく息を漏らして警棒をベッドに置いた。
「体調はどうだ」
「体調は問題ないが、完全に筋力と体重落ちたな。戻すのに時間かかりそうだ」
「そうか。食べられるか、これ。一応君のところの医官に許可はもらっているが」
「なに」
ジェレイドが差し出した紙袋の中に入ったフルーツゼリーを見て「サンキュ」と言いながら受け取り、どれを食べようかと吟味し始めた。
「『脱獄』はいつぐらいになりそうなんだ」
「まぁ早ければ2、3日以内とは言われたな。でも知っての通り特務がバカ暇過ぎてせっかくだからきちんと療養しとくかなって気持ちも無きにしも非ずなんだが、いかんせん暇すぎて」
ガーネは桃のゼリーを選んで蓋を開けるとそのまま一口頬張ったのを見て、ジェレイドは近くの椅子に腰を落とし、腕を組んでガーネを見た。
ガーネが倒れて入院措置まがいに療養室に押し込められて早3週間が経過したが、見た目だけならばかなり通常運転の様子である。しかし、ガーネが比較的無茶しがちであることを知っているジェレイドもどこか呆れたような顔をしていた。
「君は怪我が絶えない男だな、本当に」
「俺だってしたくてしてるわけじゃねぇっつの。痛いのやだし。…お前、肋と肺は気を付けた方がいいぞ。まじで息出来なくて激痛だから」
「……気を付けよう。……ところでガーネ、君、来月誕生日らしいな」
「げ、どこから聞いたんだその話」
「陛下から。成誓式と合わせて誕生会をすると張り切っていたが…何か欲しいものでもあるのか。20歳の記念だ、なにかプレゼントしよう」
「ねーよ、俺そんな物欲ないし。自分で言うけどそこそこ金持ちだから誰かになにかもらわなくても自分で買えるわ。強いて言うならそういう『誕生会』とかやめて欲しいくらい」
「だめじゃ!」
バン!と勢いよく扉が開き、小娘もとい女王が顔を出した。
「またうるさ可愛いのが来た。お前、きちんと仕事終わらせて来たんだろうな」
「当たり前じゃ。誕生会はするのじゃ!」
「勘弁しろよ、なんでそんな晒し者になる必要あるんだ俺の誕生日ごときで」
ディアマントが現れたことでジェレイドが座っていた場所を動こうと腰を上げたものの、ディアマントは真っ直ぐにガーネの傍に寄って当たり前のようにベッドに腰を下ろした。
「なにを食べておる」
「ゼリー。お前も食うか」
「妾はもうすぐ夕餉じゃ、侍女長に叱られる。…ところで近衛総監よ、妾の犬の誕生会はどこまで招待状を出すべきだと思う。妾としては国を上げて祝賀行進でもしようかと思うのじゃ」
「まじでやめてくんない、ほんとに」
「へ、陛下。さすがにそれはやり過ぎかと」
「妾の愛犬の20歳の誕生日じゃ、めでたいであろう」
「国外逃亡しようかな…」
そう言ってゼリーを食べ終わったガーネはディアマントの身体を抱き上げて膝に乗せた。
完全に体力も筋力も落ちているなと痛感しつつディアマントの首元に顔を埋め匂いを嗅いだ。まるで猫を吸うような様子に、見せつけられているジェレイドは思わず苦笑いをして時計を見た。
「そろそろ戻るとするよ、邪魔したな」
「おー」
ジェレイドが立ち去ると、ガーネは抱き締めたディアマントの身体を堪能するように抱き竦めて項に吸い付いた。
ぴくりと肩を震わせて反応したディアマントの胸元をまさぐるようにドレスの襟元に手を差し入れ、裾を少し捲り上げて素足に触れて撫で回し始めたところで、ディアマントが小さく名前を呼んだ。
「…ガーネ?」
「なんだ」
「……あの、えっと…」
歯切れの悪いディアマントに面倒そうに顔を上げると、入口ドアの窓越しに冷ややかな顔で睨みつけるラズリとなんとも言えない顔をした特務の一同と視線が合った。
「アイツらなんてタイミングの悪い連中なんだ」
悪びれもなくガーネが呟いたところで、静かに怒り心頭のラズリが扉を開けて口を開いた。
「盛るな!!」
「盛ってねーよ、まだ。ちょっと触っただけだろ」
「それが盛ってるんだよクソガキが!!!」
ディアマントと並んで説教をされたガーネはものすごく不服そうな不貞腐れた顔をした。
「俺悪くなくね?」
「は?」
「コイツが可愛いのが悪い」
「なぜ妾のせいなのじゃ」
「大体全部お前が悪いだろ」
「アンタが悪いわよ!!!」
「なんでだろう…」
なぜ怒られているのか全く理解していない顔のガーネにラズリは盛大過ぎる舌打ちを漏らし、振り回していた警棒も没収した。
「筋トレも禁止!」
「だって身体鈍るだろ」
「療養しろ!!」
ラズリの特大の雷が落下したところで、スメイラが「まぁまぁ」と間に入ってガーネに資料を差し出した。
「君が言ってた均衡絡みの事件の洗い直し、とりあえず向こう15年」
「…カルセ、お前今いくつだっけ」
「わたくしですか?360歳ですわ」
「スメイラ」
「え?」
ガーネが視線でカルセを指してからスメイラに視線を移し、スメイラも言わんとしていることを察して小さく頷いた。
────少なくとも、360年前まで辿れ。
そういうことだろうと判断し、特務の一同はディアマントに一礼して部屋を後にした。
「陛下」
「な、なんじゃ」
「ここ出たらお願いがあるんですけど」
「…お願い?」
「『例の部屋』、2日か3日ほど俺に貸してください」




