356話「自分の役目」
ディアマントと特務一同を乗せた馬車が王都の軍用路線側の馬車寄せを出発し、王城の正門を目指しゆっくりと動き始めた。
特務の一同、特にラズリは、明確に口数が少なくなり、息が浅く顔色もどう見ても悪い限界の近そうなガーネの様子に気付いてはいた。ここまでよくも『気合いと根性とプライド』で動いているものだとある意味感心しながらガーネの様子を見守った。
馬車がゆっくりと王城正門の前に停車し、ガーネは息を詰めながら座席から立ち上がった。壁に手をついて数回浅く呼吸を整え、最後に短く息を吐いてから客席の扉を開いて降車した。
「女王陛下が秘匿公務からお戻りだ。随伴、特務総監。配下特務5名も共に帰城する。大至急、陛下のご側近ヘルソニア様と、事前通達を受けている王城の責任者に報告を上げろ。それと、近衛総監も待機するように指示を。…馬車はこのままここを通せ」
「へ、陛下!!?…かしこまりました、少しだけお待ちください!」
門衛が慌てた様子で奥に掛けていき、連絡用の衛兵が走ったのを確認してからガーネの元に戻って来た。
「特務総監、お疲れ様でした。どうぞお通りください」
門衛はそのまま窓越しに姿の見えたディアマントに敬礼をし、ガーネは馬車の踏み板に足を掛け御者に声をかけた。再びゆっくりと動き出した馬車の振動が胸に響き、脂汗が滲んだ。
駄目だ、まだだ。もう少しだ。
ガーネは頭の中で自分に言い聞かせ、王城正面玄関の馬車寄せに停車した馬車から地面に降り立つと、特務の一同は先に下車をして整列した。
「陛下、長旅お疲れ様でございました。お待たせしました、到着いたしました。お手をどうぞ」
ガーネが姿勢を正してディアマントに手を差し出し、ディアマントはその手を取ってゆっくりと馬車から降りた。
女王が公務に出ていたことなど、王城責任者とごく一部の侍女侍従・近衛しか知らない王城玄関ホールは大いに混乱し、一同ディアマントの悠然とした姿を確認するや否や慌てて敬礼をして出迎えの姿勢を取った。
差し出されたガーネの左肘に右手を添え、左手には『ガーネからの贈り物』がまとめられた籠を下げてエスコートされるままに玄関ホールへと歩いた。
外と同じように、城内の玄関ホールでも想定外過ぎる女王陛下の帰城に敬礼をしてその場に居合わせた全員が戸惑いながら出迎えをした。
自分の体調と女王の一刻も早い帰城のために急ぎノルデンを出たが、到着が昼になったことで人が多い。夜に着くように調整すれば良かったかと若干の後悔をしたガーネだったが、ホールの中央にヘルソニアを始め侍女長・女官長、衛兵総監と近衛総監、ディアマントの秘匿公務の通達を受けて把握していた責任者たちのすぐに出迎えに出られる人員がずらりと整列して出迎えていた。
ヘルソニアが歩み出ると、ガーネの目配せを受けた近衛総監ジェレイドも前に出た。
一同、明らかに顔色の悪いガーネに少し驚いたような顔をした。しかし、事前にディアマントからの報告で『特務総監の負傷』は周知を受けていたため、一体どこに怪我をしたのかと一見顔色以外は普通に見えるガーネの様子を遠巻きに眺めた。
ヘルソニアの前までガーネが無事にディアマントをエスコートし、一礼した。
「ただいま戻りました。王室近衛騎士兼特務総監として、陛下の御身に傷一つなく無事にお引渡しをさせていただきます。此度の案件報告は追って行います」
「ご苦労であった。…陛下、わがままを言ってガーネを困らせませんでしたか」
「バカモノ、…ガーネ」
ディアマントがここまでのガーネの建前を受け取った上で宮廷医の手配をするように声をかけようと振り返り名前を呼ぶも、ガーネは被せるように半歩踏み出してジェレイドを見た。
「近衛総監…ジェレイド。陛下を頼む」
ディアマントをジェレイドに託し、ガーネは『自分の役目』を引き継いで一歩引いた。ジェレイドは至近距離で改めて確認したガーネの顔色や呼吸、汗の様子に僅かに目を見開き、ヘルソニアとディアマントに視線を向けてから改めてガーネを見た。
「……ガーネ、君…顔色が」
「だいじょ、…ッ、ごほ…、へいき」
ディアマントを『無事に』託した安堵からか、思わず息を少しだけ深く吸ってしまったガーネは思わず咳き込んで数歩下がった。そのままさっさと下がろうとディアマントに深く一礼をし、身体を起こす際の激痛に顔が曇った。
「……ガーネ…?」
先ほどまで『普通』に振る舞っていたガーネの様子が一変し、ディアマントは不安そうに声を震わせて振り返った。
「ゴホッ、大丈夫、だから、…ッげほ、ごほっ!」
一度激しく咳き込んでしまうと自力で止めることが出来ず、ガーネは近くの柱に手を付き口元を押さえた。
「きゃ…!」
口元を押さえる手に嵌められた白手があっという間に真っ赤に染まり、それを見た侍女長が小さく悲鳴を上げた。
「ガーネ!…医官とラズリを呼べ!早くせよ!急げ!!」
「…っ…!ゴフッ、がは…ッ!」
血痰が喉に詰まり、弾みで吐血したガーネの身体が揺らいだ。
数日前に全く同じ光景を見たディアマントは、顔を真っ青にしてジェレイドの腕を振り払いガーネに駆け寄った。
「ガーネ!!息をせよと命令したはずじゃ!!」
「ば、か…、よごれ、ッごほ…!」
咳も、内臓からせり上がる血液も自らの意思でどうにか出来るものでは無く、ガーネはディアマントの身体やドレスを汚すことを危惧して一歩下がろうとするも胸部に走る激痛にそれもままならず、ディアマントの白いドレスと肌に盛大に血を吐いて華奢な身体に倒れ込んだ。
ディアマントは慌ててガーネを抱きとめようと腕を伸ばすも、体格の差からガーネの受け止めきることが出来なかったディアマントごとジェレイドと飛び出した衛兵総監エーリックにガーネの身体が支えられ、玄関ホールの真っ赤な絨毯にガーネの血が飛び散って染みていった。
「ガーネ!ガーネ!!いやじゃ!!なぜまた倒れる!!やくそく、約束したじゃろ!!!」
「陛下!落ち着いてください!…早く、特務の医者呼べ!!外にいんだろ!!」
エーリックの声がホールに響き、ラズリが慌てて駆け寄り「担架!」と大声で指示を飛ばした。
「肋骨の骨折、魔力回路と霊力回路の焼損!骨折のせいで気胸か血胸か判断ができていない!処置できるように準備整えて!体温38.9、血圧も低い!早く!!」




