31話「加護の力」
「あれ、『女王の名代ガーネ様』じゃん」
「げ」
新庁舎落成式典から二日後、城内の訓練場で存分にストレス発散まがいに身体を動かしたガーネが部屋に戻る際、ストレス源になりそうな耳の早い女に声をかけられた。
「……どっから聞いたんだよその話」
ガーネとしては今一番あまり触れてほしくない話題の堂々たる首位に君臨する、もはや『名代事件』と自身の中で称している話題。
訓練場でも城内でも妙にキラキラした視線を向けられ、今までの『やりづらさ』とはまた別の色の『肩身の狭さ』はなんとも筆舌に尽くしがたい。
「どっから、って…ねぇ?結構話題になってるよ、ウチの研究室の若い女の子も妙にきゃーきゃー言っててうるさいから、君にはしばらく………いや、金輪際私の研究室には来ないで欲しい。邪魔だから」
「なにそれ酷い」
恒例になったやり取りを交え、ガーネはふとスメイラの顔を見遣る。
「……なにその何かまた面倒なこと押し付けようとしてる顔」
「あのときは悪かったって謝っただろ!…いや、聞きたいことあんだよ。この後時間ある?」
「無い、忙しい。以上。サヨナラお巡りさん」
*****
王城の中の応接室。
城の侍女たちによって丁重にもてなすようにコーヒーや茶菓子、軽食が机に並べられる。
さながらアフタヌーンティーのような配膳に、スメイラは面倒そうに背もたれに寄りかかってうんざりした顔で足を組んでコーヒーを飲んでいた。
「お待たせ」
「ほんとだよ、忙しいの私。何度も言ってるはずだけど」
「だって汗くせーままだと嫌だろ、俺が。お、美味そう」
「……で?なに」
人を呼びつけて置いてちゃっかりと着替えに行ったガーネが正面に座り、苛立ちを隠しもせずにぶっきらぼうにスメイラは話題を急かす。
「聖女って知ってるか」
「…聖女?」
どうやらこの話題はスメイラには相当に突拍子もなくかつ想定外だった様子で目を向けた。
「…なに、藪から棒に。君よりは知ってると思うけど」
聖女の存在が、今のガーネの『任務』にどう直結するのかは見えないスメイラだったが、彼が気になるのであれば何かの引っ掛かりを持っているのだろうと少し考えたように手元のコーヒーカップに視線を落とした。
「……端的に言ってしまえば、祝祷教の祈り子だよ」
「祝祷教、ねぇ…」
国の代表的な宗教であるため、宗教に興味関心のないガーネですら名前も存在も知っている『祝祷教』。
本職が警察官であるため、宗教絡みのいざこざに駆り出されたこともあるし、何かしらかの事件の動機も宗教が絡んでいたことも記憶に新しい。
祝祷教から派生した少数派宗教も複数あり、宗教というのは得てしてそういうものだろうとガーネはなんとなく理解している。
そして。その国の思想、即ち女王の思想に反する最たるものが、例の『邪教』の一派である。
しかし、信心深い心など欠片も持ち合わせていないガーネは宗教などという曖昧な存在には酷く無関心だった。祝祷教が具体的にどういう信仰を持って祈り子が何を祈っているのか、皆目検討もつかない。
ガーネは自分に配膳されたココアを啜り飲みながら、一つずつ反芻するように頭の中に受けた説明を落とし込んでいく。
「…君の顔から想像するに、祝祷教がそもそも理解出来ていなそうだね」
「……」
「『祝祷教』、これは我が国の女王の霊力や思想に対しての尊敬と畏怖に対して祈りを捧げる宗教…とでも言えばいいのかな。厳密にはちょっと違うのかもしれないけど、生憎と私は無宗教だから。祈る時間があるなら仕事と研究をしたいし」
「お前はそうだろうよ」
「そんなの君だってそうでしょ?君は何かに縋るような心の繊細さなんて持ち合わせてないもんね」
「そうそう、そうなんだよ〜はははは………ハ?」
何かとんでもなく失礼なことを言われた気がするガーネだったが、まだ『聖女』についての話題が出ていない為に多少の苛立ちを飲み込んで小さなサンドイッチを口にするスメイラに視線を向ける。
サンドイッチを流し込むようにコーヒーを飲み、空になったカップをソーサーに戻す時の陶器の触れ合う音が小さく鳴った。
「…ま、とにかく。恐らく君が話題にしたい『聖女』っていうのは、祈り子の中の最上位の存在だね。当然のことながら誰でもなれる訳じゃなくて、一定以上の能力と功績があって初めて『女王陛下の叙任』を受けて名乗れる役職だよ」
最も偉大で、たった一人しか存在しない『聖女』。
しかしその『聖女』が女王の叙任によってしか存在せず、その『祈りの力』が何なのかが未だ腑に落ちないガーネは頬杖を付きながらスメイラを正面から見つめる。
「……祈られてなんか良いことあんのか」
「君ならそう言うと思ったよ。まあ、私も聖女に祈られたことなんて無いから伝聞になるけど…『聖女の祈り』を受けたものは、霊障・魔障からの完璧な保護と祈られた本人の能力の底上げ、それから治癒全般の加護にあやかることが出来る。らしいよ」
「ほーん、つまりバフ掛け要因か。一家に一人欲しいな最高じゃん」
「君、『聖女』をなんだと思ってるの?…まぁでも、国内点々としてて正式な拠点もないし、いつどこで会えるかなんて誰も知らないよ。君の大好きな女王様にでも聞いてみたら?教えてくれるかどうかは知らないけど。じゃあ私はいい加減ヘルソニア様に定例報告に行くから失礼するよ」
スメイラが退室すると、ガーネは皿に盛り付けられているケーキを頬張りながら一人静かに考えていた。
これから先、例の邪教もとい異端なる均衡者と対峙する場面も多々あるだろう。魔法やらの力はあてに出来ず、完全に自らのフィジカル面しか頼れるものが無い現状を考えると、そういった類の加護の力は非常に魅力的だった。
「欲しいな」
「おかわりですか?ココアでいいですか?」
「…え、いたのエナちゃん」
「いましたけど」




