34話「青髪の同乗者」
「馬車が出せない?なんでだよ」
「勘弁してくださいよ。最近やたら出るんですよ、魔獣が」
翌朝、酔うなどは最早諦めた様子で馬車を手配しようとしたガーネ達だったが、早速出鼻をくじかれる。同じ馬車乗り場でも他の客も同様に足止めを食らっているようで、村の住人は帰宅していく。そんな中でも必死に食ってかかる男が一人おり、どうやら観光客かと思われた。
「君、魔獣くらい散らせるでしょ」
「龍とか超でかい得体の知れないのだったら無理だよ俺も一応人間だからな」
「うーん、困ったね」
「…正直俺一人なら徒歩でいいんだけどな」
「すみませんね」
「そうじゃねーよ。道悪い中で荷物抱えて魔獣だの盗賊だの出てみろ、お前守りながら散らせるかっつーと多分手加減なんかする余裕ないから半殺し以上だ」
しかし魔獣の正体もわからない。魔獣を使役している盗賊もいるとの噂だ。
馬車というのは不本意であるが、客室にでも籠もっていてくれれば多少は動きやすい、というのがガーネの本音であった。
「ね、ガーネくん良いこと思いついたよ」
*****
がらがらと馬車の車輪が鋪装されていない道を進む。
御者は常に周囲を警戒し、手綱を震える手で握りしめ客室を振り返った。
「お客さん!ほんとに頼みますよ!」
「任せとけって。………たぶん」
ガーネはスメイラの提案により馬車の護衛を申し出た。それだけでは納得しなかった御者に女王から渡されている資金を惜しげもなく握らせ、ことのついでに指輪の紋章を見せつけた。
「私はそこまでしろとは言ってないけどね」
「使えるもんは使ってナンボだろ」
「…あの、とりあえず相乗りさせてもらってありがとうございます」
ガーネとスメイラが悪びれもなく御者を脅した話しをしている最中、青髪の不健康そうな男が割って入って声をかけた。
男は妙に痩せており、少し長めの鮮やかな青髪から覗く青の双眸。妙に青白く頬も痩けていて、スメイラとは違った意味で不健康そのものな見た目。その割に身に着けている衣服はスタッズが無数に煌めき、両手にはメリケンサックが装着されていて衣服だけやたらと厳つい印象を与えた。
この男が「是非同乗させてください」と半泣きで縋り付いてきて、ガーネは最初こそ有事の際にスメイラと御者だけでなく見ず知らずの一般人まで守らなければいけないと考え断っていたが、そのあまりのしつこさに根負けしたのであった。
「てめー、道中なにかあった時に俺の命令聞かなかったら捨て置くからな」
不機嫌そうに舌打ち混じりに返答したガーネだったが、承諾したのも自分であるためそれ以上のことは言わなかった。
「せっかくなので自己紹介でもしますか、僕はサイフィル・メースィ・ブレイユと申します。どうぞよろしく。職業は一応鑑定士ってやつしてます」
「鑑定士?へぇ、すごいね。私はスメイラ。スメイラ・フレイブ・グリウ。職業はえーと…学者?研究員?かな」
「…ガーネ」
既に酔い始めているガーネはぶっきらぼうに返すとひたすらに窓の外に視線を向ける。
「……お二人は、新婚旅行とかでした?すみません、お邪魔しちゃって」
「テメェここで降ろされるか魔獣が現れたら真っ先に餌としてぶち込まれるかどっちがいい、選べ」
「え」
「訴訟起こすよ」
「え、え、なにこの人たち怖い」
馬車は街道を進んでいた。
酔わないように、視界がこれ以上揺れないように目を固く閉ざしていたガーネと、サイフィルの鑑定スキルに興味津々のスメイラが遺物の鑑定について話題を振って車内は盛り上がっていた。
「…臭い」
「え?」
不意に、目を瞑っていたガーネの目が薄く開く。
「クサイってなんですか失礼な男ですね!スメイラさん僕じゃないですからね!?」
「え、いや、うん。…ガーネくん?」
「おい、馬車止めろ」
ガーネは客室の窓を開けて御者に停止を指示する。
御者も馬の呼吸とガーネのただならない空気に慌てて手綱を引いて馬車を停止させた。
いつものように、何か嫌な気配の残滓だけがガーネに纏わりついて親指の血管辺りをざわつかせる。
先程までの粗野な雰囲気と明らかに異なる空気感に、サイフィルは不安そうな顔でガーネを見つめる。
「御者、お前も客室入れ。結界魔法とか使えんなら展開したあと中に籠もってろ。お前らも、絶対馬車から降りんなよ」
「言われなくても出ないよ」
「ひ、わぁぁ!!」
客室に移動した御者が窓の外を見て悲鳴を上げる。
草むら、岩陰、崖の上。
瘴気を帯びた銀色の体毛に、三つの目、禍々しい角を額に生やした狼型の魔獣の群れに馬車は囲まれていた。
ガーネは躊躇無く馬車から飛び降りると、力いっぱいに扉を閉める。
「ガーネくん!瘴狼だ!噛まれるなよ!」
「善処します、よっ!」
獲物をガーネ一点に定めた瘴狼の群れがガーネに飛びかかる。
この種は額の角で致命傷を与えてから食いつくか、噛みついて瘴気を植え付けたところで弱らせてトドメを刺す獲物の狩り方をする。厄介なのが、なまじ頭が良く集団で行動する群れの特性を活かした狩猟をするところだった。
ガーネは軽い身のこなしで近くの木の枝を掴むとそのまま木の上に飛び上がる。木の幹にガリガリと鋭利な爪を立て、獲物であるガーネを威嚇するように吠えた。
正直、対人よりも簡単で対人よりも厄介であった。
人相手であれば、多少なりとも罪悪感が纏わりつく。
だが獣相手となると話は別で、今度は人間としての倫理観が妙な形で引っかかる。
人であれば多少の動きの予測はつくが、獣だと理解と想定の範疇を軽く超えてくる。まして、相手はただの動物ではなく、魔獣である。
「クソ、数が多いな」
銃はある。しかし弾は節約したい。警棒もあるが、リーチ不足と殺傷能力の低さから下手をすれば自分が『喰われる』と容易に想像がつく。
あまりモタモタしていても、標的を自分から馬車の方に移しかねない。
ガーネは足元の枝に足を掛け、一本へし折るとそれを魔獣めがけて振り下ろす。折れ口が魔獣の一匹の顔面に突き刺さり、甲高い悲鳴のような声を上げて即死した。
ほんの一瞬怯んだように魔獣は散ったが、仲間を殺されたことを理解すると地面に降り立ったガーネに向かって警戒するように唸り声を上げた。
右手に警棒を構え、飛びかかってきた一匹の額の角をめがけて横に振り抜く。がつんと硬い何かに振れる手応えとともに、魔獣は角を折って身体を飛ばされた。折れた角を拾い上げ、警棒よりも殺傷力のありそうな角に得物を取り替えると、再度襲い来る瘴狼の群れに容赦無く角を突き刺した。
「あー、疲れた…」
ある程度始末したところで、数匹残った瘴狼はなにかの音に反応して走り去っていった。
ガーネは地面に直前まで武器にしていた角を投げ捨てると、代わりに手放した警棒を拾い上げて腰のホルスターに戻した。
「……無事?」
「見ての通り。まあちょっと噛まれたけど」
返り血を浴びた顔を袖で雑に拭いながら、馬車を降りて駆け寄って来たスメイラにひらひらと手を振って見せる。
さすがのガーネも完全に無傷とはいかなかったらしく、左腕には痛々しく歯型が刻まれていた。
「…魔障受けてるね。このままだとこの傷口から瘴気が広がって全身どろどろに腐って死んじゃうね、さようなら」
「えっなにそれ助けろよ」
「魔障は専門の医者かこの手のことに詳しい薬師か、それこそ聖女みたいな特殊な力を持った祈祷師の管轄だよ。聖女に会うまで持つとは思えないし、こんな田舎にそんな医者もいるとは思えない。短い付き合いだったねさようなら」
「お前呪い殺すぞ」
「あ、あのー」
おずおずと馬車を降りてきたサイフィルがガーネに近寄り、左腕を取って傷口を凝視する。
一瞬口を開きかけるも、何かを考えたようにすぐに閉口してほんの少しだけ沈黙した。
「……これ、食べてください」
サイフィルが周囲を見回し、野草を摘むとガーネに差し出す。
「え、なにこれやだよ」
「いいから早く、食えって!」
半ば無理矢理サイフィルに草を押し込まれる。
ガーネは草の独特の苦みとなんとも言えない匂い、無理矢理飲み込んだ直後の喉の焼けるような熱に思わず涙目になった。
「…、…あれ?君、今この子に何食べさせた?」
ガーネの様子を見たスメイラが既にガーネの胃に落ちた草の正体を確認するように、サイフィルが草を摘んだ箇所に目を向けた。
「ランズスの葉です」
「…毒草じゃない?」
「えっ!」
あまりにもしれっと毒草の名前を上げるサイフィルに、さすがのスメイラも不審そうな目を向けた。
「いえ、すみません説明が足りなかったですね。ランズスの葉には確かに毒があります。しかし、とあるエキスがかかるとその成分と反応して魔障は浄化出来るんです。僕は祝福の力でそれを鑑定出来るので、もう瘴気は消えると思います」
スメイラが慌ててガーネの腕を確認する。傷は残っているが、サイフィルの言葉通り魔障は静かに反応を消していった。
「…すごい、ほんとだ」
「すげーな、これが『祝福』…ところで、そのとあるエキスってなに。今その辺で拾った草じゃん」
「え?瘴狼の尿ですけど」
「お前殺すぞ」




