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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第三十二章『嚆矢』

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357話「名前を呼んで、抱き締めて」

特務総監の突然の吐血、そしてその血を正面から被った女王陛下。

王城玄関ホールは一気に騒然として阿鼻叫喚だった。

エーリックはガーネの肋骨が折れているというラズリの声を聞き、下手に床に寝かせるよりも自分の隊服が汚れるのも構わずガーネの身体を支えた。

「ジェレイド!陛下を下げさせろ!」

「陛下、こちらへ!」

「いやじゃ!だめじゃ!!ガーネ!ガーネ!!」

ジェレイドが半ば無理矢理ディアマントの身体をガーネから引き剥がし、不敬を承知で身体を押さえた。

「陛下、わかりましたから!落ち着きなさい、医者に任せなさい!」

ヘルソニアがぴしゃりと声を掛けてガーネを一瞥し、『負傷』とは知ってはいたがどういう怪我なのかどディアマントに視線を戻し、すっかり取り乱した様子でガーネの血を正面から被ったディアマントを眉を寄せて見つめた。


エーリックに身体を支えられすっかり意識の落ちたガーネの口元から空気が不規則に異音と共に漏れる音と共に、時折ゴボッと血が吹き出した。

「ラズリ、ガーネの上着脱がせろ。支えてるから」

「わかった」

エーリックがガーネの身体を支えている間にラズリが胸元に負担を掛けないように官服の上衣を脱がせ、ホルスターと拳銃を外した。

その間にようやく担架が運ばれ、エーリックと医官がガーネの身体を担架に横たえてラズリと共に医務室に向かった。

「落ち着け、騒ぐな!侍女たちは陛下を早く部屋に、身体を清めさせろ!ジェレイド付き添え!衛兵は特務に変わって荷物の運搬!特務はスメイラの指示で動け!侍女は清掃入れ!」

エーリックが声を張り上げて指示を飛ばし、泣きそうな悲痛な声でガーネを呼びながら騒ぐディアマントを半ば無理矢理引きずるようにヘルソニアと侍女長が部屋へと連れて行くのをジェレイドが付き添う。侍女数名も掃除用具を持って凄惨な事故現場のようになった玄関ホールに集まり、衛兵も荷物を運搬していた特務に変わるために外の馬車寄せに出て行き入れ替わるように特務が玄関ホールに集まってきた。

スメイラが血まみれになったエーリックに近寄り、申し訳なさそうな顔で頭を下げた。

「…申し訳ございません」

「報告は後で聞く。ラズリとガーネは医務室に向かった。とりあえず特務は残り作業なり済ませろ。何かあったら衛兵の詰所に来い」

「……はい」



*****



「肋骨は3本折れてる。ヒビも数箇所。折れた骨が肺を傷つけて、血気胸を起こしてる。胸腔内に血と空気が溜まって呼吸が浅くなってました。吐血は肺損傷のせい。低血圧は出血と脱水、発熱は魔力回路と霊力回路の焼損による炎症反応」

王城帰還から3日後、処置を終えたガーネは未だ目を覚ます気配がない。

一部の王城責任者と共にスメイラ・ラズリがヘルソニアによって集められ、ラズリが端的にガーネの状態を説明した。

「……とにかく敵襲だったり、魔女の反乱…暗殺未遂ではなく、術式反動による自壊に近い、…と」

「はい」

「陛下からも話は聞いているが、まさかあれほどの魔力量と霊力量だったとはな。…魔導師長、巫術官長。測定は出来るか」

「回路が焼損しておるのだったら、回復してからにせんと魔力も霊力も流すことは困難だろう。…此度の任に出る前の、封印解除前でも500はゆうに超えておる。儂ら筆頭クラスの5倍の数値はある。その時点で既に『異常』である」

「……なにをおいても、ガーネの回復が先だな。陛下も隙あらばガーネの傍を離れないし、公務にも差し障る。陛下が小娘なのは今に始まったことではないが、ガーネがこのまま目覚めないと小娘どころの騒ぎではなくなるし…戦力的にも相当な痛手だな。ラズリ」

「はい」

「ガーネはどのくらいで目が覚める。全治どのくらいだ」

「医者の見解としては、完治までは通常であれば3ヶ月程度はかかるかと。骨だけなら数週間、でも今回は肺も回路もやってる。まともに戦えるまで戻すとなるなら、普通に数ヶ月はかかります。…ただ、元々の力の影響なのか常人よりは相当治りは早い。それを考慮するのと合わせて、ガーネ本人の性格を考えたら2ヶ月未満で前線に出る気はしてますけど。……けど、目が覚めるタイミングに関しては正直なんとも言えません。今日かもしれないし、ここから更に数日かかるかもしれない」

「わかった。…ガーネの目が覚めるまでは、暫定的に特務の指揮は補佐であるスメイラ。権限的な部分も含めての総指揮は私が執ることにする。衛兵総監、魔導師長、巫術官長も適宜特務の補佐に。近衛総監はしばらく外出はないかと思うが、万が一緊急で陛下が出なくてはならなくなった際の近侍護衛を託す」

「は」

一同が短く返事を返し、評定は終了した。

スメイラとラズリは連れ立ってガーネの眠る療養室に向かうと、部屋の前に侍女長が立っておりスメイラたちに気付くと一礼をした。

「陛下のお付き添いですか、侍女長様」

「ええ、ご公務を終わらせて一目散に来るものですから…」

「中入ればいいじゃない、別に騒ごうがなにしようが多分起きないわよ。起きたら起きたでそれはそれだけど」

遠慮なくラズリがドアを開き、聴診器を耳に当ててガーネの傍に寄った。

「邪魔、退きな」

ディアマントが泣きそうな顔のままラズリを見上げ、大人しく椅子から立ち上がり診察の邪魔にならないように少し横にずれた。聴診器で心音と呼吸音を確認して検温をした。

「…陛下、アンタ寝てんの?」

「……寝ておる」

そう返したディアマントの目元にはうっすらと隈が出来ており、寝ていないのか眠れないのか睡眠が取れていないことは明白であった。

「スメイラ、カルテ書いてくるからガーネと陛下見てて。なにかあったら呼んで」

「はい」

部屋を出ようとするラズリと入れ替わるようにディアマントが枕元の椅子に腰を下ろし、ラズリは侍女長に目配せをして一緒に部屋を出た。

「陛下、どのくらい寝てないの」

「…全く眠ってはいないわけではなさそうですが、眠りは非常に浅い様子ですわ」

「食事は?」

「元々食は細めのお方ですが、一層進まないようです」

「……ま、目の前でガーネの血被って倒れるとこ見たら当たり前か。…軽い鎮静作用のあるお茶、処方ってほどではないけど出すから就寝前にでも飲ませて」

「かしこまりました」

そのままラズリは医務局の詰所でガーネのカルテに書き込みを加え、深々と溜息を漏らした。


ラズリは腕を組んで椅子に深く凭れ掛かり、書き終わったカルテを閉じて拭えない疲労感に目を伏せた。数分だけ僅かに微睡んでからラズリは目を開き、調剤室に向かい鎮静作用のある茶葉を数杯分用意して袋に詰めて再度ガーネの部屋へと向かった。廊下に控えている侍女長に茶葉の入った袋を差し出し、部屋のドアを開けて室内に入った。

「ほら、そろそろ処置の時間だから面会は終わりよ。とっとと帰んな」

「…まだ…ガーネが起きておらぬ…」

ディアマントが震える手でガーネの頬に触れ、訴えるようにラズリを見上げた。

「なぜ、ガーネは起きない。なぜガーネの身体がこんなに熱い」

「回路焼損で全身に炎症反応が起きてるから。その鎮静のための点滴の作用と単純にガーネの脳が身体の回復に振り切ってるから意識を戻すに至ってないだけ。以上」

「いつ起きる、いつ目を開ける、いつ妾の名前を呼んでいつ妾を抱き締めるのじゃ!!」

「そんなの、アンタだけじゃなくてアタシらもみんな知りたいわよ!!」

ディアマントの双眸がうっすらと潤み、それを見た侍女長がディアマントに歩み寄って肩に触れた。

「陛下、ラズリさんの診察の妨げになりますわ。お部屋に戻りましょうね」

「…ガーネが、…ガーネが起きたら」

「深夜だろうと公務中だろうと、一番最初に連絡する。約束する」

ようやく小さく頷いたディアマントが立ち上がり、侍女長とともに部屋を出た。


「……ほんと、早く起きなさいよね。クソガキが」

「…先輩、夜食何か買ってきます。何がいいですか?」

「……とにかくカロリー高いもの。頭ガンガンに回るくらい、甘いやつ」

「ふふ、…わかりました。後で持っていきますね」

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