前編
到着の汽笛が響き、金属音をけたたましく鳴らしながら汽車はホームに滑り込んだ。
ぞろぞろと人々が降りていく中、ガーネは取り切れていない疲れを滲ませながら眠そうに目を擦り汽車を降りた。
「あー、ダメだ眠てぇ……死ぬほど癪だけど城のベッドで寝るか…」
いつの間にか、城に帰ることはなんとなくそこを『自分の帰る場所』と定めてしまったようで、未だ不服な感情と場違いな感覚に支配される。
しかし寝ずの行動の疲労感は一等車両の広い椅子でも取り切れずにいち早くふかふかのベッドに転がることを選択したのであった。
「お呼びでしょうか、ディアマント様」
ヘルソニアがいつものように急な女王の呼びつけによって彼女の執務室に馳せ参じた。
「明日」
「…………はい?」
「明日じゃ。明日の新庁舎落成式典、妾は行かぬ」
「……」
「……」
「……一応、理由をお聞きしても?」
女王相手にヘルソニアのにっこりとした笑顔が向けられる。笑顔に含まれた圧にさすがのディアマントも一瞬言葉を詰まらせる。
翌日に予定されている『新庁舎落成式典』、これは地方も含め国の貴族や公的機関の重鎮、官僚、地方有力者、少数ではあるが一般人まで参加する国の施設の落成の式典であった。
「日が悪い。以上じゃ」
「日が悪いでは済みません陛下、貴女が行かねば角が立ちます」
「角くらい立たせておけ、それかお前が行け」
「……私は似たような理由で陛下に押し付けられた別の地方行事に向かいますが?ではそちらにディアマント様が?」
「行かぬ。日が悪い」
彼女の気まぐれと我儘は今に始まったことではない。
式神を使うか、とも思わなくもないヘルソニアであったが、一応目の前の女は国の王でありこれも立派な公務である。甘やかしは良くないと目を細め考え込んだ。
「……そうじゃ、ガーネを呼べ。丁度戻ったな」
一時目を伏せたディアマントがぱっと瞼を開くと、金に輝く瞳をヘルソニアに向けた。瞼の裏で何かしらの予知を見たのかと理解し、やや呆れたようにパンパンと手を叩いて側仕えを呼びつけた。
「ガーネをここへ。至急ですと伝えなさい」
城に着くや否や、門番から「女王陛下がお呼びです」と言われガーネはギクリと肩を揺らした。
また性懲りも無く帰ってきやがって、なのか、はたまた均衡を見逃したことか……と侍女に荷物だけ託して重い足取りで女王の執務室に向かう。
扉の前で申し訳程度に着衣を整え、髪の乱れを手櫛で直し、何度か深呼吸をしてから軽く扉をノックした。
*****
「新庁舎落成の式典ですか」
「そうじゃ、嫌とは言わせぬ」
「一応言いますけど、嫌とか言えると思います?」
元々拒否権などないガーネに下された本任務とは別の命令に、なんとなく拍子抜けしたような顔になる。純粋に式典などと格式張った行事は面倒でしかないため、拒否権があるのであれば断りたかった。繰り返しになるがガーネに拒否権はない。
ガーネは目の前に置かれた湯気の立つ紅茶に角砂糖を三粒落としてからティースプーンでゆっくりと中身を掻き混ぜ、小さく息を吹きかけて冷まして口をつけた。
「……陛下」
「なんじゃ」
「俺、そんなの出れるような立場じゃない思うんですがね、一応言うだけ言っときます。命令なんで渋々出ますけど」
「案ずるな、妾の代理じゃ」
「えっやっぱ嫌なんですけど」
ガーネ・ディーム・ロットとしての参加ではなく、国の一番偉い人物の代理となると、話しは全く異なる。
「ヘルソニア様は」
助けを求めるように女王の側近であり国の二番目の権力者である彼女に目を向けると、有無を言わさぬ笑顔を向けて言葉を返す。
「生憎と、私はその翌日の地方公務に出席予定だ。其方と同じ理由で」
ガーネと同じ理由、即ち『女王の代理』。
「いやいやいやだったら尚更なんで俺なんですか」
ディアマントはゆっくりと目を細め、目の前の男をじっと見つめた。
この男は、自分が国の実質の三番手にいる事を自覚していない。
ディアマントにとっては今回の機会はある意味僥倖であった。
「……なるほど」
ヘルソニアだけがディアマントの意向をなんとなく察し小さく声を漏らす。
元々断られる理由も権利も存在しないとばかりに女王ディアマントは鼻を鳴らして笑い飛ばした。
「は、何故じゃと?妾の決定に異を唱えるつもりか。……ところでガーネよ、東では二泊で100万ヴェルか。随分といい部屋に泊まったものだな。女を6人泊めて、楽しかったか?」
「喜んで陛下の代理を勤めさせていただきます。身に余る光栄に存じます、我が美しき女王陛下本日も大変お麗しゅうございます」




