358話「Dear」
その翌日もガーネは目を覚さず、更にその翌日。
ガーネが倒れ5日が経過した。
今後の打ち合わせをすべく、ラズリは久々に特務室に顔を出した。
「……ガーネくんが…戻る前提で待つのは当然として。でも、戻るまで今後どうすべきか…一旦きちんと話がしたい」
スメイラ自身も、ガーネの更迭騒動の時のようにげっそりとやつれて話し始めた。
幸いにも、ノルデンに行く前後からぱったりと『特務案件』は発生していない様子であった。
ただその状況もいつまで続くのかわからない。
「…ガーネ様も言ってたけど、『この状態』で均衡の…序列持ってるのが出てきたら、正直あたしたちじゃ厳しいわよね。外遊の時は回りに一般人がいっぱいいたって状況もありはしたけど、序列がなくてもあたしたちわりと戦うの苦労してたじゃない。こんなので序列持ちなんか、瞬殺されちゃう」
アメジが珍しく現実的な戦力差について呟き、非戦闘員であるスメイラとサイフィルは思わず苦い顔をした。
端的に修行をするやらとそういう話もではしたが、どれもこれも現実的ではない。
結局いかに特務が、ガーネ自身が『俺が育てた』と言いはしても『ガーネありきの組織』なのかを痛感し、一同は無言でまるで葬式のような空気の中でガーネの席に目を向けた。
「失礼しますッ!!」
ノックもなく力いっぱい開かれたドアに、室内にいた特務の全員は思わず肩が揺れた。
肩で息をした看護師の姿に、ラズリは反射的に立ち上がった。
容態が急変したのか、それとも最悪の────そう思ったところで、看護師が息を切らせながら口を開いた。
「特務総監様、意識が戻りました!」
「すぐ行く!陛下に知らせな!!それから王城責任者に連絡!!」
「はいッ!」
ラズリが椅子の背凭れに掛けた白衣を掴んで走り出すと、他のメンバーも弾かれたように立ち上がりラズリに続いた。
一番広く設備も整った個室の静養室は、医療区画の廊下の一番奥にある。特務一同の足音がバタバタと響き渡り、ラズリが先頭に部屋に飛び込んだ。
何人かの医官や看護師がガーネのベッドを囲んでおり、ラズリが白衣を纏いながら間に割って入った。
「ガーネ!」
「……う、るさ…」
「バイタル!!」
ラズリが短く指示を飛ばし近くの医官の聴診器を強奪すると自分の耳に当ててガーネの心音と呼吸音を確認した。
「ラズリさん、体温38.5、脈118、血圧88・54!酸素濃度92%です!」
「解熱、抗炎症、抗菌薬点滴に混ぜて!準備!」
「…途中まで、…うまくできてたと思ったけど…」
「喋るなバカ!…きちんと、あの女を近衛総監に引き渡したまでは問題なかったわよ」
看護師が用意した薬剤を点滴に混ぜ滴下速度を調整した。
特務の一同もベッドの傍に寄り、安堵した顔でガーネの顔を覗き込んだ。
「……良かった…」
「…なんか、…デジャヴ…」
ガーネが小さく笑いながら呟くと、ラズリが「少し身体起こそうか」とベッドの角度を上げた。
「あんまり喋り過ぎないで。身体も無茶に動かさない」
「身体いてぇ。…今度はどのくらい死んでた」
「5日」
少しして知らせを受けたエーリックとジェレイドと共に魔導師長・巫術官長が部屋に入り、熱で顔色も芳しくなく目も潤んではいるものの身体を起こし掠れた声とか細いながらもしっかり受け答えをしているガーネを見て安堵したように近寄った。
「心配させやがってバカが」
「はは…すんません」
「よくあの状態でノルデンなんて遠方から帰って来たものだ、君の根性論は見上げたものだな。勿論褒めてはいないぞ」
「ありがとな褒めてくれて」
力なく返したガーネに安心したように息を漏らし、エーリックたち以上に安心したであろう半泣きの特務の一同に視線を向けて肩を竦めた。
「何も、変わりはないか」
スメイラに視線を向けたガーネが短く問いかけ、スメイラも小さく頷いた。
「特務案件は何も発生してない、呼び出しもなし」
「…そ、か。なら、とりあえずは良かった」
血中酸素濃度が高くないせいか少し喋っただけでも息が上がり、ガーネもそのせいで咳き込むとどうなるのかという記憶があるのか無理矢理咳を押さえるように目を伏せて浅く呼吸を繰り返してから少し落ち着いたところで再び目を開けた。
「ラズリ、いつ退院できる」
「バッカじゃないの。1ヶ月は見なさい。どんなに早くても半月よ。…とは言え、これは『アンタの常人離れした回復力』を考慮して言ってるの。普通なら2ヶ月以上はかかるわよバカ」
「バカでサンドイッチすんじゃねぇ…なら、10日で出るか」
起き抜けにこれだけ軽口が言えるなら大丈夫そうだなと部屋の中でも年配に分類される魔導師長と巫術官長は共に顔を見合わせ、近くのソファに腰を下ろした。
「ガーネよ。お前さんの回路が回復したら正式に測定でもしてみるか。儂らも純粋に興味深い」
「痛くない?」
「肋の骨を折って肺を傷めるよりは遥かに痛くなどないわ」
起きた直後でこんなに喋らせるわけにもいかないかと、ラズリが一旦場を締めて全員を退室させようとした刹那、部屋の扉が勢いよく開いた。
息を切らせたディアマントがコツコツと部屋に入るのに続いて、ヘルソニア、女官長、侍女長が続けて入ってきた。
身体を起こして対話するガーネを見た瞬間、ディアマントは思わずガーネに駆け寄って肋骨を折っているという状況を忘れたのか思い切り飛びついた。
「うぐ…ッ!」
ガーネの小さな呻き声にラズリが慌てて一歩足を踏み出すも、ガーネは手を伸ばして制しそのままディアマントの身体を抱き返した。
その光景に、特務とヘルソニア以外は一瞬時が止まったように無言になってしまう。ディアマントのガーネに対しての恋心のようなものも、ガーネの重すぎる執着心と独占欲も、もはや今までの数々の状況で大人である周囲には一目瞭然ではあったが、ガーネが人前で人目も憚らずに女王に対して私的に身体を抱き返すなどしたことがなかったからである。
「…ガーネ…!」
「バカかお前は、泣くやつがあるか」
少ししてようやく身体を少しだけ離したディアマントの双眸からぽろぽろと涙が溢れているのを見たガーネは、罰が悪そうに苦笑いをしながら親指の腹で涙を拭ってやった。
「陛下」
「なんじゃ」
「目が覚めたら言わなくてはと思っていたことを言ってもいいですか」
ガーネ自身も目の前の女しか目に入っていないようで周辺に観衆がいることなどお構いなしに、ディアマントの左手を取った。
「陛下。お慕い申し上げております」
恭しく左手の甲に唇を落としたガーネの顔を、ディアマントは涙も引っ込んだ様子で無言で見つめた。
その顔がたまらなく愛おしく、ガーネは手を少しやつれたような頬に滑らせた。
熱のあるガーネの掌は熱く、ディアマントは無言でガーネの目を真っ直ぐに見つめると僅かに潤んだガーネの目と視線が絡んだ。
「ディア」
愛おし気に名前を呼んだガーネが人目も憚らずにディアマントの唇に自分の唇を重ね、ゆっくりと触れ合った箇所を名残り惜しそうに離した。
────やっと言える。
ガーネは改めてディアマントの華奢な身体を抱き締め、普段よりも掠れた低い声で告げた。
「愛してる」




