361話「寿命」
「とにかくだ」
一度仕切り直すようにガーネが口を開き、スメイラに視線を向けた。
「連中の動きがないのが不穏でしかない。が、逆を言えば暇な今のうちにやれることはいくつかある。過去の連中絡みの騒動全部洗い直せ」
「りょーかい」
「カルセ、お前は教会施設の運用その他調べてまとめとけ。フローストみたいな妙な引っかかりは事前に潰したい」
「かしこまりました」
「バカとゴリラはスメイラの指示に従え」
「なんで毎回あたしたちそういう扱いなのよ!」
「ところで陛下」
「え、無視?無視したこの人」
ガーネがサイフィルとアメジを無視してディアマントに視線を向け直すと、ディアマントは少しだけ怪訝そうに眉を寄せた。
「なんじゃ。誕生会は開催するぞ」
「んなくだらねーもんどうでもいいんだよ。お前に言っとこうと思ったこと思い出した」
ゴシップ好きのスメイラがガーネのその発言にまた公開告白ショーのような見世物でも開催されるのかとやかましいサイフィルとアメジの口を塞ぎ、ガーネに目を向けた。
ディアマント自身も期待半分、危惧半分といった顔でガーネを見上げ、小さく首を傾げた。
「お前、俺が禁書庫開けるまであと2年はかかると思ってたみたいなこと言ってたよな」
「……言ったな」
「俺、『23、4で死ぬと思う』って話てたじゃん。覚えてるか」
「忘れるわけなかろう」
ガーネの死期予想の話に、特務だけではなく正面に座ったエーリックも小さく息を飲んだ。
先ほどまで20歳の成年の話をしていたばかりにも関わらず、そこから5年以内に死ぬ予想をしている話や実際半月前に本気で9割の確率で死んでいたことを思い返せばなかなかに重すぎる話題であった。
ディアマントもその先を聞きたくないような顔をしつつ、ほんの少しだけ視線を泳がせ、どこか縋るような助けを求めるような不安に揺れた目をエーリックへと向けた。
しかし、次いで紡がれた言葉はディアマントの『聞きたくない』と想定した真逆の言葉であった。
「俺、多分だけど寿命延びたわ」
「……え?」
「わかんねぇけど、23、4で死ぬって感覚がなくなった。理屈がわからんから説明は出来ねぇけど。でも、お前の予想通り22くらいで禁書庫開けてたら23くらいで死んだんじゃねぇかなとは漠然と思う」
「…そ、う…か。…そうか…」
未来は変わることが多々ある、とガーネに説教をしたことを思い出したディアマントは、小さく安堵するような息を吐き出してガーネの病衣の袖をそっと掴んだ。
「とは言え別にそんなに長生きしそうな気配はないからまぁ30まで生きれば御の字じゃねぇか。知らんけど」
そう雑に言ったガーネが少し疲れた様子で小さく欠伸を漏らしたのを見て、ラズリが『そろそろ撤収』と声を掛けた。
「わ、妾はまだいやじゃ」
「毎日来てるでしょ。明日にしなさい。言っとくけど、このクソガキ普通にしてるけど発熱してんの」
「……ガーネ、明日はオセロにする」
「はは、なんでもいいよ。どれやったところで俺に勝てるわけないんだから、せいぜい自信あるやつ持ってきな。また明日な」
少しむくれたような顔をしたディアマントだったが、『また明日』と約束をしてくれたことで少しだけ安堵の息を漏らした。
カルセが前室で待機していた侍女長を呼びに行き、迎えに来たことでディアマントも渋々立ち上がったのを見てガーネもソファから立ち上がった。
まだ10日目にも関わらず無謀にも退院を訴える口とは裏腹に、身体は依然として回復しきってはいない。常人より治りが早いとは言え、早々すぐにどうにかなる程度の怪我では当然ない。立ち上がる際に一瞬苦痛に眉が寄り、エーリックが慌ててガーネの身体を支えるように手を伸ばした。
「すんません」
「そう思うなら早く治してくれ」
*****
翌日夕方前、ディアマントと共に侍女長とエナがガーネの療養室を訪れた。
部屋には白衣を着たラズリがおり、侍女長とエナが静かに一礼をしてから傍に寄った。
「ガーネ様、お加減いかがですか」
エナが心配そうに声をかけると、ラズリが唇に人差し指を当てて「し」と静かに返した。
「ちょっと熱上がって、薬で眠ってるとこ。多分もう少ししたら起きると思うけど」
「…陛下、出直しましょうか」
「い、いやじゃ。傍にいる。…ラズリ」
「静かにしてること。昨日みたいに、長時間座ってチェスだのなんだのは今日は禁止。仕事しようとしたら取り上げて。いい?」
「うむ」
「ラズリ様、こちら特務総監様お召し上がりになれますでしょうか」
侍女長が持参した籠に入ったいくつかの瓶に、プリンやフルーツのコンポートが入っているのを確認したラズリは小さく頷いた。
「冷たく冷やし過ぎないで。ご飯ほぼ食べれてないから、無理のない範囲でならむしろ食べさせていいわ。ただ咳が出るようだったらすぐやめさせて」
「かしこまりました。良かったですわね、陛下」
「ミモゼ!」
「ふふ、失礼いたしました。ではわたくしたちは下がりますので」
侍女長とエナはベッドの傍に椅子を用意してから再度静かに一礼をし、部屋を出て行った。ラズリはそれを見送ってからガーネの体温と点滴を確認し、カルテを抱えて部屋を出た。
ディアマントはガーネのベッドの傍の椅子に腰を下ろし、ガーネの寝顔を見つめた。少しだけ身を乗り出して頬杖をついて、ガーネの上下する胸元に目を向けてそっと手を伸ばした。とくとくと病衣越しに心臓の拍動を感じ、そのまま首筋に手を滑らせた。
汗ばんだ肌は熱を持っており、少し痩せて筋張った首元に触れて小さく息を漏らした。
「…生きておる」
「……当たり前だろ…」
寝起きの掠れたガーネの声に慌てて顔を向け、視線が絡んだ。
「…なんでまた泣きそうな顔してんのかな、お姫様」
「泣いておらぬ、バカモノ」
「失礼しました。…ディア、ちょっと来て」
泣きそうな顔をしたディアマントの頭を撫でたガーネの手がそっと後頭部に回り、ディアマントも素直に顔を寄せた。
重なった唇が熱のせいで妙に熱く、少し乾いていた。




