539話「不穏の気配」
北の地、ノルデンでの魔女解放の儀と特務総監ガーネの負傷。
王城へ帰城後に再度昏倒し、ようやく目が覚めてから早10日が経過していた。
見舞いと称して毎日小娘化した女王ディアマントの遊びに付き合わされているガーネは、ソファでディアマントと向かい合いチェスの相手をしながら片手間に書類の確認をして退屈そうにすごしていた。
「…はい、チェック」
「またお前は妾の駒を奪う!」
「チェスってそういうモンだろ」
女王相手でも容赦のないガーネに連敗したディアマントはむくれた顔をしてガーネを睨んだ。
「なんだ、可愛い顔しやがって」
「もう一回じゃ!!」
「別にいいけど。負けず嫌いだなお前も。じゃ、駒並べ直して」
「妾、お前の隣でやる!!」
「はいはいどーぞどこでも好きなところお座りください」
ディアマントがガーネの隣に移動し、ガーネも少し詰めるように場所をずれた。一瞬だけ胸元の痛みに顔を曇らせ息が詰まると、ディアマントは目敏くそれを見て不安そうな顔をした。
「い、痛むのか」
「急に動くとさすがにな」
安心させるように隣に座ったディアマントの頭をぽんぽんと軽く撫でてから、手元にあった書類にペンを走らせサインをした。
「お前は妾と遊ぶのか仕事をするのかどっちかにせよ!というかなぜ仕事をしておる!」
「お前も仕事しなくていいのか、毎日毎日顔出してくれんのは嬉しいけど」
「妾はきちんとすべきことを終わらせてから来ておる!!」
「フーン」
ばさっとテーブルに書類を投げ置いたガーネは、そのままディアマントの頭を撫でていた手を後頭部に回した。なんとなくキスでもしたくなって少しだけ引き寄せようとした瞬間、扉がノックされる音と共に遠慮も容赦もなく開かれる音がした。
「ガーネ!お見舞い来たよ〜!お見舞いも持って来たよ〜!」
「チッ!」
「え、なんで舌打ちされたの!?」
「陛下もいらしてたんですか」
ぞろぞろと入ってきた特務のメンバーと衛兵総監エーリックがソファに並んで座っているディアマントに気付くと慌てて敬礼をした。
「構わぬ。楽にせよ」
ディアマントの声に一同は姿勢を正し、ガーネは煩わしそうに一同を見た。
「早く帰れ」
「今来たばっかり!」
「大体見舞い持って来たってなんだよ」
そこでサイフィルとエーリックが顔を見合わせて肩を竦めた。
「男子の見舞いと言ったら、なぁ?」
「ねぇ?」
「まーたエロ本か。一応見せてみろ」
「ガーネ、えろほんとはなんじゃ」
「お前は知らなくて良いんだよ」
ガーネは一応と言いながらディアマントに見えないように中を検め、目を細めながらそれを閉じて紙袋にしまい直した。
「サイフィル、お前いい加減にしろよ。俺は脚派だと何度言ったらわかるんだ。大体抱ける女がいるのにこんなんで自家発電するかよお前じゃあるまいし」
「ガーネ、じかはつでんとはなんじゃ!」
「お前は知らなくて良いんだよ!」
紙袋をサイフィルに返却し、処理の終わった書類を呆れ顔のスメイラに渡してから邪魔な外野は早く帰ってくれないかなと言わんばかりに無言で腕を組んだ。
「ま、それよりさ」
「それよりじゃねーよ早く帰れよ」
遠慮も断りもなく正面のソファに腰を落としたエーリックに真顔で突っ込みつつガーネは背もたれに寄り掛かるように深く座り直した。
エーリックはものすごく微笑ましいものを見る目でガーネとディアマントを見てから小さく笑った。
「心配してたけど、お前人目も憚らずに『愛してる』とか言っちゃう男なんだな」
しみじみと呟いたエーリックの言葉に、ディアマントは思い出したように顔を強張らせて隣のガーネの顔を見上げた。ガーネはカップに入った紅茶を飲みながら鼻で笑い、雑にテーブルにカップを置くと腕を組み直した。
「バカか。俺は思ってないことは世辞でも言わん。…それに、思ったことはちゃんと言ったほうがいいぞ。俺みたいに死に際に後悔する」
妙に重く響いたガーネの言葉に一瞬しんとして、ディアマントはその言葉の意味を噛みしめるようにほんの少しだけ苦い顔をして座り直し姿勢を変えた。
「なんかガーネが言うと深いね!」
「…サイフィル、お前も好きな女が出来たらちゃんと後悔しないように言うべきことは言えよ」
「わかった!好きになったらすぐ告白するね!」
どこか能天気なサイフィルの声に、ガーネはあからさまに渋い顔をして肩を竦めた。
「……それは…やめた方がいいんじゃねーの」
「そ、そうだね。怖いかな」
ガーネに続けてスメイラもやや引き気味な顔をして遠慮がちに言い、スメイラはそのまま別の書類の束と一通の書簡をガーネに渡した。
先にパラパラと書類の挟まったファイルを開いて中を眺め始めたガーネを見たサイフィルは、相変わらずの様子で再度口を開いた。
「だって、ガーネが『言うべきことは言えよ』って」
「アンタそうじゃないでしょ。関係構築する前にいきなり好きだとかなんだとか言われても怖いわよ。アンタ特に、いきなり女の子に抱きついたりとかしそうだし」
「そうですわね、それにガーネ様が仰ったのはそういう意味ではないかと…」
「あたしも強引なオトコって嫌いじゃないけど、まあでも相手によるわよね。いきなりの抱擁もガーネ様なら許せちゃうけど」
「えー!?」
特務一同の追撃に驚愕した顔のサイフィルは縋るようにガーネと隣のディアマントを見るも、目を向けられたディアマントも真顔でサイフィルを一瞥した。
「一般論としてガーネくらい顔面が整っておれば、その辺の女も多少は絆されることもあるのではないかとは思わなくもないが。妾とていきなり好意をぶつけられても怖い。…サイフィル、妾に寄るな。怖い」
「人の女にいかがわしい目向けんなぶち殺すぞ。……で、スメイラ。『これ』…いつからだ」
不意に真面目な顔をしたガーネが、スメイラから受け取った出動記録の写しをバンバンと叩いて顔を向けた。
「ノルデン出立前から」
「まじで言ってる?もう3週間は経つだろ」
「…俺が今日一緒に見舞いに来たのも『それ』だよガーネ」
「なんじゃそれは。なにか問題でもあったのか」
ガーネの手元を覗き込んだディアマントが怪訝そうな顔で小さく呟き、すっかり仕事モードの顔になってしまったガーネを見て肩を竦めた。
「特務の出動記録。…陛下はこれ見て何も気付きませんか」
書類の束をディアマントに手渡すと、そのまま中を捲って確認をし始めた。その間にラズリが点滴の輸液バッグを取り替え、ガーネの腕のルート箇所を確認して体温計を差し出した。
ガーネは黙って脇に体温計を差し、数分待ってラズリが手を差し出すと脇から体温計を抜き取り手渡した。
「何度」
「37.6」
「ほぼ平熱か。10日経ったし退院出来るな」
「バカじゃないの。どこが平熱よ、アンタの平熱36.3でしょーが。大体アタシ、アンタに10日で退院させるなんて一言も言ってないわよ。せめて平熱保てるまでになりなクソガキ」
退院問答をしている間に記録に目を通したディアマントはぱたんと音を立ててファイルを閉じた。
「なにかお気付きの点は、陛下」
「……均衡の連中の案件が、一件もないな」




