360話「コンパウンド」
「気持ち悪いな。また俺の座標でも観測されてんのかな」
そうは言っても、ガーネにしてみても敵側である邪教の思想も考えもなにも理解は出来ないために『来ないものは仕方がない』と切り替えて書簡に手を伸ばした。差出人と封蝋を確認し、周辺を見回した。
「その辺に封切りないか」
「…見当たりませんわ。用意するようにお伝えしておきますわ。借りて来ましょうか?」
「無いならいい」
カルセが気を使おうとするも、わざわざ借りてくるほどの書簡ではないとガーネは雑に封蝋を割って封を開いた。
「げ、封蝋素手で割る?いいの?」
「俺ん家からだ。問題ない」
中の便箋を広げ文字を目で追うのを見て、ディアマントは首を傾げた。
「『嚆矢』の件か」
「そうですね」
「どうなんじゃ、その後。順調か」
「食事も歩行も問題無さそうですね。今は『眠ってた』14年分の情勢とか色んな知識補填中みたいです」
「14年、か…」
ディアマントがガーネの隣で姿勢を変え脚を組んだところで、あからさまにガーネの視線が足元に注がれた。ドレスのスリットから覗く白い肌を見ておもむろに手を伸ばし、一同は「まじかコイツ触るのか」と思ったところでガーネの手はディアマントのドレスの裾を引っ張りそのまま肌を隠した。
「ひざ掛け」
数分前までディアマントが座っていた正面のソファに座るエーリックに雑に声を掛け、ひざ掛けを投げ渡されるとガーネは有無を言わさずにディアマントの足元に掛けた。
「ひゅー、紳士だねガーネ」
茶化すようなエーリックの物言いにあからさまに眉を寄せつつちらりとディアマントを一瞥してから小さく舌打ちを漏らした。
「紳士とかじゃなくて、俺のだからだ。俺の脚」
「妾の脚じゃ。ところでガーネよ」
「なんだ」
「お前、来月誕生日じゃな」
「あー……まぁ、そうですね。そういえば」
誕生日、のワードに全員思わずガーネの顔を見た。
「成年式の歳じゃない。…陛下、王城勤務者って成年の成誓式、たしかまとめて執り行ってたわよね」
「うむ。妾の公式公務のひとつじゃ。お前も出よ」
ラズリの問いかけにディアマントは得意げに頷きガーネに視線を向けるも、ガーネはものすごく面倒そうに眉を寄せて返した。
「めんどくせ。どうせ名前呼ばれるだけだろ、それにめんどくさい中16の成人の時は伯父の顔立ててそういう式典出てるから、もう腹いっぱいなんですけど」
「アンタ、成人と成年は違うのよ。ましてやアンタ自分の立場と肩書考えなさいよ」
「とは言うけどさ、19の今だって若干の例外はあれどほぼ成年の実務してんだろ。今更なにを」
ヴェルーティン王国では16歳を『成人』、20歳を『成年』と法律上位置付けており、単純に『大人の仲間入り』扱いをされる成人は義務教育の終了と婚姻の法的許可、飲酒・喫煙・成人娯楽遊技場への出入り許可などがある。対して『成年』ともなると、家督・当主権限の正式行使や爵位継承の完全承認、官職・指揮権の正式付与、後見人・保証人になる権利、裁判や訴訟の単独対応、遺言や相続関係の完全な法的効力など、端的に言ってしまえば社会的責任と公的権限が完全に認められる年齢となる。
ガーネ自身19歳という年齢で前当主の死亡等による例外適用をされていることと、女王直下の身分がある立場であるため、比較的様々なところで『王室監督下特例』が適用されていた。
成誓式とは、一般的には地元役所や教会で、満20を迎えた者が登録名を読み上げられ、家族や地域代表に祝われる。官職持ち・貴族・旧家はまた異なり、王城や領主館で、所属や家名に対して責任宣誓を行い、家督・官職・婚姻・財産管理などが「完全に本人の責任」として扱われる。
そしてガーネ含む王城勤務者は、職務上の節目として、上長や女王から祝辞・記念品・徽章などが授けられる比較的正式な式典の扱いとなる。
ガーネはラズリに言われた『自分の立場と肩書』を考えると、ただ名前を呼ばれるだけで終わるはずがないと非常に嫌そうな顔をした。
「一応聞きますけど陛下。他の同い年連中と一緒に名前呼ばれるだけですか」
「馬鹿を言うな。お前は旧家の成誓も官職の成誓もある」
「めんどくせ。無理。ほら、俺入院中なんで」
「アンタこういう時ばっか病弱になるんじゃないわよ。どうせ傷の治り早いし耐えられなくてさっさと退院したがるでしょうよ」
「それが終わったらガーネの誕生会をしよう、決まりじゃ。なにが食べたい。プレゼントは何が欲しい」
「もっといらねぇわ。この歳になって誕生日とか、ガキじゃねぇんだぞ」
「あとついでに」
「なんだよまだなんかあんの?」
『ついで』と発したディアマントがやや真面目な顔をしてガーネを見上げ、少しだけ姿勢を正した。
「14年、無開催だった『律衡評定』が定例で行われるのが、1月じゃ。今回15年ぶりの開催となる」
「……フーン」
律衡評定、と言われたガーネはディアマントと同じように少し真面目な顔になったものの、他の一同は今ひとつぴんと来ていない様子の顔をした。
「女王様。律衡評定ってなんですか」
サイフィルが間髪入れずに挙手をして問いかけ、ディアマントはサイフィルに視線を移した。
「1年に一度行われる、定例評定じゃ。王城の責任者と、教会のトップ、それと『嚆矢の魔女』『終焉の魔女』と…『律衡家当主』が集まって、世界均衡の現状確認や王城・教会・魔女・律衡家の方針を話し合うものよ」
「じゃあガーネも出るの?ていうか、そんな会議してるの僕初めて知った!」
「当たり前だろ。…多分、今の王城責任者で参加経験あるのなんか魔導師長と巫術官長と…侍従長くらいじゃねぇのか」
「例年、律衡評定に合わせて成年の成誓式を執り行っておる。なので1月は忙しい」
「げ」
その話しを聞いたガーネは一気に色々と面倒になり、いっそのことこのまま大人しく3ヶ月程度入院でもしていようかと真面目に考え始めた。




