表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第六章『兆候』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/119

32話「所望」

「ヘルソニア様、良かったお会いできて」

廊下の向こうから声をかけると、振り返ったヘルソニアが僅かに目を見開いた。

「おや、スメイラ。先程訪ねて来てくれていたようだな、今しがた戻ったものですまない。わざわざまた訪ねてくれたのか」

「……いえ」

スメイラはほんの一拍だけ間を置き、僅かに視線を外した。

「…お宅の犬に捕まりまして」

「ああ」

ヘルソニアは得心したように小さく笑った。


「定例の報告か。ご苦労だったな」

ヘルソニアとスメイラは連れ立って執務室へと向かっていたが、ふと斜め後ろを歩くスメイラに視線を向けて気まぐれに声を掛ける。

「ついでだ。其方の定例報告、陛下とともに受けよう」

「…え、……陛下の執務室、ですか」

スメイラの声が僅かに固くなる。方向を変えたヘルソニアに着いていくように歩調を合わせながらも、八年とそれなりの付き合いにして初めて訪れることになる『女王の執務室』に緊張を隠せない。

「其方は初めてだったか。私も公務の報告がある、ちょうど良い」

「は、はぁ…」

胸の前で抱くように持った書類の束が、わずかにくしゃりと皺を寄せる。

ヘルソニアは肩を竦めて小さく笑い、振り返りもせずに付け足した。


「案ずるな。陛下も今日は機嫌が良い。『日が悪い』ことはなさそうだ」

「…日が、悪い…?」

「ふふ、こちらの話しだ」



*****



「……しかたねー、背に腹は変えられねぇか」


ものすごく不本意そうに、ケーキの他プリンまでしっかり平らげてからようやく意を決して立ち上がる。

部屋を出て向かう先は、最初はあれだけ緊張していた場所。無論、今も緊張はするがその緊張は初めての時とは異なる緊張であった。

入口の前に立つと、ガーネは深く深呼吸をする。



「────…それとこちらの分析の、…っと」

スメイラが定例の報告をディアマントとヘルソニアに語っている際、遠くの方でドアがノックされる音が聞こえた。

「入れ」

「…出直しましょうか」

「良い、あれはガーネじゃ」

ノックの音とともにディアマントが相手も確認せず入室を許可する。スメイラはそれを受けて、自分が退出すべきかと声をかけるも、ディアマントにはドアの向こうの人物にどういうわけか確信があるようだった。

なぜ、相手がわかるのか…という野暮なことは、敢えて口を噤んだ。

「失礼いたしま……あれ、あ。出直します?」

入室したガーネが部屋の中にいるのがディアマントだけでなくヘルソニアとスメイラまでいることを確認し、スメイラと同じことを口にした。


スメイラは、ほんの少しだけ意外そうに、しかしすぐに納得したような目でガーネを見つめるとその視線が彼と絡んだ。

「良い、傍で控えておれ」

「…ふ」

「ヘルソニア」

「いえ、失礼いたしました」

ヘルソニアが小さく笑った理由がわからず、視線の絡んだガーネとスメイラは小さく首を傾げたのであった。



「…………それとこちらの遺物の方ですが、こちらも先程ご報告したものと魔力の系統は同じです」


言われた通りに立っているガーネはあからさま過ぎるほどにその表情はスメイラの報告内容に興味が無さそうで『らしいな』と思う反面、その立ち姿を見てスメイラは妙な納得感を覚える。

────なるほど、アレが女王の名代の所以、か。


スメイラの報告を受けて少し考えるような素振りを見せるディアマントと、視界の端の興味関心を示さない顔のガーネをちらりと見てから手元の資料に目を落としたところで、女王の小さな声が響いた。

「ふむ、『反転』したか」

「……反転?」

スメイラと同じように、ガーネも聞いていないようで言葉はきちんと耳に届いていたらしく、ふと視線を女王へ投げる。

「物事には裏と表がある。時にそれは互いと周囲の影響で反転することもあるという事じゃ」

「……環境要因、ということですか?」

「当たらずとも遠からず。一番いい例が傍におる、妾の犬よ」

異常な程に含みを持たせたディアマントの視線がガーネを捉える。視線が交わったついでとばかりに、ディアマントはガーネを指先で招くような動作を見せた。

本人は無自覚であろうがまるでよく躾けられた犬のように素直に傍に歩み寄り、スメイラのやや斜め後ろに並んで立った。

「妾に用事であろう」

「は、しかし…」

ガーネはちらりとスメイラを横目で見るも、隣の彼女はガーネの要件を知っている。問題はそこではなく、『今それを口にしていいのか』という微妙な空気感であった。


「構わぬ、申してみよ」

「……は、では…単刀直入に。陛下、祝祷教(しゅくとうきょう)の」

「祝祷教?お前が宗教なんぞに関心がある繊細さを持ち合わせているとは知らなんだ。何だ、何か悩みでもあるのか妾に申してみよ。笑い飛ばしてやろう」

「いけませんディアマント様、そんな正直に笑っては」

「………」

「…ぷ」

「スメイラ、テメェは笑うなシンプルに腹が立つ」

「ハイハイ」


祝祷教(しゅくとうきょう)、というワードを出しただけでなんとなく既視感のあるリアクションを取られ、ガーネはスメイラに小さく八つ当たりのように言葉を発した。


「いえ、陛下。俺は別に悩みなんてありません。強いて言うなら上司の人使いが荒いことくらいですかね」

「案ずるな、妾はお前の上司ではなく飼い主である」

「……もうそれでいいです。…祝祷教の『聖女』のことでお聞きしたく存じます」

「聖女?………ああ、カルセのことか。アレを聖女と正式に妾が任命したのは…確か100年前か?」

「90年前でございます陛下」


────え、ババァなのに『聖女』なの?


『ババァなのに』はさすがのガーネも口にしなかった。隣のスメイラはともかくとして、目の前の見た目だけはガーネとほぼ変わらない年齢に見えるディアマントも、スメイラとほぼ変わらない年齢に見えるヘルソニアも軽く4000歳を超えている。その二人を前に『ババァ』はいくらなんでも言えなかった。スメイラはともかくとして。


「…ねぇ、君。今とにかく私に対してはものすごく失礼なこと考えたでしょ」

スメイラの冷ややかな視線を受け、ガーネは慌てて首を横に振る。

「妾に対しても何か不敬なことを考えておったな。覚えておれ」

「滅相もない誤解です俺は何も」

「まあよい。その聖女がどうした」

「いえ、ちょっと欲しくて」

ガーネの『欲しくて』という言い回しに一瞬だけディアマントの指先が動く。

しかし、その指先は自身の唇に添えられ少し考えるような素振りを見せ、わずかに無言になった。

「…アレの力は少し特殊じゃ。妾の千里眼でも、ヘルソニアの式神でも所在の探知は難しい。探知するにはいくつかの条件があるが、そも、アレにその条件を発動させるのもこちらの意思では無理じゃ」

「そうですね、それに…ガーネ、其方と彼女はあまり相性が良くないかもしれないな」

ディアマントの言葉に、彼女の斜め後ろで立っていたヘルソニアも同意するように小さく頷いて言葉を重ねた。

「相性?」

「そうじゃな、それに関しては妾もそう思う。ガーネが、というよりはどちらかというとアレがな」


『欲しい』と言っておきながら『ババァ探すのはめんどくせーな』と腰が引けたが、相性どうこうと言われると話が変わる。

逆に興味を持った様子で「ふぅん」と小さく相槌を漏らした。


ディアマントが何かを考えるようにそっと目を伏せる。


────やっぱ黙ってると顔は可愛いよな。顔は。


あまり見たことがない彼女の何かを思案するような表情に一瞬だけ場違いな感想が過る。

もっとも、所在が判然としない以上、今そちらに時間を割くべきではない。ガーネには別に命じられた任務がある。


「いえ、申し訳ございません陛下。聞いておいてですが聖女は諦めます。他にご命令の『すべきこと』がありますので」

「……南西の、ビーテン湖」

「え?」

「最後にアレの力の残滓を感じた場所じゃ。土地に残る力の具合から見て、二日ほど前というところか」

ディアマントの静かな声が執務室に響く。

どうやら、どういう気まぐれか大体の位置を探っていたらしい。

「必要経費じゃ。それに…『アレ』に飲まれるとは思っておらんが、飲まれるのであればそれまでの男よ。ガーネ、妾の期待を裏切るでないぞ」

「…は。ありがとうございます」

恭しく頭を下げ、どこか満足そうな顔をするディアマント。ヘルソニアも思うことがありそうな含みのある顔でにっこりと笑みを携えた。

「……お待ち下さい、南西の…ビーテン湖、ですか」

「何じゃスメイラ」

「陛下。私もガーネに同伴してよろしいですか」

「えっ嫌なんだけど」

どういうつもりか同行したいと申し出るスメイラに、心底嫌そうな目を向けるガーネ。

ディアマントとヘルソニアもその理由がわからず少し不思議そうな顔でいる。


「君、お巡りさんなんだよね」

「……まあ、一応」

「どのくらい強い?」

「比較対象がないとわかんねーよ。まあ、…喧嘩で負けたことはない程度じゃねーのか。弱くはないとは思うけど」

「困ってる一般人がいたら?見捨てる?」

「助けるだろ」

そこまで話すと、スメイラは改めてディアマントに向き直る。

「陛下、同行の許可を。ビーテン湖からほど近い遺跡、南ビーテン遺跡にて出土した『遺物』の報告は覚えてらっしゃいますよね」

「なるほど、そういうことならば構わぬ。好きにするがいい。────…ただしスメイラよ、妾はガーネに別の『任務』を課しておる。それの邪魔はしてくれるな」

「もちろん、心得ております」

「え、ねぇ俺の意見は?」

スメイラはガーネに視線を向け、有無を言わさない目でまっすぐ見つめた。

「南西に向かう街道は酷く治安が悪い。それこそ、魔獣使いの盗賊が出るらしいし、治安が良くなくてまともな宿場町もない。そんな所に私の優秀な助手を連れていけるか?行けないだろう。だから君は私の盾になって私を守るといいと思う」

「思わねーよ俺は!やだよお前口うるせーもん!」

女王の御前にも関わらず言い合いをするガーネを見て、ディアマントは静かにガーネの名前を呼んだ。

「ガーネよ」

「はい」

「命令じゃ。スメイラを伴え。面白そうだから」

「……」


ヘルソニアだけが、愉快そうに笑いを堪えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ